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「旦那様、天龍がお目通りを願っております。」
「天龍だけか?楓花さんは?」
「ご一緒ではありません。天龍のケントとアーサーです。」
「それは、何事かあったのか?」
「おそらくは…。」
おそらくは…ギルバートがそう答えるなら、彼らの様子もいつもとは違うのだろう。
考えられないが、楓花さんに何かがあったのかもしれない。
「すぐに会おう。」
「応接室へ通しております。」
楓花さんがいれば一瞬だが、彼らが自力で来るならば、アートンからヒシフォートまで、定期馬車で片道3日は掛かる。
楓花さんの車なら、直ぐなのにそれを待たずに来た?
楓花さんが動けないのかもしれない。
よほどの事がありそうだ。
敬一郎は、急ぎ応接室に向かった。
「急用と聞いた。」
天龍のケントとアーサーが床に片膝をつき、冒険者の礼をとった。
楓花さんといると見ることはないが、これが本来の向き合う距離だった。
「今回、クリトン領で起きた問題について、辺境伯より密書を預かって参りました。それから、フーカ様に気になることがございましたので、ご報告とご相談に参りました。」
「そうか、まずは座りなさい。」
手紙はギルバートが受け取り、封蝋や全体を確認後に盆にのせた。
敬一郎が一人掛けに座ると、ギルバートが差し出した盆から手紙を受け取った。
手紙の辺境伯の封蝋を剥がし、開いた。
「また魔物ですか…。しかも…使用人の1割も?」
「はっ、それは暫定です。その後、周囲を清めました。前回の戦闘から数か月なのにと、フーカ様は広い範囲に清めをしていました。」
「広く?」
「はい、半径10kmとおっしゃっていました。」
「10㎞!?」
敬一郎は、絶句していた。
前回2㎞程度で走り回って清めていたことを考えると、明らかに違う何かをしたのだろう。
「今回、住民の移動は求めない手法でした。」
通常のガードでは、許可のない者全てを排除してしまう。
違う手段を使ったのだろう。
違う手段?半径10㎞で?
何をしたのか全く予想ができないが、それで館の使用人が消えたなら魔に効果はあったことになる。
楓花さんは何者だ?
ただの大和人のはずだ。
御大は優秀な魔力使いだった。
楓花さんはその力を受け継いだとはいえ、御大の力でそんなことは出来るはずがない。
御大にそのような能力はなかったはずだ。
どうにも解せないことが多すぎる。
「楓花さんは、周囲を清めるために車を走らせただけか?」
「いえ…清めた後、山から流れている川に清草を植えていました。」
「清草?」
「気休めだそうです。」
「それは一か所か?」
「いえ…」
ケントたちは顔を見合わせた。
「一か所に10株ほどずつ川辺に植えたのが、5か所ほどでした。」
「川下から川上へ移動して植えた後、容器一つ分の水を流していました。」
「ほぉ…。」
「フーカ様は植え終えるとすぐに車に乗られ、走り出しました…」
「山沿いに走りながら、10㎞を展開していました。それで隣国との境を清められたようです。」
「そうですか。」
「途中、何度か水を撒いていました。」
「水…なるほどね…。」
おそらく聖水を撒いて何かをしたのだろう。
「その後は、いつも通りにヒルストンとアートンで肉を売り、我々も送ってもらいました。フーカ様はいつもと様子とは違い、ひどく疲れたご様子でした。」
「リリーからは何も聞いていない。」
「リリーさんは最初に下ろしました。車の中にいたのでわかっていないと思います。」
「そうか…。」
「清草を植えた場所は覚えているか?」
「はい。」
「確認したいことがある。今日はここに来るために疲れているだろう。部屋を用意する。明朝向かう。」
「はい。」
アーサーは、立ち上がったがケントは座ったままだ。
それを見て、アーサーは少し困った顔をしてから一礼し、出て行った。
ひとり座ったままのケントと向き合った。
「何か、アーサーには聞かれたくない話か?」
「はい。フーカ様のことです。」
ケントは、楓花さんの車の助手席に乗っている姿を何度か見た。
ずいぶんと仲が良いようだ。
あまり考えられないが、男と女だ。
もしかしたらそういう付き合いがある?
ケントは30になったばかりのはずで、楓花さんとは10歳近く違う。だが、この世界であればあと数年で同い年になるだろう。
うまくいけば10年くらい…こちらの時間で30年くらいは楽しく過ごせるかもしれない。いや、あるはずがない。
「ケイさん」と呼ぶ親しげな声が聞こえた気がして、思考は霧散した。
「何か気になることでも?」
ケントの視線が少しだけ宙を泳いだ。
「フーカ様の左手の指輪ですが、何か意味があるものですか?」
「どういうことです?」
「時折、触れていることがあるのですが、今回消えた者の話を聞いた時に…涙目でずっと指輪を撫でていらっしゃいました。」
敬一郎は、息をのんだ。
そうだった。
まだ指輪をつけているのだ。それも2本…おそらくは亡くなったご主人の指輪とご自分の指輪だ。
「なるほど…。」
敬一郎は、両手を組んで額を乗せると息を深く吐き出した。
こういった場ではふさわしくない行動だが、落ち着かなくてはならない。
「あれは…彼女の指輪と、お亡くなりになった方との揃いの指輪です。」
敬一郎の声は、静かに響いた。
顔を上げられず、息をのんだのがケントなのかギルバートなのかわからなかった。もしかしたら双方かもしれない。
「それは、大切な方ということですか?」
「そうですね…。ご結婚の時の指輪です。」
敬一郎の声は、ため息のように弱く掠れていた。
ギルバートが茶を用意した。
それを一口飲み、カップをテーブルに戻した。
やっと顔を開けると、ケントは険しい顔をしていた。
「ケントは、楓花さんにどのような感情を持っている?」
問いかけてから、答えられるはずがないと気が付いた。
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