5
リハルドたちが、森に入って2週間が経っていた。
深淵との睨み合いは続いている。
毎日、相手の体力を削るように攻撃をしていた。
最初に固定した杭は2日で抜けてしまったが、この2週間で4回3本ずつ打ち込んだ。
2回目、3回目の杭は効いていて大蛇の身体の中央付近を押さえたままだ。杭が抜けた尾は動き回っていたが、傷口に聖水をかけ続けたことで動きはかなり弱まっていた。
上半身は太さも異なるため、杭を打ち込むのは容易ではない。それに聖水をかけるために近づくと上半身をくねらせて攻撃をしてくる。
蛇の動きに朝も夜もない。
いくら聖水があると言っても、かなりきついのだが、いまだ死人は出ていない。
救護所が機能していた。
治療師たちは、おおよそ6日間で交代し戻ってくる。
「昨日の怪我人で、重傷者は2人。彼らは森の入り口の救護所へ移します。軽症者などポーションや薬で対応出来た物のうち、治療に数日必要な16人については救護所で経過観察しています。」
「それなら、今前線にいるのは6900人程度か?」
「いえ、随時補充されているので、前線は7000人です。」
「2週間で100人の脱落者…多いですね。入口の駐屯地にいるのは2900人と後援部隊になっているのか…。」
「いえ、多いというほどでは…」
わかっている。聖水やポーション・薬がなければ、壊滅していたかもしれない。
大蛇の暴れに巻き込まれると、離脱出来なかった者は周囲へ飛ばされ叩きつけられた。
即座に中級ポーションを飲ませ、離脱していた。
50年前の大蛇は、討伐までに2年を掛けていた。1万人越えの殉職者と1万人越えの重傷者も出している。それと比べれば、未だ殉職者は0だ。ほとんどの者は、入口の駐屯地で養生をし、復帰出来ている。
それがどれほどの事かは分かっている。それでも、欲が出る。
「今日は、癒しの日だろうか?」
「おそらくは…。」
毎日行っている作戦会議では、深淵へ攻撃だけではなく、救護所の利用状況なども含まれていた。まだ魔人は発生していない。
攻撃をすると、刃物は傷む。
手入れをする必要があり、攻撃を24時間体制で続ける事は出来ない。
ガードのない2日間は、消耗戦に近いため、2部隊が攻撃をし、2部隊は睡眠を取り、2部隊は砦の警戒をしつつ武器の手入れを行い、次の作戦で使う杭に聖水をかけていた。
他の軍も同様で、深淵の近くには常時15部隊が詰めていて、隙を見て順次攻撃をしている状態だ。
森の入り口に展開している各部隊の駐屯地と岩場の駐屯地とは、後援部隊が物資の行き来をしており、騎士や兵士も定期的に森の入り口へ移動し、体力の回復を待つことも出来た。
岩場にいても2日経過した夕方にはフーカ様が来てくれる。
ガードが展開されると深淵の動きは弱まる。
そのタイミングで大きな作戦を実行出来た。
それを終えると、交代にはなるがしっかりとした睡眠時間が取れた。
大体展開されている時間は12時間から18時間もある。その間に2交代で眠れるのだ。
ガードがあると、信じられないほど熟睡出来た。
リハルドたちヒシフォートの騎士や兵士の場合は、1部だけだがフーカ様の魔導車で休めるというのもあるが、どうもそれだけではなさそうだ。
「あの守護壁を3日に一度展開してもらえて助かっている。」
「それはよかったです。」
「あの守護壁がある間は、熟睡出来る。交代にしても普段の眠りとは全く異なる。熟睡出来ている。」
「戦場で熟睡など、堂々と言える物ではないぞ。」
「そう言うが、見張りは立てている。あれがある間は深淵の動きも弱まる。こちらの体力も立て直せる。」
「それはそうだ。だが…あれほどの術を使える大魔導士様がいるとは、ヒシフォートクラレンスは安泰ですね。」
各部隊の指揮官たちは、軽口を言いつつ探ってくる。
当たり前ではあった。
これほどの術が使える人など、リハルドも見たことがない。
先代の侯爵閣下も大魔導士だったが、これほどの術を使っているところは見ていなかった。
「あれほどの守護壁を張れるほどの魔力だ。大魔導士様は、たった2日で回復出来ているのか?」
「そこは、大魔導士様に秘策があるようです。いつまで続けられるかは、お約束できませんよ。」
「それは当然だ。これほどの大魔術、いつまでも続けられるはずがない。だが、あれがなかったら今頃酷い事になっていたはずだ。」
「確かに。あれのお陰で深淵が動き回る事を抑え込めている。それだけでも大きく違う。」
指揮官たちが頷き合っていた。
「それに、聖水も…あれほど効果が高い聖水を提供してもらえて助かっている。」
「高いですよ。」
「当り前だ。国が負担してくれねば、とても負いきれない。」
ふと、天幕に出入りの気配がした。
振り向くより先に、声が掛かった。
「国王陛下より、ポーションや薬についての手配は任されているので、心配はいりません。」
「閣下!」
リハルドは、テントへ入って来た敬一郎を見て、立ち上がり敬礼をした。他の指揮官たちも同様に敬礼した。
「明日の8時まで守護壁を展開する。今の内に立て直してください。明日の朝までは治療師も手厚い。小さな怪我でも治しに行って欲しい。」
「ありがたい。」
「とても助かっています。」
「では、本日決行する作戦ですが…」
元帥閣下の到着により、作戦の進捗状況などの確認を進めていった。
作戦を実行するために深淵を見に向かった。やはりガードが展開されていると漏れ出す黒い靄が少ない。
駐屯地へ戻るとフーカ様が大鍋で料理を振る舞ってくださっていた。
「リハルドさん、皆さまお疲れ様。お食事をどうぞ。」
「ありがとうございます。皆、先にいただきなさい。」
フーカ様の笑顔に肩の力が抜けた。
鎧を脱ぎ、キャビンに入りシャワーを浴びる。泥が流れていく。用意されている液体の石鹸で頭から身体までを洗ってお湯で流した。
身体を拭いているだけの兵もいると言うのに、なんとありがたいことか。
魔導車がある間は交代でシャワーを借りていた。最大でも半数しか浴びられない。それでもお湯で身体を拭くことだって、戦場であればあるはずのない事だった。
サッパリして着替えて、外へ出るとフーカ様がキャビンのテーブルに料理を用意してくださっていた。
「リハルドさんもどうぞ」
「ありがとうございます。これは?」
「オーク汁とおむすびです。おむすびの中身は唐揚げです。」
「楽しみです。」
聞きなれない料理だが、おむすびは前に食べた事があった。
あの時は、トラウトの塩焼きが入っていた。トラウトは滅多に食べられない高級魚なので、違う物になるのも理解できる。
そう思いつつ噛り付いて、あまりの美味しさに数口で1個を食べてしまった。
それからやっとオーク汁を飲み、もうひとつを手に取った。
2階に上がると、いつもの場所に厚みのあるマットレスが用意されていた。
枕に頭を預けると、すぐに眠りに落ちてしまう。
物音に目が覚めた。
階下を見下ろすと、フーカ様がシャワーから出て来たところだった。部屋着のようなパンツスタイルだった。戦場なので、すぐに動けるようにしていらっしゃるようだ。
テーブルについて、閣下とお茶を飲んでいらっしゃる。
邪魔をしてはまずいと思い、もう一度眠りについた。
読んでくださりありがとうございます。
リアクションと合わせて星印を★★★★★~★☆☆☆☆にしていただけると嬉しいです。




