5
辺境伯が、元帥閣下のいる丘の上へ到着すると、グリフォン隊隊長から、ガード内に入るための許しを受けた。手首に小さな物を貼ったのだ。
最初に案内された天幕では、手足を失った者たちが悲痛な表情で椅子に座っていた。
「これは一体…」
「信じられない。誠のことか?」
辺境伯と騎士団長の声に、患者たちが顔を上げた。
手当を受けた者たちは、椅子に座っていたのだ。
傷口は塞がっており、血を流してはいなかった。しかも、おそらくここに運んだ全員がいる。
信じられない。手足を落とせば、半数以上は死ぬ。
生き残ったとしても、半年以上苦しみながら傷が肉で盛り上がるのを待つ。それから義手や義足を作る。だが、彼らは今すぐにでもそれを使える状態だった。
「ここに来た方は、皆さんお命はありますが、残念ながら…手足を失ってしまった方も多く…。」
グリフォン隊隊長が、丁寧に説明をしてくる。
残念ながらというような状況ではない。
「それは、ありがとう。ありがとう…。本来ならこの半数以上は、命の火を消していたことだろう。あなた達のお陰だ。隊長殿もご存じだろう?手足を失えば、肉が盛り上がるまで半年以上辛い時間を過ごすものだ。それが、こんなに治っている。これならすぐに義足も義手も付けられる。辛い時間は精神を病ませるものだ。それがないだけでも、どれほどの救いかわからない。ありがとう。本当にありがとう。」
騎士団長の、涙を流しながらの謝礼を聞いていた兵士や騎士たちが、顔色を変えた。
騎士も兵士も、今まで手足を失った事に呆然としていたが、自分たちの命は助かった。
義手や義足を取り付ければ、今まで通りとはいかないけれど、ある程度は動ける。そうだ、今まで見てきた同僚たちを思い出した。
彼らは苦しんだ末に亡くなったり、苦しみながらどうにか半年以上耐えて動けるようになったりした。その間に苦痛のあまり病んでしまい、まともな生活が送れない者もいる。
それと比べれば、比べるまでもなく恵まれている。
それに、それを…涙を流して喜んでくれている上官がいた。
そこにマントを来た魔導士が現れた。
「あなたたち、酷い怪我ね。服を脱いでください。」
手足を失った騎士や、兵士が苦笑いを浮かべた。
この魔導士は、母ほどの年齢のようだ。親切で優しいが、動きは無軌道だった。
腕は確かだが、患者の傷を治すのに必死で、相手をよく見ていないと兵士も騎士も思っていた。
騎士から優先して治療するものなのに、下位の兵士も騎士もお構いなしで治療していくのだ。
痛すぎて文句も言える状況ではなかったが、通常なら大問題になる。
そして、今は辺境伯と騎士団長を捕まえて、騎士団長の治療をしようとしているのだ。
それにしても…おふたりとも、ぎりぎりで躱している怪我ばかりだ。
このままなら、間もなく体内から腐っていくのだろう。
おふたりとも自覚なさっている。だからこそ治療もせずに、仕事を急いでおられるようだ。
それなのに、魔導士はなんだか物凄く怒っている。
辺境伯にあんな態度をしては、後で罰せられるだろうに。
そう思っていると、おふたりとも軍服の上着を脱いだまま、天幕へ連れられていった。くぐもった悲鳴を上げているから、あの痛い薬を使われているに違いない。
「寝てしまったから、目が覚めたらこちらを飲ませてください。」
天幕から出てきた魔導士様は、フードを外していた。グリフォン隊隊長殿へ指示を出している。
ずっとフードを深くかぶっていて、見えなかった頭部が見えた。
黒い艶やかな髪を巻き上げていた。真っ白い肌にあまり特徴のない平坦な顔だった。
声の様子や指の細さから、母くらいの女性だとは思っていたが…妙に神々しい。
黒い髪は、ヒシ家の特徴だ。助けてくれたのは、ヒシ家のお方だったか。ならば、あの態度も致し方ない。むしろ、直接その手で助けてくださったことが、信じられない。
兵士たちの視線に気が付いた元帥閣下が、魔導士にフードをかぶせてしまった。もう少し見ていたかったと思った者は少なくなかった。
楓花は、戦いが終わったと聞いて安心して治療をしていた。
一通り終わって外に出てみると、一番酷そうな怪我をした人たちが立っていた。白い軍服姿だが、血が染み出てきていた。
初級癒し水を飲むだけでは、治らなかった傷なのだろう。
それなら、一刻も早く治療しなくてはならない。
彼らの服を脱がせて血の気が引いた。心臓近くや腹部にいくつもの刺し傷があった。それひとつで大変な状態だろうに…。
彼らを天幕へ連れていき、意識があるうちに万能ポーションを飲ませた。それから表面の傷に高級消毒薬をかけていく。
楓花が、必死に治療する様子を敬一郎は、険しい顔で見ていた。
辺境伯の席が空くのは、国としての損害が大きい。アシュレイ・ドロ・クリトンの子息はまだ幼く、しばらくは使い物にはならない。
だが、万能ポーションの存在は、知られたくはなかった。
どうにか口止めをしなくてはならない。
この辺境伯は、かなり聡い人物ではあるが、堅物でもある。
どこまでの融通が利くのかはわからない。
敬一郎は、口止め作戦を考え始めた。
読んでくださりありがとうございます。
リアクションと合わせて星印を★★★★★~★☆☆☆☆にしていただけると嬉しいです。




