15
足の悪い男性は、楓花に呼び止められた事に動揺していた。
自分の作ったポーションを毒だと言われたのだ。いたたまれないし直ぐにでも立ち去りたかった。
「なんだよ!俺は毒しか作っていない。ここにいても仕方がないだろう。」
「毒を作れるなら、薬も作れると思います。ですが、そうではなく…せっかくお会いしたのも何かの縁でしょう。足を出してください。」
「は?さっき薬は効かないと言っただろう?」
「はい、あのポーションは、効きませんからこちらを使います。」
「楓花さん」
「良いではありませんか。」
敬一郎が静止するのを無視して、楓花はその男の足を出させると高級ポーションをかけた。
治療を受けた男は、目に見える傷が消えた。
だが、それ以上に内側にあった痛みが消えた。
「えっ…あっ?嘘だろ?治った?」
周囲は静まり返っていた。
受講生の誰もが、驚きすぎて声も出せずにいた。
下級ポーションでは、治せない。
引きずっていたと言うことは、足の機能そのものが傷ついている。それを直せるなんて…。
「エリクサーか?」
「いいえ、高級ポーションです。」
「それは、フーカ師が作った物なのか?」
「いえ、これは…私ではなくて…」
「それは先代が、作ったものだ。」
敬一郎が口を出した。
楓花が誤解され、必要以上のプレッシャーを受けないためだ。
受講生たちは、息をのんだ。
先代、つまりヒシ太閤のお手製ということになる。
もういらっしゃらない以上、二度と出回らない品だ。それを罵倒した相手に使ったという事実に、どう解釈すべきか戸惑っていた。
「そんな貴重な物を!?」
「せっかくですからね。治して帰れば、よろしいわ。」
彼らは、ここに集められて数日経っている。
その間、納品された実験器具の鉄製品のバリ取り、決めた位置に道具を入れるなどの作業をしてきた。手ぶらで返すのも気が引けたのだ。
「申し訳ありませんでした。精進します。フーカ師から学ばせてください。」
「えっと…そのしって…ああ、師ね。なるほど…聞き慣れない。」
「楓花さん、それでは…先生でいいですか?教える側ですから敬称は必要です。」
「そうなの?では、先生でいいです。」
先生なんて言い方は、学会でしかされることがないけれど、仕方がない。
ちょっとむずかゆいけれど、そのうち慣れるだろう。
「でも、ケイさんもうお昼を過ぎてしまったわ。」
「大丈夫ですよ。こちらでは朝食は8時ですし、彼らの夕食は16時です。」
「まぁ、そうなの?」
「はい、それが普通です。」
「そうなのね。でも、私が疲れてしまったの。休憩はないですか?」
「それはご随意に…。」
「それなら、折角ですから…一緒にお茶にしましょう。」
「楓花さん?それならこちらで用意します。楓花さんは出さないでください。」
敬一郎は、慌てて楓花を止めた。
ギルバートは、急ぎメイドに指示をした。
フーカ様が、いつも通りに食べ物を出しては、オーバースペック過ぎてしまう。彼らには、あまりにも刺激的だ。ギルバートでさえ、いつも驚いている。
市井の者には破格すぎるのだ。
受講生は、にこにことお茶の時間を提案した事に驚いていた。
お茶というのは、貴族が飲むもので、見習いにお茶の時間など…あっていいはずがないのだ。
師と呼ばれるのは嫌で、先生と呼ぶことになった。
先生よりも師と呼ぶほうが格上だと思うのだが、本人が嫌だと言い、ヒシ閣下が決めたことなので、そちらに従う。
どう見ても、ヒシ閣下も執事長も振り回されている。
そして、何より先ほどまで、扱き下ろそうとしていた自分たちと、茶を飲みたいというのがわからない。
確かに、あの男の足を治した。それは先代太閤閣下のお手製の高級ポーションだという。
そんな貴重な物を気軽に使うなど、あまりにも無知すぎる。
フーカ先生が、生徒たちの机の間にやってきた。
「皆さん、向き合うように座りましょう。こちら側の方は椅子を後ろに向けてね。」
「はぁ」
フーカ先生が座ると、ヒシ閣下までその隣へと座った。
「向かい合うなら、前の方が…」
受講生の促しに、敬一郎は気にせずに楓花の隣に座った。
「いえ、今日は先生と受講生の団欒ですからね。私はこちらで見守りますから気にしないように。」
「そうですか?」
そういうと、フーカ先生は閣下に背を向けてしまう。
受講生たちは、それをハラハラとした思いで見ていた。
いくら身内だとしても、当主に背を向けるなんて…許されるのか?
閣下は苦笑いしつつも、使用人たちに気にしないようにとの合図を送っていて、受け取った使用人たちも素直に礼をしていた。
上位貴族の使用人というのも、受講生たちにとっては雲の上の存在だった。
だが、このフーカ先生は、なんとも人間らしい…庶民とそう変わらない気がしてきた。
「お菓子の前に手を洗いましょう。こちらへどうぞ。」
楓花は、廊下にある流しに案内した。
「こちらに水道があります。このレバーを下げると水が出て、上げると止まります。手を一度水で流します。石鹸をつけてこのように手を合わせ、手の甲をさすり、また手を合わせて角度を変えて指の股を洗い、指1本ずつをこすり、爪先をこのように手の平に充ててこすればよいです。」
受講生たちにとって、楓花の言う「手を洗う」が難しかった。
とてもじゃないが、出来ない。
その不完全な手洗いを、楓花が見ていることには気が付かなかった。
「フーカ様、今日は麦殻茶でございます。麦殻を香ばしく炒って煮出しました。」
「まぁ、麦茶ね。大好きです。」
「お菓子は、こちら薄焼きの蜂蜜入りにございます。」
ギルバートは、以前楓花が教えたクレープのようなものに蜂蜜を入れて巻いた物を一口大に切って並べて出した。敬一郎と楓花には5つ、受講生たちには3つずつだ。同じ扱いにはできない。
受講生たちには、楓花たちへ出した物の端や蜂蜜を申し訳程度に入れた物だ。見た目は同じでも、主と従に同じ物を出すわけにはいかない。
それでもそれは、受講生たちにとっては、滅多に口にしない甘味だった。
甘いものというのは、果物程度しかない。それが、見た目だけでも貴族と同じ食べ物を出された。
恐る恐る一つを口に入れた。
「甘い!!」
「ああ、すばらしく美味しい。」
彼らには、蜂蜜を使った菓子というだけで、とても美味しいものだった。
「皆さんは、どうして薬師に?」
「僕は、やっと貯めたお金で手に入れたポーションが効かなかった。ものすごく頑張って貯めたのに、何にもならなかった。兄を助けられなかった…。」
「そうでしたか…。」
「俺も似たようなものだ。俺は…」
次々と5人ほどが理由を教えてくれた。
「楓花さん、あと1時間になりました。」
敬一郎に促されて、颯花は話し足りないけど仕方がないなと思ってしまう。
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