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楓花は、仕事を終えるとすぐに泉の家へ向かった。
「おかえりなさいませ。ご主人様。」
エルの出迎えにいつもなら癒されるのだが、今日ばかりは気が付いた事の重大さに顔色が悪い。
「エル、ただいま。」
「ご主人様、何かございましたか?お体が優れないのであれば、ご予定よりゆっくりお休みになられたほうが…。」
「残念だけど…そんな時間は無さそうよ。」
「ご主人様、お風呂のご用意をしましょうか?」
「ううん、シャワーを浴びたらすぐに寝る。起きて翻訳しないといけないのよ。」
「翻訳でございますか?」
「ええ」
「それは、パソコンなる魔導具で書いている物を、この国の言語にするということで合っていますか?」
「ええ、合っているわ。100ページ分を急ぐ必要があるの。」
「それでしたら、私にお任せください。」
「エルに?」
「はい、ご主人様。私は、大和言葉は読めます。文字の翻訳であれば大丈夫です。絵の自信はありませんが…。」
「文字だけで大丈夫なの。絵は貼り付ければいいよ。それなら、次に来る時に印刷してくるから、それを翻訳してくれる?」
「はい、お任せください。」
「よかった。それなら安心だわ。」
楓花は、安心出来ると眠くなってきてしまった。
急いでシャワーを浴びて、ベッドへ横になった。
泉の家で、続きの入力を行い。
朝の7時に着くように大和の家へ帰った。
楓花は、パソコンを立ち上げると、書き上げた物の100ページまでをプリンターで片面印刷した。
それとは別に、薄い線を入れた用紙も印刷する。
清書用の用紙だ。そちらは200枚用意した。
書き直しできるように、シャープペンシルと消しゴムと替え芯も用意する。
これで、エルが清書できるなら最高に良い。
冷静になると、急いでやらなくてもいいかと思い当たった。
講習に来た人たちには、閉じるためのファイルとコピーを渡して、書き込んでもらえばいいのだ。
コピーか…家のプリンターでは、きれいな印刷にはならない。
出来れば業務用のプリンターが欲しいけれど、それは厳しい要望だろうか?
ケイさんに相談しても良い?
薬師が育てば、ケイさんの利益になるからどうにかなる?
輪転機や帳合機までは求めないから、コピー機が欲しい。
ダメ元で交渉してみよう
でも…エルっていつも完璧なのよね。教えた事は一度で出来るようになる。一度に100枚渡したら、休まずに翻訳しそうだ。
ずっと実態でいていいのかもわからない。消えてしまうほどの頑張りはないと信じたい。そこまででなくても、無理はして欲しくない。
どちらにしても、あと2週間ある。1日で5枚翻訳してくれても、少し間に合わないけれど、1冊だけ出来ていれば、少し戻って来て続きの翻訳が終わり次第で作ればいい。
1回に20枚渡していれば、十分だろう。それで様子を見て、渡す頻度を考えよう。
「エル、これの翻訳をお願いね。次に来るまでに半分くらい進んでいたらうれしい。」
「かしこまりました。お預かりします。」
「それと、これが翻訳を書くための紙とシャープペンシル。消すための消しゴムはこれね。紙は、これを使って欲しいの。」
「かしこまりました。」
楓花は、エルに依頼をすると安心して打ち込みをしていた。
夢中になっていたがふと白い物が視界の端に映った。顔を上げるとエルが来ていた。
「ご主人様、そろそろ休憩を取りませんか?」
「そうね。ありがとう。」
エルと一緒にコーヒーを飲み、ケーキを食べた。
ここのところ、毎日ケーキを食べている。あまり動いていないけれど、不思議と太る気配がない。
「ご主人様、こちらを翻訳してみました。」
「確認しても?」
「はい、お願いします。」
エルの文字は、しっかりと整っていて読みやすい。
しかも、絵を入れる隙間を作りつつ、文字のバランスも悪くならないように考えてくれていた。これなら、挿絵をそのまま貼り付けても良さそうだ。
それにしても早い。この1時間で1枚出来るなら、毎日5枚以上は出来上がりそうだ。
「いいわね。ありがとう。この感じで進めてくれると嬉しい。」
「はい!ありがとうございます。このまま進めさせてもらいます。」
楓花は、エルが下がるとパソコンで続きを入力していった。
金曜日は、仕事を終えると車庫の中で、タイヤを交換してからヒシフォートへ向かった。真珠宮を訪ねて、敬一郎と薬師講習会の相談をする。
「コピー機ですか?」
「はい、難しいでしょうか?あちらで手に入れたいのですが、無理であれば家庭用プリンターでコピーします。」
「いえ、無理ということはありませんが、楓花さんのご自宅に届く手配で、よろしいですか?」
「はい、そうしていただけると助かります。」
「わかりました。では、手配に1週間ほどかかると思います。」
「はい、それは大丈夫です。」
「あとは…紙ファイルですが、ファイルはやりすぎですので、綴り紐と厚紙か板の手配をしましょう。」
「わかりました。」
コピー機の相談は、終わった。問題は次だ。
楓花は敬一郎の様子を伺いながら、話し始めた。
「あと…お願いというか…ご相談がありまして…。」
「なんでしょうか?」
「この金の魔石をあちらで、現金化することはできませんか?」
「なるほど…いろいろと物入りですし、そうですか…。」
「何かルートをお持ちでしたら…無理はしなくても…」
「それであれば、純金のアクセサリーをご用意します。頻繁に売ると目立ちますから、お気をつけて。」
「わかりました。」
「それと…そうですね、薬師養成講座の報酬については、紙幣でお支払いします。」
紙幣?
この世界に紙幣は存在しないようだ。つまり大和のお金ということだろう。楓花は、頬を緩めた。
「いいのですか?そうして頂けると助かります。」
「相談してくれて良かったです。それにしても…最近何かありましたか?」
「え?特には…どうかしましたか?」
「いえ、楓花さんが明るくて安心しました。」
「そうですか?」
「はい、今日のドレスもよくお似合いです。」
「ありがとうございます。ピンク色って、少し恥ずかしいですけどね。」
敬一郎は、楓花の姿に目を奪われていた。
くすんだサーモンピンクのドレスは、冬用の厚みのある布地で作られていた。差し色としてグレーの腰布が使われている。上から羽織るボレロもグレーであり、人形のようなラインを描いていた。
楓花の白い肌と黒く長い髪によく映えていた。
大和では一回りの年齢差があるというのに、それは全く感じない。
単に自分の方が、精神的には年月を過ごしているけれど、それだけでは説明がつかない感覚があった。
「よくお似合いです。」
敬一郎が、楓花を見つめている。
その後ろでは、ギルバートと他の使用人たちが、二人を見守っていた。
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