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「ケイさん、終わりました。キャビンで休みませんか?」
「そうですね。」
楓花と敬一郎がキャビンに戻ると、敬一郎はソファーへ座った。
マントを脱いだ楓花は、お茶を煎れる。
湯呑を差し出すと、敬一郎は楓花の手の上に手を重ねてきた。
あらら、お茶と一緒に私の手まで掴んでしまったのね。寒かったのかな?
すぐに離れると思ったが、離れないので問いかけた。
「ケイさん、どうしました?」
楓花に問いかけられ、右手を離してもらうために、楓花が出した左手に2つの結婚指輪が見えた。
そこで敬一郎は、我に返る。
「あ…すいません。」
「いえ、寒かったですからね。どうぞ。」
楓花さんの、何も感じていないような対応に、ほっとしたような…残念なような複雑な気持ちになった。
「辺境伯と騎士団長の治療、ありがとうございました。」
「助けられているといいのですが…。」
「よく気が付きましたね。軍服を脱ぐまでは、あれほどの傷とは思いませんでした。」
「彼らは危なかったのですか?」
「おそらく…あれほどの傷であれば、もって数時間だったのではないでしょうか?」
「…そこまで?」
「いつの傷かわかりませんが、どの傷も負って1日ももたない傷に見えました。」
楓花さんは、重症とは思っても、もう少し気楽に考えていたようだ。
私も軍服を脱いだ姿を見て、初めて重大さに気が付いた。この世界では、胸部や腹部の怪我はそのまま死に繋がる。大和のように開腹して、傷口をふさぐという手段がない。
「致命傷をぎりぎりで避けていましたが、それがいくつもありました。」
「そうですが…でも、万能ポーションでも膿んでいたら完治は難しいので、本当に助けられたのかはわかりません。」
「後ほど、目が覚めたら、念のために聖水と癒し水を飲んでもらうつもりです。」
敬一郎の言葉に、楓花が問いかけた。
「聖水が必要な状態って…どういうものですか?」
「聖水は魔を払います。魔というのは、魔石になる分には使い道のあるものですが、普通は黒い靄であり、人を悪意に導きます。魔に憑りつかれ魔物になってしまったら、本能にのみ従います。」
「へぇ…漫画に出てくる悪魔とかそんな感じでしょうか?」
「そう考えて差し支えないかと…。」
「癒し水は?」
「楓花さんの癒し水は、どうやらポーションの効果を増幅し、体内の感染状態を抑えているようです。風邪症状の者に飲ませしたが、症状の緩和が早かったです。」
「なるほど…そうなのね。」
「ケイさん、聖水については、もし…許可を頂けるのであれば、町の数か所でガードを展開しましょうか?住民の皆さんには、一定時間家から出ていただかなくてはなりませんが…聖水を撒くにも限界がありますし…」
「どういうことです?」
「ガードには、聖水をかけたので、魔を払ってくれているようです。ガードは100mまで展開できますから、左右100mにガードを通して走れます。車の入れない路地だけになれば、スプレーできるでしょうし少しやりやすいかなと…あと、町の人を集めたついでに、聖水を吹きかけていくといいかなと…。」
「そういえば、人にかけてと言っていましたね。」
「はい、この地には黒い靄が多いです。」
「なるほど…そうでしたか…」
「人にだけでも出来るならば、かなり変わると思います。」
「わかりました。では、辺境伯に話しておきます。」
辺境伯は、翌日には指示を飛ばせるまでに快復した。
敬一郎は、治療を受けた辺境伯、騎士や兵士へ、治療師の公表と楓花さんの存在の秘匿を依頼した。治療の全てを、治療師の手柄としたのだ。
聖水については、秘匿した。
教会の聖水よりも、はるかに強力だったからだ。
それに、スプレー容器に入っていて、聖水らしくもなかった。魔に気が付かなければ、気が付きもしないだろう。治療薬と同じように考えるはずだ。
人を集めている間に、楓花が車を走らせた。
集められた人々には、特別な薬だと言って聖水を噴霧させた。
「重ね重ね、どれほど言葉を並べても、元帥閣下への感謝を語り切れません。」
「いえいえ、私の手柄ではない。」
辺境伯の屋敷では、敬一郎へ感謝を述べていた。
元帥閣下の視線は、フーカ様へ向けられていた。
フーカ様は、今は我が息子と戯れていらっしゃる。母である妻でも、あのような距離で接しているのは見たことがない。どちらかといえば、乳母との距離に近いだろう。息子は、見たことのない笑顔をしていた。
「フーカ様は大魔導士様でしょうか?一覧へお名前はないようですが…。」
「そうですね。彼女は、我がヒシ家の至宝です。あまり外に出さないようにしてきました。」
「そうでしたか。今回は何故…このような危険な地へお越しくださったのでしょうか?」
元帥閣下は、難しい顔をして苦笑いを浮かべた。
「外を回ることを知ってしまいましてね。騎士団は嫌だというから、冒険者の天龍を護衛につけている。」
「あの天龍ですか!?ブラックベアーをたった3人で狩るという?」
「そうです。」
「なんと…」
天龍というのは、大人は3人しかおらず、他は荷物持ちの冒険者登録が出来るギリギリの年齢の2人がいるだけだった。荷物持ち2人を守りながら、魔の森に入り無事に戻ってこられる冒険者は天龍しかいない。しかも、彼らは貴重なブラックベアーの肉も素材を持ち帰ってくるとの評判は、辺境にまで届いていた。
「彼らは、ホワイトジャイアントも狩れますよ。」
「は!?」
あまりの言葉に、惚けた声を出してしまった。元帥閣下相手に何たる失態。
「失礼しました。お許しください。ホワイトジャイアントなど…物語でしか聞いたことはありませんので…。」
「ああ、それなら見ますか?そうだ…広場で公開しましょうか?」
「広場ですか?」
「そうです。まだ、潜んでいる者はいるでしょうから、敵国と戦いつつ…ホワイトジャイアントを仕留める戦力を有するとなれば…隣国も考えるでしょう。何より…隣国は、ホワイトジャイアントと戦う術は持っていないはずだ。」
元帥閣下は、涼しい顔をしていらっしゃるが、最後の炙り出しをする提案だった。
「それは、素晴らしいですな。我々が仕留めたという前提で、よろしいのでしょうか?」
「もちろんだ。もちろん、相応の買い取り額になるぞ。」
「それはそれは…分割でもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。」
こうして、騎士団が兵士たちとともに、ホワイトジャイアントを乗せた荷車を引いて、山から広場へと向かった。
戦いを終えた喜びに加え、ホワイトジャイアントという大物を仕留めた騎士団の活躍に、民たちは沸き上がった。
後日行われた隣国との国家賠償の話は、非常にスムーズだった。そこに、ホワイトジャイアントの効果があったことは否定できない。
辺境伯領には、直接賠償として相当額の賠償が行われた。
その中から、治療師や薬の代金及び謝礼が、ヒシフォートへ支払われることになる。
辺境伯とともにヒシ元帥にも、戦争を終わらせた褒章が国から授与されることとなった。
この時使われたクラスター爆弾や、焼夷弾について、その存在は秘匿された。
見ていた辺境の領民や隣国さえも、何を使われたのかを知るものはいなかった。
魔法のある世界のため、火の矢を大量に放たれたと思っていた。
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