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指揮官たちは一瞬ざわついたが、トリアシード卿の次の言葉で意識はそちらに向いた。
「はい、川下は清水になっているのでご安心を。」
「清水!?それは誠か?」
「それなら、穢れを払えるのか?」
「はい、ご安心くださって結構ですが、不安であれば鑑定してください。」
これだけで、集まった軍の指揮官たちの表情が明るくなった。
清水は、井戸水などと違い清める性質を持つ水だ。
聖水ほど強い効果ではないが、川に流れているものなので、量も異なる。
川に流れるほどの清水であるなら、この大軍を清めることも可能だ。
なるほど、その施策を行ったから、大きな献金が必要な教会の手は必要ないと判断したのか?
だが、清水は聖水とは違う。
聖女様の祈りと聖水は必要なのでは?
「深淵との接触後や身体を清めた後は、こちらのスプレーをひと吹きしてください。これの中身は、口外を控えていただきたいのですが、…聖水です。」
場がざわついた。
当たり前だ。清水で体を清められるなど、通常はあり得ない。それだけでも驚きなのに、この大きな容器に入っているのが聖水?
聖水は、専用の容器に入れて置かねば聖なる力が消えてしまうはずだ。
馬鹿にしているのか?
こんな嘘に騙される者などいない。
だが、あまりにも堂々としすぎている。あまりの可笑しさに言葉も出ない。
「今から皆さまへ配布します。お手元に届きましたら、こちらの鑑定レンズでご確認ください。スプレー付きの容器3本と予備のスプレーなしの容器です。この駐屯地で使用する物と岩場に砦を仮設しています。そちらにも1本と呼びをお持ちください。中身がなくなったら、スプレーを付け替えてお使いください。ここを捩じれば付け替えできます。この容器が空になれば、いつでも中身が入った物と交換します。毎日交換に来て構いません。」
「部隊全員に使ってよいのか?」
「もちろんです。毎日使ってください。戦っても戦わなくても、森にいるだけでも魔を吸収してしまいます。この容器1本で400~500人に使えます。」
「おぉ!!」
そこまで言われてしまえば、確認するしかない。
鑑定レンズで確認すると「真なる聖水」と出た。
真なる?枕詞は理解出来ないが、否定的な表現ではない。
これが本物の聖水?
教会で受け取る聖水の何十本分あるかわからないほどの量があった。
本物の聖水をこんなに大量に?
確かに鑑定したのだが、どうにも理解が追い付かない。
「聖水ってのは、小さな瓶にありがたく入っている物だと思っていましたよ。」
「これについては、他言無用です。どなたも魔人にはなりたくないでしょう?我々は、仲間だった者とは戦いたくない。」
つい呟いてしまったが、閣下は不敬を咎めることなく笑いながら答えてくださる。
だから、そのまま言葉を重ねた。
「つまり、今回の戦いでは魔人を出さずに、深淵と戦えると言う事ですか?」
「そのつもりで用意しました。横流ししてしまえば、聖水が足りなくなり身内から魔人が出るでしょう。そうならぬためにしっかり使ってくれると信じています。」
「はっ!!」
閣下の言葉に、ジリアント伯爵は立ち上がり敬礼をした。
それに応じてその場にいる者全てが立ち上がり敬礼した。
あり得なかった。
これほど大量の聖水を手に入れ、我々に与えてくださった。
しかも、無くなれば追加もいただけるという。
それはつまり、容器ごと持っていて良いのだ。教会からいただくなら、この1本で金貨数百枚になるだろう。持ち逃げする者が出るかもしれない。
その貴重で高価な品を預けるほど我々を信頼してくださる理由などないのだ。
だが、それでも敢えて預けることで、信頼すると示してくださった。
それならば、それに応えるのが騎士という者だ。
その場にいる者全てが覚悟を決めた目で元帥閣下を見ていた。
元帥閣下が手を前に出し、下へ下げられたので席に着いた。
トリアシード卿が話し始めた。
「次に救護所についてご説明します。」
「ヒシフォートで育てた治療師が治療に当たります。治癒士をお連れの部隊があるなら、ご協力をお願いします。治癒士と治療師が力を合わせれば、散る者も少ないでしょう。」
「治療師?」
「話には聞いたような?」
「治療師は、ヒシフォートで製造しているポーションや各種薬を使用して治療を行う者です。森の入り口に8か所、森を入って5km地点にも8か所設置予定ですが、深淵の位置に応じて多少移動もさせます。8つのうちの1つか2つは、砦の中へ設けます。」
貼り付けた地図にトリアシード卿が印のピンを挿していく。
「こちらは、戦いの状況により移動することもあります。また、森の中の救護所は応急処置の場です。こちらで処置を終えたら、入り口側の救護所へ移します。重傷者の場合は、容体を見ながら、グリフォンを使いクリトン伯が用意してくれた治療所へ移動させます。」
「意味合いはわかったが、ポーションや薬など効くのか?」
「ヒシフォートで認めた薬師の手による品を用意する。」
閣下の言葉で、静まった。
話には聞いていたが、クリトン領と王都、それからヒシフォートクラレンスにしか治療所や治療院はないようだ。
治療師など聞いたことがない。
ケガも病気も治癒士が、魔力を使い癒してくれるのが当たり前の常識だ。
「まあ、怪我をしないようお願いします。エリクサーがあったとしても、失った手足は戻りません。」
「エリクサーなどと…」
今度は、ばかばかしいほどありえない品の名を出された。
エリクサーは30年ほど前にオークションに掛けられたらしいが、生まれてこの方本物を見たことがない。
閣下が頷き、後ろに控えていた者が、代表者に小瓶を配布し始めた。
立派な装飾がされた瓶は、オークションの記録書で見たことがあった。
エリクサーの瓶だ。
記録書が出回っているので、偶に偽物が世間を騒がせることはあった。
これは、本物か?
代表者全員に配布されている。
本物だとして、これほど大量に手に入るはずがないのだ。
先程、信に答えようと思ったばかりなのに、揺らいでくる。
偽物を用意してまで、我々を安心させたいのか?
白けた気持ちで見てしまうが、何人かの手が震えていた。まさか信じているのか?
偽物の話はいくらでも聞いたことくらいあるはずだ。
「まさか…」
「これほどの数を?」
「そんな馬鹿な…。」
「鑑定レンズを回す。それは、1本ずつお渡しする。ご自分に使うなり、副官に使うか他に使うかはお任せする。最後まで使わずに済んだなら持ち帰って構いません。」
閣下の言葉に静まり返っていた。
静かだが、力強い声だった。
もし本物だとしたら、これ一本で領軍1年分以上の経費が掛かるだろう。
それを今だけで19本もだされた。
ご自分たちの分は確保しているだろうから20本越えをお持ちなのか?
そんな馬鹿な。
一瞬思い浮かべたその考えは首を振って意識の外へ出した。
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