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エカサは港町だ。
住民の3割は漁師のため、船が戻ってくるまでは治療院を開いている必要があった。
戻って来て数時間後の18時になると、治療院は店じまいをする。
そして、夜は早く寝る町だ。
それでも、ドアを叩かれる事がある。
「治療師様!助けてください!」
ドンドンと激しく叩く音に、ハサンはため息をつきながらドアを開けた。
「どうした?」
「酒場で揉めて、腹を刺された!」
「腹?腹は助けられないぞ。」
「そういわずに治してくれ。」
「腹はまず助からん。それでもいいならやってみるだけやってもいい。」
「それじゃあ頼む」
兄弟のようだ。
治療を始めるために、準備を始めようとしたが、ふと気になり患者を診た。
蝋のような白さになっていて、とても生きているようではない。
「残念だが、もう手遅れだな…。」
「そんな!兄貴!」
弟が縋り付いているが、触れるままに揺らされている。
傷を見ると、腹も刺されているが、心の臓も刺されているようだ。
「兵士を呼ぶぞ。」
一応声をかけてから、ハサンは兵士の駐屯所まで使いを出した。
しばらくして、兵士がやってくる。
弟に事情聴取を行い、それからご遺体ごと連れて行った。
ハサンは、ため息をつきながら、血に染められた診療台を洗い清めた。
片付けを終えると、薬師の館へ提出するための書類を書き込んでいく。
ポーションは下級、初級、中級、高級の4種類を持たされていた。
ポーションについては、値段はあってないような物だった。
必要だと判断した薬が効かなかった場合、使うように定められていた。
使った場合、それまでの治療費の2倍を受け取るという決まりだ。
そのため、オークションほどの高額にはならない。
高額にはならないが、中級以上については、使用した理由説明書の提出をしなくては、補充されない仕組みになっていた。
高級ポーションを買って補充など出来ないので、説明書を書くしかないのだ。
治療師になる時に、薬はどのように作られているのかも見せてもらった。
ポーションとワセリン、ポーションと消毒薬、ポーションと癒し水を混ぜ合わせていた。
それならば、ワセリンや消毒薬という物を手に入れられれば、自分で作って売れるのかと少し頭をよぎった。
だが、ポーションは初級であっても購入する術がなかった。
それ以上に、ワセリンも消毒薬も、それ自体を見つけられない。
癒し水は、誰も聞いたこともなかった。
教会には聖水がある。
癒し水の代わりに使おうかとも考えた。
それは、お布施という名で金貨を積むことで、手に入れる事は出来る。
だが、聖水は量が少ない。おそらくこの癒し水のパック2つ分くらいしかないだろう。
とても、割に合わない。
大人しく治療師になって、雇われる方がいいと分かった。
だが、自分でも作れそうだと止めていった奴もそれなりにいた。
彼らが今、どうしているのかは分からない。
だが、ハサンは成功するわけがないと思っていた。
フーカ様もヒシ閣下も、おそらく儲けなど気にしていない。
儲けを考えるなら、ポーションでも治せない膿んだ傷を治せる消毒薬を、これほどの低価格で使わせるはずがない。
金貨数枚で治療をする治療院を作ったのは、どう考えても施しのような物だった。
専用の建物を各地の領主が建て、助手や手伝いを雇っていた。
派遣された治療師がいくら治療しても、頂くお代は薬代に若干の色を付けただけのものだ。これと金額面でも効果でも、張り合える治癒士も薬師もいないだろう。
ハサンは、子供の頃は治癒の才があると認められていた。
だが、スキルはあるが、治癒の才が使えることはなかった。
それなりの商家で育ったため、親は治癒のスキルを使えるようになるようにと、随分と金を費やしてくれた。それだけに使えないままだった事を申し訳ないと思っていた。
だから、治療師の話を聞いてすぐに申し込んだ。
もしも、治療師になれたら親へ顔向けが出来る。そう思った。
この薬はすごい。
治癒士にはなれなかったが、この薬を使えば俺でも人を癒す事が出来る。
それは、治癒士になれずにいたハサンにとって救いだった。
「そういや、新聞読みました?」
治療していると、患者が聞いてきた。
「しみるぞ。」
湯冷ましで傷を洗い終えたので、下級消毒薬を吹きかけた。
「痛てえ。」
「そりゃそうだ。そう言っただろ?」
「いや、まあ聞いたけど…。うわ…すげーな、噂通りの効きだ。」
「噂?そりゃあ、この薬はしっかり管理された環境で作られているからね。」
「本物を使ってもらえるなんてありがてえ。」
「さっきの…新聞って、偽下級ポーションの話か?」
「ええ、ここは評判がいいからそんな物は使わないだろうが…そんな物に頼った人は気の毒だよ。」
「そりゃあな…印のない物は信用しないで欲しいもんだ。ヒシフォートの薬師の館製は、必ずこうやって印と使用期限が付いている。小分けパックを購入する時には気を付けてくれ。本当に偽物が多い。」
「悪いね。つい不安になって聞いてしまった。」
「いや、構わないさ。不安になるのはわかる。」
数日前の新聞では他領の事件が掲載されていた。
薬師の館と同じ作り方を謳った下級ポーションを販売した薬師が捕まったらしい。
飲んだ客が数十人亡くなったらしい。
薬を飲んでも亡くなる事はある。
だから、亡くなったとしても、ポーションが原因とは限らない。
だが、そのポーションは、毒であると鑑定結果が出たようだ。取り扱いが悪いのか、それとも薬師としての腕がないのかはわからない。
治療院で、少し話題に上がった程度の話だった。
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