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楓花は、敬一郎の強張った表情に戸惑いながら問いかけた。
「ええ、この世界でも珍しいですか?町では聞いたことがなかったです。」
「家の妖精は、古い屋敷にいることはありますが、数は多くはありません。公表されているのは、王宮と私のいる真珠宮、それから神殿の3か所です。ただ…どこも実体化はしていません。私は、真珠宮にいますが、見たことがない。」
「そうでしたか。」
エルが、トレイを持ってやってきた。
「失礼します。コーヒーのご用意ができました。」
「ありがとう。」
チョコレートのお皿とコーヒーカップが置かれた、その横にお代わり分のポットも置いて、エルが下がっていった。
「妖精の淹れたコーヒーを飲めるとは…。」
「どうぞ、おいしいですよ。」
敬一郎は、勧められたコーヒーを一口飲んで顔を上げた。
まろやかだが、しっかりとしたコーヒーの苦み。飲んだ瞬間に、何かが染み渡るような感覚は、ポーションを飲んだ時に似ている。
いつも通りの楓花に驚きつつも、ただのコーヒーではないことに動揺していた。
「楓花さん、何か特別な水か豆を使っていますか?」
「特別?」
何かあったかな?楓花は考えていた。
「ここの水は、裏の泉の湧き水です。」
「湧き水?それだけですか?」
「一応、聖なる泉というようで…その水が、流れ出た川の水をこの家の水道に使っています。」
敬一郎は目を見開いた。
聖なる泉とは聖水ではないのか?
教会以外に聖水が、湧いている場所だと!?
しかも、それを家の水に使っている?
ここ最近、楓花さんの輝きが増していたのは、聖水の力か?
「その水を…いただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。ちょっと待ってくださいね。」
楓花は、非常時に使う水を入れるビニールバックを取り出した。10L入るらしい。エルを呼び、それに水を入れるように頼むと、話しの続きを始めた。
「お待たせしました。お帰りまでにお渡しします。それで、こちらが、冊子のサンプルです。こちらが最初に教える衛生の基礎です。それとそれらを学ぶ前に寒天培地を作り、講習生の手や道具などに、どれほどの菌がついているのかを見せたいと思います。」
「なるほど、実際に見せるのですね。」
「はい、言葉ではわからないと思うので、見せます。」
「いいと思います。衛生についても、わかりやすい。もし、彼らから質問が出てきたらどうしますか?」
「もちろん、わかる限りの説明はします。そのためのシャーレやいろいろと必要な物はこちらで用意します。」
「なるほど、確かにこれはお金が必要ですね。」
「こちらは先ほどのお金でご用意を…」
「それはなりません。数も必要でしょうから、道具は私が手配します。手配先を教えてください。」
「そうですか?では、こちらの商社さんへ連絡をして…。必要な物は、こちらになります。」
シャーレ120、白金耳120本、アルコールランプ12個、三脚24個、ビーカー36個、フラスコ36個、メスシリンダー36個、試験管120本…ステンレス台までかなりの数と種類を書いてあった。簡易的な学習用の顕微鏡も5台お願いした。
敬一郎としても、受け取ったメモを見て、これらを揃えるなら、確かにお金が心配になるのも無理はないと思った。
「ガラス製品は、大和で手配しますが、三脚やステンレス台は類似品をこちらで手配してもよろしいですか?最初に使うだろう5台ずつくらいは大和で手配します。それと試験管立てなども…」
「それで構いません。私には手配する手段がないので、大和で揃えようと思いましたが、イルルジオーネで揃えられるなら、その方がいいです。」
「それなら、よかったです。」
「あとは、培地に使う材料は私が購入していきます。」
「そちらはお願いします。」
それから、いくつかの確認をして、週末の準備は整いつつあった。
「楓花さん、折角ですからこちらの敷地内を案内してもらえますか?」
「ええ、もちろんです。お時間は大丈夫ですか?」
「こんな場所を見てしまったら、私の用など大した事ではありません。先ほど、調整依頼をしましたので、ご心配には及びません。」
敬一郎は、楓花と外へ出た。
目を凝らすと、金色の守護壁が見えた。
これは、絶対守護壁だ。あらゆる物を寄せ付けない。
キャンピングカーのガードとは、全くの別物だ。それに、その辺に生えている草にも薬効があるようだ。
家の裏手に回ると、畑があった。
冬だというのに、畑には小松菜やホウレンソウ、蕪などとイチゴが大量に植えられていた。イチゴは赤い実をつけている。
その奥には、果樹が何種類もあるようだ。
「あそこに果樹園があって、本数は多くないので少しずつしか収穫できませんが、食べるには十分な収穫があるようです。」
「今は柑橘の時期ですか…。黄色い実が成っていますね。」
「はい、みかんとネーブルのようなオレンジがあります。」
「それは楽しみですね。」
「そうなのです。普段のお手入れは、エルがやってくれています。」
「そうでしたか。」
「この細い川に泉の水が流れていて、この小屋で汲み上げて家へ送っています。この川沿いにヒールベリーが生えていて、安定して手に入れられそうです。こちらの木々のある場所には露草や癒し草があり、他の薬草もあるようです。落ち着いたら見てみようと思います。」
「それは、楽しみですね。」
敬一郎は、妖精メイドのエルから離れたところで、質問をした。
「楓花さん、あの妖精メイドは家の中だけですか?」
「基本家でしょうけど、守護壁内は動けるような話でした。」
「そうですか…。」
「この家って、虹湖と同じ魔の森にあるのに、獣が出ないの。静かに過ごせます。あの泉が聖なる泉です。あの周囲には、別の守護壁が展開されています。」
「ほぉ…これは…本物ですね…。」
クスクスと楓花さんが笑っているが、これはとんでもないことだった。
先代が、ここを楓花さんへ残した理由はわからない。
だが、あの泉の守護者であろう妖精が主と認めたのだから、その判断は正しかったのだろう。
聖なる泉は、イルルジオーネでは聖教会本部にのみ存在していた。
過去には、世界5か所に在ったようだが、すでに失われているという。
これが、失われたうちの1つなのか、それとも元から隠されていた場所なのか…。
聖なる泉の近くに家を建てているということは、家の妖精ではなく泉の妖精であろう。
その妖精が実態を持つほどの主…。
本来であれば、楓花さんは…跪いて騎士として付き合うべきお方となるのだろうが、それをこの方は望まないだろう。
今まで通りに接して、信頼を築いていくしかない。
未だ、楓花さんの指には2つの指輪が嵌められている。
下にある指輪は大きいので、おそらくはご主人の指輪だろう。それが落ちるのを防いでいるのが、ご自分の結婚指輪だと思う。よく似たデザインだが、少しだけ異なっていた。
時折、指輪にキスをしている姿も見る。
今でも、とても大切にしているようだ。
その日、楓花と敬一郎は泉の家へ泊ることになった。
いろいろと話しをしていたら、今帰ると寝る時間がないという状態になってしまったのだ。
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