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フーカ様は、大きくあくびをされてから体を伸ばされた。
「ありがとう。寝ちゃうところだったわ。」
「お目覚めになられてよかったです。寝てしまっては危険ですから、上がりませんか?」
「そうね。そうするわ。」
手を差し出し、フーカ様には湯から出てもらった。
長い髪は洗ってから巻き上げられている。タオルを差し出すとご自分であっという間に拭いてしまわれた。
本当に手伝いは不要なようで、下着を身に着けるとナイトドレスまで着てしまう。手早くて驚いてしまう。
「どうかした?」
「いえ、あまりにも手早くて…驚きました。」
「普通よ?」
「そんな…」
フーカ様は、髪留めを外されると濡れた髪を下して、タオルで拭いていらっしゃった。
「御髪は、あちらで整えましょう。」
「ええ、そうね。」
濡れた髪に触れさせてもらうのは初めてだった。
いつも乾いていた。
タオルで水分を拭き取ると、髪を乾かすための温風を魔法で出した。
「まあ!魔法?」
「はい、私はこの温風魔法が使えるために侍女のお役目を頂いています。」
「侍女だったの?」
「フーカ様がいらっしゃる時だけです。普段はメイドとして働いています。」
「そうだったのね?」
「こちらのお屋敷には、侍女をお連れでないお客様は少ないですので、なかなか出番がありません。」
「そうなの?」
「あ…失礼いたしました。他意はありません。」
アンは、侍女として働く許可を得たのに、その役目に当たれなくて不満だった。だからと言って、フーカ様に申し上げていいことではない。
「真珠宮ではなく、お屋敷の方なのは…来客のお世話をするための侍女なのかしら?」
「なんと申し上げてよろしいのかわかりませんが、建前上は…こちらのお嬢様のお世話をするために…。」
「お嬢様がいらっしゃるの?」
アンは、真っすぐに見つめてくる楓花から視線を外した。
誰も姿を見たことがないお嬢様なのだ。
だけど、フーカ様が使っている部屋は、真珠宮では当主の棟の反対側だった。
お屋敷でも同様だ。
つまり、本来であれば当主の妻や娘の私室が置かれる場所だ。
来客用の客間として使っていると説明はしているが、フーカ様が来るまで使われたことがないのは、屋敷の者であれば知っていた。
そして、普段メイドの手伝いをしているとはいえ、侍女の私が呼ばれている。フーカ様がいらっしゃる場所へ呼ばれているのだから、ヒシ家では正妻か娘と同等の対応をしている。
失言続きで、なんと答えるべきかわからず、視線を外すしかできなかった。
「まぁ、いろいろと事情はありますよね。」
フーカ様はそう言うと、ご自分で髪に触れられた。
「ケントさんとアーサーさんと相談があるの…。」
「相談ですか…手配いたします。少々お時間をくださいませ。」
フーカ様の部屋を出ると、入り口の外にいるメイドに声をかけた。
間もなく執事長がやってきた。
「夜分に失礼いたします。ギルバートでございます。」
「どうぞ」
アンは、楓花に厚手のガウンを着せていた。
女主人が着るもので、夜着の上から着ていれば談話室までなら出歩いても構わない格好だった。
足元は、ヒールのない布製の靴だった。
深いブルーのその靴は、グレーのガウンとの色合わせもよかった。
「フーカ様、ケントとアーサーとの談話をご希望と伺いました。」
「はい、強引に連れてきてしまったので、聞きたいこともあります。」
「明日の朝ではいけませんか?」
「朝は早いので、出来れば今のうちがいいのだけど…。」
執事長は、なんとか思いとどまらせようとしたようだけど、失敗に終わっていた。
「かしこまりました。ご案内の前にお着替えください。」
執事長は、廊下に顔を出して執事たちに指示を出した。
アンは、フーカ様の髪を緩やかに巻き上げた。
いくら夜とはいえ、結婚相手や家族以外の男性と会うのだ。貴婦人らしい装いにする必要があった。夜会に着るようなものではなく、家で寛ぐためのドレスを着てもらった。
コルセットはなく胸の下に切り替えのある緩やかなドレスで、フーカ様のお持ちになっていたナイトドレスとあまり変わらない。違いは、布の質くらいだ。
楓花は夏なので、薄く透けている袖のついたドレスを選んだ。
身頃はたっぷりのドレープがあるので、シルバーのウエストにチェーンベルトを緩やかに巻いた。シンプルすぎる装いのため、チェーンベルトは、真珠風の飾りが数球ついた物を選んだ。
靴はヒールのない布靴のままだった。
棟の入り口に近い場所にある団欒室へと案内した。
この部屋は、普段はリリーとの談話に使われている部屋だ。
アンは、フーカ様が座るのを補助しスカートの裾を整えた。
美しいドレスだった。
柔らかな深い青い布に同色のレースが重なっている。レースは小さな花柄を浮かべている繊細なものだった。
貴婦人たちのドレスのように胸を見せるものではなく、デコルテが見える程度で慎ましい。だからこそ陶器のような肌質のデコルテと布から透けて見える腕、そこから続く細い手首の滑らかな肌質が輝いて見えていた。
冒険者の2人が部屋へ入ると、フーカ様は手前の席へ座るように促した。
通常であれば、一度は辞退すべきなのにあっさりと腰を下ろしてしまう。
遠慮がなさすぎると思うけれど、フーカ様は気にしていないご様子だ。
フーカ様が大きな紙を取り出し、広げた。
何事か相談しているけれど、テーブルの前に立ったまま、何かを書き込んでいく。
書くときには腰を折っていらしたので、胸元が心配になったが、あのドレスなら見えたりしないと思いなおした。
冒険者もいるため、部屋の中には執事長と騎士も4人ほど控えていた。廊下側には、さらに警戒のために立っているはずだ。
それにしても、貴婦人が立ったままで腰を折るのは…後ろに控えている騎士たちにはみっともなく見えるのではないかしら?いくら若い女性ではないとはいえ、そのような動きはなんというか…女から見ていてもハラハラとしてしまう。
ケントとアーサーという冒険者2人は、遠慮のない会話をしているようだった。
ケントは、輝くような金髪をしていて、短く切りそろえていた。平民で短い髪というのはとても珍しかった。
アーサーは、茶色の艶やかな髪をしていた。襟元で縛っているが、縛っている紐はフーカ様が使われている髪ゴムなる物のようだ。
この髪ゴムは、最初にお世話に当たった猫耳のメイドも賜っていた。
もちろん、アンも最初にお世話をした時に賜った。
それぞれ少しずつデザインが違う。
アーサーの物に飾りはない。
猫耳メイドは小さなリボンのついた物で、私が使っているのはアーサーと同じ物だが、それとは別に髪を入れる淡い色の網とお仕着せと同じ紺色のリボンのついた髪飾りもついている。
賜って以来、アンはそれを愛用していた。
「あなたの髪色と似た網色にしたの」と教えてくださったので、私用の特別な品なのだ。
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