サヴォンリンナ神殿への道行き33 ドナヤン峠のカルメ焼き
サヴォンリンナ神殿への陸路の旅二日目は十一リーグ(約20キロ)の道のりである。これは祐司とパーヴォットの通常の旅の一日の距離としては短い。
これはリファニア南部西岸に海沿いに南北に延びるオクシア山地を横切る爲である。リファニア西岸は北からネルセキト山脈、タラナスト高原、ベムリーナ山地といった連続した山脈が並んでいる。
その延長にあるのがオクシア山地である。ただオクシア山地は南北は百数十リーグ(約二百キロ)ほどもあるが、なだらかな千五百尋(約500メートル)程度の山が連なって幅の最も広い場所で二十リーグ(約36キロ)もない。
祐司とパーヴォットの今日の道のりは関東では西武鉄道沿いに飯能から秩父、関西では大阪から近鉄沿線沿いに生駒山地を横切って奈良に至る程度だと思えば良い。
道は苦にならない暖傾斜であるがそれでも一部山道のような部分もああるので、道のりが短く設定されていた。
祐司とパーヴォットはあまり登っているという感覚がないままに、メルムゼ村を出立して一刻(二時間)で、今日の道のりで最高地点になるドナヤン峠に到着した。
峠といっても登ってきたという実感が薄く、唐突に道端にあるドナヤン峠と刻まれた背の高さほどの石碑に出くわしたことで峠に到着したことがわかった。
「あそこに茶屋があります。お昼にしますか」
パーヴォットが石碑から五ペス(約90メートル)ほど離れた場所にある大きな平屋を指差して言った。
石碑のある部分から街道はやや降りになりさらに大きく右に曲がっており流石に人外の視力を持つパーヴォットでも石碑のある場所に来てようやく茶屋が見えた。
出発地のメルムゼ村と今日の目的地のナルサスという少し規模の大きな都市の間には目立った集落はない。そのような条件がある場所には休息する旅人を目当てに茶屋が出来る。
特に峠には茶屋が設けられていることが多い。本文では”北国街道”のバシャネルの茶屋、”マルタン十霊山巡礼”の最終日に寄った三叉路茶屋、”マルタン街道”のカルイク峠にあった茶屋の話が出てくるが実際はもっと多くの茶屋を祐司とパーヴォットは利用している。
(第十二章 西岸は潮風の旅路 春嵐至り芽吹きが満つる2 バシャネルの茶屋 参照)
(第二十章 マツユキソウの溢れる小径 マルタンの春27 霊峰巡り 二十一 -セナ山神殿から三叉路茶屋- 参照)
(第二十章 マツユキソウの溢れる小径 流れ行く千切れ雲3 マルタン街道へ -カルイク峠- 参照)
茶屋は”ドナヤン峠茶屋”と書いた何の工夫もない看板代わりの幟を入り口に立てていた。
茶屋の前には四方が開いた大きな天幕が張られており、そこに置かれた、簡素な机、椅子、床机にはすでに二十人以上の旅人が憩っていた。
パーヴォットは馬とラバを急いで馬用の水槽野前にある杭に繋いだ。
そしてパーヴォットはどこか空いた席はないかと見渡したが二人で座れそうな場所はなかった。
「パーヴォット、茶屋の中にも席がある。そこは空いていそうだ」
祐司が声をかけた。
「しかたありませんね」
祐司とパーヴォットは涼しげな屋外で一休みしたかったが、茶屋の中に入ろうとすると「今、席が空きます」と声が背後からした。
祐司とパーヴォットが振り返ると巡礼姿の六十年配と見える男だった。男は巡礼姿ではあるが帯剣しており巡礼姿の中にも郷士風の服装の特徴があった。その横で同年配の女性がにこやかな顔で立っていた。
どうも二人は夫婦で隠居して巡礼に来たという風情である。
「ああ、ありがとうございます」
祐司とパーヴォットは同時に声を発して頭を下げた。
「まあ、お似合いの御夫婦ね」
女性はそう言って上品な笑い声を出した。
パーヴォットが「そんなんじゃありません」と下を向いて小声で言ったが、巡礼姿の夫婦には聞こえなかったようで「末永く幸せに」と女性が孫にでも声をかけるように言ってネルナンの方向へ去って行った。
パーヴォットは満年齢十六歳である。現代日本なら高等学校の二年生で法律上は結婚出来ない。
ただリファニアの上層階級では満年齢十六歳(リファニアでは十七歳)ならそろそろ結婚適齢期に入ってきたと見なされる。
庶民階級では子の結婚適齢期の年齢があがって二十歳前半から半ばが適齢期と見なされており二十歳以下の結婚は少ない。
これは上層階級女性の結婚が早いのは跡継ぎが早く欲しいという理由、そして跡継ぎを産む道具という観点から年齢を重ねて不必要に男性を見る目が肥えてきては困るという男尊女卑的な考えによる。
上層階級に対して庶民階級の女性の結婚年齢が遅いのは仕事が出来る年齢になれば何年かは労働力として実家に留まることが当たり前と考えられているからだ。
そしてリファニア特有の夫は妻の実家に結納、妻は夫の実家に持参金を差し出すという制度の爲である。
リファニアの都市部では結婚すれば男女とも自家から独立したとされ新しい住居を構える。これは例え大店の跡継ぎでも同じである。
自分達だけの新しい住居に移る時に今まで育てて貰った親に礼として見える形で結納と持参金を出すという発想である。
この結納と持参金は月収の数ヶ月分ほどが相場であるが、仲人が親に話を入れて調整したりすることもある。
当然、この結納金ないし持参金を貯めなければ結婚出来ないのでどうしても結婚は二十歳を超える。
また男女とも二十五歳以上になれば結納持参金を出す必要は無いのでその年齢まで待つ者もいる。
ただ現代日本で二十五歳で結婚というのは早いという感覚だが、中世世界リファニアでは女性の二十五歳は現代日本の三十代の女性という見られ方になる。
人口比で多い農村部は現金収入の道が少なく特に自家で働いている若い男女が自分だけの現金収入を得る事は難しい。
そこで夫になった男性が妻の実家の農作業を期限を定めて手伝うというような労働で結納を収める。
女性の場合は夫の実家に入るのでこれからの労働力が持参金と見なされる。
無論、夫の実家に入るのは夫が自家の農地を受け継ぐ長子であった場合である。次男三男は街に出るという判断と新たな耕作地を開墾して独立するという判断がある。
リファニアは人口希薄で農業先進地域であるリファニアの畿内と言うべきホルメニアを除いては農地として開墾できる土地は多くが残されている。
ホルメニアにしても治水治山事業が進めば農地として利用出来る土地が残っている。
夫の実家に入るのが嫌で次男三男と苦労覚悟で舅姑と同居しないことを理由に結婚する女性もいる。ただ夫はその場合でも妻の実家に手伝いに行かなければならない。
ただ女性の年齢が上がってきて実家で働いている期間長くなると夫が手伝う期間が短くなる。そして女性が二十五歳になれば夫は妻の実家に手伝いに行かなくよくなる。
こうした背景があって庶民階級の結婚年齢は高くなる。
これを考慮するとまだ少女といっていいようなパーヴォットが祐司の妻だと見られたことはパーヴォットが雰囲気や仕草などで上層階級だと判断されたということである。
「ユウジ様とずっと巡礼旅をしていたら、そのうちあの御夫婦みたいな感じになるんですよね」
パーヴォットが後ろ姿が遠ざかって街道の曲がりによって巡礼姿の夫婦が見えなくなると感情が抜けたような声で言った。
「いや、そうはならない」
祐司が何か決意を込めたような口調で言った。
「え、ユウジ様と一緒にいられなくなるのでしょうか」
パーヴォットが不安げに訊いた。
「そうではない。そうではないようにする為の旅路だ」
祐司は自分に言い聞かせるように言う。パーヴォットはその様子に次の問を発することはなかった。
祐司とパーヴォットは茶屋で昼食を注文して食べた。
今朝に出立したメルムゼ村の旅籠”銀ポプラ亭”の番頭からドナヤン峠の茶屋は本格的な食事を出してくれるので昼食を食べれば良いと助言を祐司は貰っていた。
その番頭の話のように周囲にまったく集落のない山中の茶屋にしては、チーズで巻いた炙り肉、シチューといった本格的な料理を出してきた。
それを天幕の下で山の夏風に吹かれながらビールを飲みながら食べるとより美味しく感じられた。
「”銀ポプラ亭”の番頭さんの話ではここは出来たての焼き菓子を出してくれるので頼んでみたらいいと言っていた。どうする」
昼食を平らげた祐司は聞かずもがなとは思いながら言った。無論、パーヴォットは「是非に」というので二人分の焼き菓子を近くにいた茶屋の女将らしき女性に注文した。
女性は「今、すぐに焼きます」といって茶屋の奥に入っていった。
「焼き菓子を注文してからつくるってどういうことでしょう。長く待たされませんか?」
パーヴォットが少し心配げに言った。
祐司の世界と同様にリファニアでも焼き菓子は主に小麦と甘味料を使用してオーブンで作られる菓子類である。
素材から作るとなるとどうしても半刻(一時間)以上はかるので普通は出来合いのものが供せられる。
「おや。なんか甘いような焦げるようななんか匂いがします」
数分ほど祐司と雑談していたパーヴォットが鼻を左右に振るような仕草をしながら言った。
「おいおい、まるで犬みたいだぞ」
祐司はそう言いながらデジャブを感じた。
(第十九章 マルタンの東雲 薄明かりの地平線1 マルタンの冬至祭 一 参照)
やがて茶屋の女将が両手に木皿を持ってやって来た。
女将と思える女性が「熱いうちに召し上がる方が美味しいですよ」と言って木皿を祐司とパーヴォットの前に置いた。
祐司はその形状と立ち上がる甘い匂いからすぐに「カルメ焼き」という言葉が頭に浮かんだ。
「この菓子の名はなんというのですか」
「カルメです。わたしの兄が王都で料理屋を営んでいるのですが、昨年、お客様として訪れた旅人がこのカルメと言うモノを食べたくなったから、作り方を教えるので作って欲しいと所望されたそうです。
それで多少の試行錯誤はあったようですが言われた通りにして作ったカルメが手軽に出来て美味しいので売り出しました。
今年の春に兄が実家のあるナルサスに里帰りいたしまして、わたしにもカルメの作り方を伝授してくれました。
おかげでこの茶屋の名物になっております。王都の兄の店以外でカルメが食べられるのはここだけですよ・
兄の店は”モクレン屋”という料理屋で王都のハルデ通りにありますので、王都に行かれた等一度お立ち浴下さい。
ドナヤン峠のサリネの紹介で来たと言えば兄は何かしらのおまけを付けたり、値引きしてくれる筈です」
祐司の問に女将と思える女性は饒舌にしゃべったが大方他の客にも同じような説明をしているのだろうろ祐司は思った。
カルメ焼きは戦国時代にポルトガルから日本に伝わった。カルメ焼きの名はポルトガル語の”甘いもの”を意味するカルメロ(caramelo)から来ているとされる。
類似の菓子は世界中にあり、英語圏では主にハニカムトフィー(Honeycomb toffee)と呼ばれる。
基本的には砂糖およびその類似甘味料、重曹が原料である。ただし重曹が工業的に安価に生産される十九世紀以前は重曹のかわりに卵白が使用されており比較的高価な菓子だった。
祐司は運ばれてきたカルメ焼きのようなものを一口食べたがそれは記憶にあるまさに軽焼きで卵は使われていないようだった。
祐司は自分が食べたカルメ焼きのような菓子は重曹の代用としてナトロンで膨らさせたのだろうと考えた。
カルメ焼きのような菓子がリファニアで独立して見出されても不思議ではないが、問題は女将が”カメル”という名だと言ったことである。
カルメ焼きのような菓子を所望してその名をカルメだというのは日本人以外には考えにくい。
「カルメの作り方を教えてくれたのはどんな容姿の旅人ですか」
祐司は意識的に軽い口調で女将に訊いた。
「若い男としか聞いてないね。そうそう諸国を巡る薬草屋だったということだね。美味しかったら持ち帰り分も焼くよ」
「女将さんは商売が上手いね」
女将をおだてるように祐司が言った。祐司はも少し情報を聞き出せないかと頭を巡らせた。
「作り方は秘密ですか」
「ええ、そうなです。申し訳ありませんが王都の”モクレン亭”とここでしか食べられません」
祐司は半ばそういった答えが返ってくると聞いた。
「カルメってカルメロの仲間ですね。ずっとカルメの方が美味しいですけど」
パーヴォットが相の手のように言った。
「え、カルメロって?」
「ユウジ様は知りませんか。麦芽糖や砂糖を溶かした水に麦粉を混ぜて鉄板で熱して作る駄菓子です。
大概の駄菓子屋では置いてますし、注文して熱い出来たてを作ってくれる店もあります。
カルメロはネファリアから伝わったと父から聞いたことがありました。それで神学校に通っている時に図書館で調べたら本当にネファリアのお菓子にカルメロがあったんです。
父の言ったことは万が一にも嘘がないとまた思い知らされました。
ネファリアの言葉でカルメロは”菓子”っていういう意味だそうでした。リファニアの駄菓子としてのカルメロ自体はネファリアではカルドムというそうです。
カルメロはほの甘い感ですが、さっきのカルメは主に砂糖だけで作っているって感じでしたね」
パーヴォットのこの言葉で祐司はリファニアにもう一人日本から来た人物がいるのではないかという疑念が融け去った。
ネファリアに住むアサデル人の言語であるアサルデ語は祐司の世界の北アフリカに分布するアフロ・アジア系の言語が基底言語である。
それに原ゲルマン系の南下で押し出された原ラテン系の人々が伝えた語彙が豊富である原ラテン語の単語が借用語として多数取り入れられている。
リファニアは中世世界ではあるが、言語学は比較的発達しており祐司も知識としてはしっていた。
おそらくカルメロも原ラテン語からの借用語に違いないと祐司は思った。
それならば二つの交わらない世界でカルメ焼きと類似したものがカルメと名ずけられても不思議ではない。
注:ナトロン
カルメ焼きは重曹(炭酸水素ナトリウム、NaHCO3)を使用して二酸化炭素を発生させることで膨らませます。
重曹は膨らませます爲の食品添加物、洗剤として利用されます。重曹が化学的に得られたのは十九世紀になってからです。
それ以前は炭酸ナトリウム10水和物(Na2CO3·10H2O)と炭酸水素ナトリウムの混合物であるナトロンが重曹と同様の用途に使用されていました。
ナトロンは鉱物として産出しますが、リファニアでは産出しないのでネファリアからの輸入品が用いられていました。
ただ王領キレナイト(北アメリカ東部沿岸地域)で大規模な鉱床が見つかり開発が進んだので現在では王領キレナイトからリファニア本国に運ばれて前述の重曹の用途の他にソーダ石灰ガラスの原料や防腐剤として使用されています。
なお王領キレナイトでのナトロンの産出地はその北西部にありアメリカ合衆国のペンシルベニア州西部になります。
祐司の世界でも同位置でナトロンが産出して、その名もナトローナと言う名の街が形成されました。
さてナトロンから重曹を分離して得るには加熱して炭酸カルシウムと反応させますが、現在のリファニアの技術で得られる重曹は不純物の多いモノになります。




