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「おそらくは、大蛇がいるのはこの辺りね。」
ギルバートたちの目の前で、楓花とケント・アーサーは立ち上がって地図を見ていた。
「なぜそう思う?」
「清草が山まで遡って繁殖しているのは、こことここだった。それならこの間の辺りにいると思うの。」
フーカ様の言葉に、ケントが当たり前の会話のように聞き返していた。
なんという無礼だろう。
だが、フーカ様は彼らを信頼している。
そこに水を差すわけにもいかないので、遠巻きに観察していた。
冒険者2人の表情に甘さはない。終始厳しい顔つきで、戦略を考えているようだ。おかしな話だった。明日、旦那様が出兵されると聞いていた。
国の剣である旦那様が出兵なさる。当然、国軍も出るだろう。
そこに、女性や冒険者が口を出す要素はないはずだ。
それなのに、目の前の3人は自分事のように話をしていた。
どうやら、記憶を辿ってすり合わせをしているようだった。
フーカ様はお疲れのご様子だったけれど、時間としてはまだ遅い時間ではなかった。
だからこそ、異性との談話をする時間を認めるしかなかった。
それにしても…ギルバートは楓花を見ていた。
ガウンから見えていたナイトドレスはドレープの美しい柔らかい生地だった。
着替えを促せば、嫌々ながらもこれほどのドレスに着替えるのだから恐れ入る。
ヒシ家の色である濃紺のドレスはたっぷりのドレープがあり、布に繊細な同色のレースが重ねられていた。
胸元は開かれておらず、デコルテを見せる程度のデザインだ。スカートの裾は複数枚が長さ違いで重なっているようだ。
さらに袖は薄いレースだけで仕上げられていた。腕の形に合わせて裁断されているようで、無駄な遊びはなくぴったりとしているのに、動きにくい様子は見えない。
あのレースだけでどれほどの価値があるのか、計算するのも恐ろしい。
娘が生まれた家は、その衣装代や嫁入り道具、持参金で家を潰すといわれるのも納得してしまう。
靴は布製で室内用であったが、刺繍が施されていた。
腰回りにベルト替わりに巻かれたチェーンは、変わった形状のリングを重ねているようで、それなのに、レースに引っかかる様子がない。
チェーンとレースの相性は悪く引き連れを起こすのが普通だ。
それだけでも腕の良い職人の手がけた品だとわかる。それにさらに真珠とは…なんという贅沢な品だろう。室内着にあれでは、空恐ろしい物があった。
それらを身に着けて、腰を折って何かを書き込まれるのでハラハラしてしまう。
突き出された尻に沿う形で布が落ちている。ドレープがたっぷりとあるが、それでも形を想像出来てしまうのは男の性なのか?
貴婦人として、おかしな動作ではない。
花を愛でる時にはなさるかもしれない姿勢だ。
だが、室内であると…妙に気になる動作になるから不思議なものだ。
先代様は、「フーカ・タチバナ・ヒシ」様をお嬢様として登録なさっていた。
執事長になってから、一度も会ったことのないお嬢様だったが、旦那様からの調査依頼を受けた結果、おそらくはフーカ様の事だろうと推測された。
ヒシ家の方々は長命でいらっしゃる。
先代様は、表向きは5回代替わりをなさった。
この国では、息子が父と同じ名を継ぐことは珍しくない。同じ方針でいることを示す意味もあった。ヒシ家の場合は、ご本人なのだがそれを知っているのは王家とヒシ家のご家族と執事である我が家だけだ。
だから10年前、世間はざわついた。
38才の新当主の名前が150年続いた名ではなかったのだ。
だが、ケイ・イチロー様に代替わりなさってもこれまで通りに、いやこれまで以上に家を盛り立てられている。
目の前では、フーカ様が天龍の2人と話し込んでいた。
おそらくは、当代一の聖女様だ。
通常なら、深淵の討伐に女性が同行するのはよろしくない。
男であれば、本人が魔になるだけだ。
女は違う。魔になった女は魔を生む事が出来る。女が穢れるのはよくない。
だが、深淵が本当であれば穢れをはらえるのも聖女様だけだ。
「ギルバートさん」
何度か呼ばれていたらしい。
目の前にフーカ様がお越しになっていた。
「っ!」
「ギルバートさん、大丈夫ですか?」
目の前のフーカ様は、いつも自分が立つ位置よりも半歩近い。
思わずお顔を直視してしまった。
登録を信じるなら34歳になられる。
年相応というには若い肌の張りと大きな瞳をお持ちだった。
黒い瞳に、自分の姿が映っていた。
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