3
ライラが驚いている間に、テーブルの上には大皿とカップが並べられた。
「え?え?」
「お昼ご飯よ。さあ、いただきます!」
「いただきます。」
この世界に「いただきます」という食前の挨拶はない。
信心深い者は神に長い祈りを捧げるが、それとは違う短い挨拶だ。
天龍のメンバーもリリー達も、もう慣れた様子だ。一緒に「いただきます」と言って食べ始める。
ライラは、目の前に置かれた一皿に戸惑っていた。
少しずつ盛り付けた美しい料理ではなく、結婚前の個人商店の娘だった頃の食卓に似ていた。
娘時代の実家の食事は、一皿に盛り付けパンを添えていた。そうでなければ、スープとパンだけだった。あの頃を少し思い出す。
今実家に戻っても、沢山のお皿に分けて盛られて出てくるので、このような物ではない。
懐かしさはあっても、このお皿はあの頃とは違う。とてもボリュームがある見たこともない料理だった。
「ん~この肉はオーク?」
「ええ、秋に獲れた物だから、美味しいですね。」
「うん、うまい。でも肉っていうか、このソースがうまい。この茶色いソースは初めて食べる。」
「ハヤシソースと言って、焦がした小麦粉にバターを入れて茶色くなるまで炒めて、ブイヨンで伸ばしてトマトと煮込んで作ったソースです。あとは、香辛料とかいろいろ入っていて、たまに食べたくなるの。」
ライラは、周りを見ていた。白い物を掬って茶色いソースと一緒に食べているようだ。
初めて見る料理、おいしそうには見えないけれど、ララもリリーも美味しそうに食べていた。ライラは思い切って口へ入れた。
ナニコレ…。
食べたことのない濃厚な美味しさ。
白い粒粒と滑らかなソース、それに力強い肉の旨味と香辛料の香しさが、一気に押し寄せてきた。
夢中になって、半分ほど食べた。
あ…サラダもある。生の野菜なんて食べ慣れないけれど、フーカ様が手ずから作ってくれたのに、残すわけにもいかない。
一口食べて驚いた。
チーズだ!
この白いソースには、チーズが入っている。
チーズなんて、旦那様が晩酌している時に、偶にひと欠片頂ける高級品だ。
それをこんな…外で食べる野菜にかけるの?
信じられない…。
フーカ様は、どうなっているのよ。
何度か遊びにいらしたけれど、いつもその衣装に驚かされていた。ネル生地のドレスは、見たことのない色で染められていて、美しい輪郭を描いていた。
履いている靴も美しく、宝石や金が散りばめられていた。
成金の品のない華美さではなく、美しさを引き立てる上品な美しい品だった。
いや、成金だって靴に宝石など付けられないけれど…。
私とそう変わらない年齢だと思うけれど、手は美しく働かない貴族らしい物だ。
私は…嫁ぐまでの家の手伝いで、指が少し曲がってしまった。店の者たちよりはましだけど、そんな私とは全然違う美しい指だ。思わず再確認のために手先を見てしまう。
あんな美しい指なのに…採取をして、料理をするの?
自分のことも一通り出来るとララは言っていたけれど…。
いいところの奥様の気まぐれにしては、気合が入りすぎている。
それとも、実はただの庶民?
いや、それはあり得ない。
フーカ様は、大魔導士様なのだ。空間術を使った魔導車を動かし、あっという間にこんな山の中腹に飛んで来られるのだ。
私には、考えられないほどのお勉強と訓練をなさったはずだ。
フーカ様のお持ちになるポーションの質は、とてもいいものだと旦那様もおっしゃっていた。
ララが作ったと持ち帰ったポーションだって、今まで市場に出回っていた物と比べたら、雲泥の差の本物だと感動していた。
旦那様は、ララがいれば、我が家は安泰とまで言ってくれたのだ。
男の子を生むまで針のむしろだったのに、娘のララを優秀だと褒められていた。それで、少し気が晴れていた。
それだって、フーカ様のおかげだ。
その旦那様が褒めたポーションであっても、フーカ様が薬師と認めるには届かないという。
教わったのは、フーカ様のお知恵のほんの一部だとララは言っていた。
それほどの訓練もして、料理なんてするの?
こうやって見ていると、ロラーナの街にもいる少しいいところの奥様だ。
気さくで人当たりがいい。
貴族特有の人を見下すような態度は、なさらない。
「サナ、お口の周りが大変だわ。」
「ん~」
フーカ様が、薄い白い布のようなもので、サナの口元を拭っていた。そんな白い物でこの汚れを拭いてしまっては大変だ。白についた汚れは落ちないのに、勿体ない。
「どうしました?」
「いえ、その…白い布で拭いては洗えないと思って…」
「ああ、これですか?1枚どうぞ。使い捨てるための物ですから、大丈夫ですよ。」
渡されたのは薄くて軽い柔らかい布だった。
「これは、紙なの。このまま捨てるのよ。」
「紙ですか?これが?」
「ええ、だから気にしないで大丈夫です。」
「まぁ!」
やはり、大魔導士様の持ち物だ。
私のような者には理解できない物をお持ちだ。ライラは、妙な納得をした。
食事を終えると、片付けを始めた。テーブルなども魔導車へ戻された。
「この辺りの採取は終わったので、少し移動しましょう。」
「そうですね。」
周囲の杭を外し、皆が乗り込むと車がゆっくりと動いた。先ほどの場所が見える程度の移動をした。それから、また降りて採取をする。
「お母さま、厠は大丈夫ですか?入っておいた方がいいですよ。」
「厠なんてどこにあるの?」
「ここです。」
我慢していたのを気が付かれてしまった。
ララについて魔導車へ戻る。私たちの部屋の奥にある小部屋に案内された。
確かに、天龍の人たちが入っていた気がする。
「男女一緒なの?嫌だわ。」
「そんなこと言っても、外よりは絶対にいいから。」
ドアを開けて、ライラは止まった。
真っ白い椅子しかない。
厠って言っていたはず…。思わず後ろにいるララを見た。
「お母さま、その椅子の蓋を開けて用を足してください。終わったら、椅子の横にある紙をちぎってお尻を拭いて、中へ捨てます。椅子の後ろにあるレバーを引けば、中の物は全て水で流れていきます。」
「え?」
ライラは、娘の説明の意味が分からなかった。
蓋を開けて用を足すのは分かった。
蓋を開けると、真っ白な陶器で、上等な食器に使われている白磁に見える。
「ここにするの?本当に?」
読んでくださりありがとうございます。
リアクションと合わせて星印を★★★★★~★☆☆☆☆にしていただけると嬉しいです。




