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「夜ですし、少しくらいワインでも飲みましょうか。」
楓花は、今回はワイングラスも用意していた。それらは、念のためクッションのある箱に入れて持って来た。
グラスを取り出したが、天龍の大人3人はいつものカップでいいと言う。
楓花は、敬一郎とライラと自分用にグラスに注いだ、ビンに残ったワインを天龍の3人に渡した。
子供たちには、麦茶を用意してある。外は肌寒いので温かい麦茶を入れたポットを用意していた。
少し離れたところに焚火を焚いている。
月明りと焚火の明かりでは、薄暗いので机の2か所にはランタンがあり、食卓を照らしていた。
「いただきます。」
挨拶をして、一斉に食べ始めることにライラはまだ慣れていなかった。
場の主が食べ始めるまでは、料理に手を付けないというのは、食卓のマナーである。だけど、ここでは挨拶をして一斉に食べ始めてしまう。
目の前には、1皿に盛り合わせられた料理があり、テーブルの2か所に焼き目のついているパンが籠に乗せられ置いてあった。
料理は、フォークとナイフで食べるけれど、使わなくても食べられる大きさだ。
ヒシ閣下でさえ、フォークだけで食べるつもりなのが、ありありとわかる。
ナイフを使おうとしているのは、フーカ様と自分とララだけだった。
ワインは、美しい曲線のグラスに入れられていた。
特別な装飾はないけれど、そのおかげでこのガラスの透明度や薄さがわかりやすい。どれほど腕のよい職人であれば、これほど薄く使用に耐えられる品を作れるのだろう?
そして、ワインを一口飲んで驚いた。
腐ったような雑味は一切ない味だった。
ブドウの美味しさをそのまま閉じ込めたような美味しさだ。
このようなワインはなかなか手に入れられない。慣れないことばかりさせられたけれど、このワインを飲めただけでも価値があった。
「このワイン、とてもおいしいです。ここまで雑味のない、スッキリとしていてほんのりと甘いワインは初めて口にしました。」
「お口に合ったならよかったです。」
フーカ様は笑顔を見せてくださった。それから、ふと心配そうに隣にいるヒシ閣下へ視線を移された。
「ケイさんには、どうかしら?」
「おいしいです。このブランドは私も好んで飲んでいます。手頃ですが、安定していて酸味がほど良いですよね。こちらの品で特に好きなのは…」
「それならよかったです。」
閣下の言葉の後半は、聞き取ることすら出来なかった。でも、フーカ様は聞き取れたのだろう。
うふふっとフーカ様がお笑いになっているけれど、とんでもない話だった。絶対に手頃ではないし、大量に作られているはずもない味だ。
それを安定的に仕入れるということは、大量に仕入れられる。それほどの人脈をお持ちということだろう。
よく焼かれた木の実ウサギの肉は、切り分けるだけで汁があふれてくる。食べれば、その肉汁が口いっぱいに広がり、香草の香りと塩味が合っていた。よく見ると、黒い小さな粒が見える。
「ねぇ、ララ…これってコショウが入っているの?」
ララは困ったように頷いた。
「フーカ様、このお肉の味付け素晴らしいです。」
「そうですか!?これは、私の家で育てたローズマリーと塩と胡椒とワインだけで味をつけてあるの、あっ仕上げにお醤油をほんの少しかけましたけど。」
「ローズマリーに胡椒に、オショウユ?ですか…。」
なんてことだろう。
この方は、貴重なレシピを教えてくださっている。だけど、残念なことにローズマリーもオショウユも何かまったくわからない。ローズマリーは家で育てていると言うのだから、薬草か何かなのだろう。
「お醤油は、お豆とお塩を一緒に入れて発酵させたものです。」
「そうでしたか、なかなか手に入りそうもありませんね。」
「それはそうかもしれません…。」
「フーカさん、発酵ということはこの間見たような細菌?カビ?を使っているのですか?」
「ええっと…ララさん、そうですね。コウジカビという物を使います。お醤油はそれを使って大豆と小麦やお米の発酵させたものと合わせて、強い塩をしてそれを寝かせて…」
ララの薬師の弟子としての問いかけに、丁寧に答え始めた楓花だった。
リリーもその話を聞いて、さらなる質問をしているけれど、ライラを含めた周囲はその言葉が全く頭に入らない。何を言っているのかよくわからないけれど、3人では会話が成り立っているようなので、見守っている。
程よいところで、ヒシ閣下が咳払いをした。
それで、弟子と先生の難しい会話は終了した。
「食事中にするには、難しすぎますね。楽しい会話にしましょう。」
フーカ様はそうおっしゃると、肉の焼け具合の話しなど他愛もないことを話し始めた。その言葉に、穏やかに返す閣下やリリーたちのやり取りを聞きながら、ライラは食事を進めた。
正しく言うならば、それ以降のライラは食事に夢中になっていた。
それこそ、最初のころの天龍やリリーたちのように、食べたことのない味付けに、口がすぐに次を欲してしまうのだ。パンの白いところの柔らかさに驚き、焼き目のある耳の小麦の味わいを楽しむ。
時折、ワインを挟むと、同じものなのに違う味にも感じられる。
1皿に盛り合わせるなんてと最初は思っていた。けれど、外ですから問題ないわ。それに…このいろいろな味が混ざったものも、おいしかった。
食べ終えると、ララが麦茶を差し出した。
それを飲むと、口の中がさっぱりと流されてしまった。
でもほのかに香草の香りが戻ってくる。
ライラは、ふと空を見上げた。
満天の星が輝いている。
その間に、うっすらと金色のガードが見えた。
「なんて贅沢な時間でしょうか。空には満点の星が煌めいていて、獣の心配もせずにゆったりと食事ができる。結婚してすぐの頃に、夫の仕事に付いていきましたが、夜には寝ずの番が必要で、昼間であっても安心なんて出来なくて…心細く過ごした覚えがあります。こんな風に空を眺めたことなんてありませんでした。」
「それは我々も同じです。このような時間は、フーカさんがいる時だけの楽しみです。普段は、気を抜く事は出来ません。それでも、最近は魔物除けの香を焚けるようになったので、以前よりはよいです。」
「そうですか、ふふっ…では今のうちに味わっておきますね。」
ライラは、ワインの酔いも相まってふわふわと心地よかった。
ララに促されて2階に入り、訳も分からずにララとシャワーを浴びて、ぐっすりと眠ってしまった。
翌朝、目が覚めて起き上がり、頭上にある大きな物に気が付いた。
そうだ、魔導車の中だった。
そっとベッドを折り、髪を梳かした。持ってきたシャツとスラックスに着替えて、部屋を出ると廊下の椅子にルーシーさんが座っていた。
「あっ奥様、顔を洗うならシャワールームでどうぞ。」
「シャワールーム?」
「昨日、体を洗った小部屋です。トイレの隣にあります。」
そう言われて、トイレの隣のドアを開けた。その中にもう一つドアがあった。
部屋の突き当りに出羽っているものがあり、レバーを操作すると、雨のような水が出てきた。
それを手に取り、口を漱ぎ、顔を洗った。出羽っているものがそれを受け止め、奥に流してくれる。なんて便利な道具なのだろう。そうか、これを畳んで昨日は体を洗ったのか。
お湯が、雨のように出てくるなんて本当に便利だ。体を洗うのも楽だった気がする。昨日の食事の後の記憶は曖昧だったが、よい時間だった気がしていた。
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