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楓花が、執務机の前にあるソファーに移動して寛いている。そこに、エルがコーヒーとイチゴの乗ったショートケーキを持ってきてくれた。
コンビニで2つ入りの物だから、特別な物ではない。けれど、綺麗なお皿に盛りつけてメイドさんに運んでもらうと、それだけで何段階も上等な味に感じるから不思議なものだ。
「んっ。美味しい。もう1つはエルが食べるのよ。」
「ご主人様、私に食べ物は必要ありません。」
「食べて、何か困ることがあるの?具合が悪くなるとか、気分が悪くなるとか…?」
「そういうものはございません。」
「だったら、食べてみて。一緒に食べてくれるととてもうれしいのだけど。」
「かしこまりました。では、持ってまいります。」
「コーヒーも持ってくるのよ。」
エルは、コーヒーとケーキを持ってきた。
「向かい側のその席に座ってね。」
「かしこまりました。」
エルは、困ったように微笑む。楓花と同じようにコーヒーを飲み、顔を顰めた。
「苦い?」
「はい、とっても…これが美味しいのですか?」
「ええ、美味しいわ。」
それから、エルはケーキを一口食べて目を大きく開いた。
ふふっ、めちゃくちゃ驚いている。
前の住人…吉田さんは、ケーキとか食べなかったのだろうか?それとも、メイドだから与えなかった?違うか、実体化していなかったのだった。
「美味しい?」
「ふぁい、とっても甘くてふわふわしていて、美味しいです。」
「よかった。それならまた用意するわね。」
楓花は、休憩を終えるとまたパソコンに向き合った。
「ふ~」
ある程度、基礎の衛生面と器具の取り扱い方までは、書き出せたかな?
「ご主人様、15時になりました。お食事の用意が出来ています。」
「もうそんな時間?」
「はい、お風呂の準備もできています。」
「そっかぁ…じゃあ、先にお風呂にしようかな?」
「かしこまりました。では、お食事の仕上げをその間にしますね。」
「ありがとう」
楓花はお風呂に入り、考え事をしていた。
とりあえずは、下級ポーションの作り方だよね。
お風呂を出て、髪を乾かしダイニングへ行く。
窓のカーテンは閉められていて、昼間だと忘れてしまう暗さだった。
照明の明かりがいつもより暗いのは、間接照明に切り替えられているからのようだ。
暗い中だと、まるで夜になったかのようだった。
ダイニングのテーブルには、料理が並んでいた。どれも少なめだけど、手間のかかるものだった。
「エル、ありがとう。」
エルの気遣いに感動していた。
光を遮ってくれたので、体は夜だと勘違いするだろう。
多分すぐに眠れる。先ほどまで冴えていた思考が、落ち着きつつあった。
ベッドに入ると、ベッドの癒しの効果もあり、あっという間に眠ってしまう。
「ご主人様、いってらっしゃいませ。」
エルは、楓花を見送ると家全体にリペアをかけた。
それだけで、家中の汚れがなくなり元通りになる。
エルにとって、家の管理は一瞬のことだった。
主がいる時だけは、料理や世話をすることができる。
次は3日後の朝に来てくださるらしい。
それまで、エルが出来ることはなかった。
春から秋であれば、畑の手入れという楽しみもあるけれど、冬の間にできることは少ない。みかんの木からみかんを収獲するだけだ。
そうだ。ご主人様は、みかんは風通しの良い場所で保管した物が美味しいとおっしゃっていた。それなら、みかんは食糧庫から出して、キッチンの棚に置いておこう。3日おきに来てくださるなら、食べる機会もあるだろう。
エルにとって、ご主人様が来てくれることは、これ以上ない喜びだった。
主がいてくださる。それだけでも嬉しいことなのに、今代のご主人様は名前まで付けてくれた。名前を授かれる妖精は少ない。
名前を得るということは、ご主人様の物になるということだ。
しかも、ご主人様はしばらくの間は、3日おきに来てくださる。そして丸1日居てくださる。
ああ、なんと嬉しいことか。
楓花にとっては、1日から無理やり1日を生み出す手段だった。
それがエルには大きな喜びとなっていた。
待っている間、妖精らしく透明になって家と同化していていいのだが、エルはやる気を出していた。
周辺の森から集めた繊維と動物の抜け毛を使い、暖かいネル生地を作り出す。
それを森から取れる色で染め上げ、ご主人様のサイズの服に仕立てていった。
ご主人様は、シンプルな装いを好まれる。
楓花がこの家で寝ていると、その知識がこの家へ染み込み、エルに同期されていた。
楓花は、ヒシフォートの城へ出入りするようになってから、参考までにスマホでドレス類を調べていた。
その知識と見たときの感情までもがエルに同期される。当然だがエルの作り出すドレスは、楓花の好みから外れることはなかった。
桜の枝から取れた桜色は、少しくすんだ色合いでご主人様に似合うはずだ。
楓花が、毎日イルルジオーネに向かうようになって数日後、いつものように職場にいた。
仕事中は、英文を見ながら仕事をしているが、当然大和語も同時進行で読む。
分析の結果は、パソコンに英語表記されている。
それを見ながらふと思った。
あれ?
そういえば、今…大和語で書いているけど、そもそもそれではイルルジオーネの人たちは、読めないじゃない。
ああ…何て事だろう。
文字が違うと言う事をすっかり忘れていた。
私ってば…バカすぎる…。
楓花は、今更ながら大きな問題に気が付いた。
そもそも、イルルジオーネの文字はパソコンに入っていない。アルファベッドのようで違うこの文字は、独特の物だった。
パソコンでは書きようがない。
あれを全部手書きする?
ちょっとそれいくら時間があっても足りないかも。
1部作れれば、あとはコピーするにしたって…間に合わないような気がしてきた。
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