サヴォンリンナ神殿への道行き30 三人の女性
ヘルコ船舶商会ネルナン支店の手代ナルドルに宿泊予約をして貰う旅籠の打ち合わせが終わるとナルドルは祐司とパーヴォットに「では、わたしはこれから出立したします。エラファ・ボンデラルド支店長がすぐにまいりますのでしばらくここでお待ち下さい」と言って部屋を出て行った。
ほとんど時を経ずして今度はボンデラルドが部屋に入ってきた。
「ジャギール・ユウジ殿、これから会っていただきたい人がいます」
ボンデラルドはそう言ってやや深めに頭を下げた。そして今度はパーヴォットの方を向いて先に頭を下げてからしゃべり出した
「申し訳ありませんが、パーヴォット様はとある都合でその方とは引き合わすことは出来ないのです。
どうか明日の朝までジャギール・ユウジ殿をわたしどもに貸していただけないでしょうか。
心ならずかとは重々承知の上で、パーヴォット様を歓待させていただきます。どうかわたしの願いをお聞き下さい」
「え、急に」
パーヴォットは当然戸惑っていた。
そんなパーヴォットに構わずにボンデラルドは開けたままの扉の方に向かって「オレリア」と声をかけた。
するとパーヴォットと同年配、同じような背格好と思える若い女性が部屋に入って来た。
女性は肩の半ばまで伸ばした首のあたりで束ねた濃いブルネットの髪、茶色の虹彩、ヨーロッパ系の顔立ちにそこはかとなく漂うアジア系の特徴というリファニアでは典型的な容姿だった。
女性は整ってはいるが派手な顔立ちではなかった。しかし質素な感じながら上等な生地を使用したドレス、姿と立ち振る舞いだけを見るだけでいわゆるお嬢様であることがわかった。
さらに女性の顔立ちから祐司とパーヴォットはボンデラルドの娘だろうと感じた。
ボンデラルドが「娘のマニュベ・オレリアです。パーヴォット様のお相手をさせます」と言うと、女性も「マニュベ・オレリアです。ふつつかでは御座いますがパーヴォット様の相手をさせていただきます」と祐司が心地よいと思える声で言った。
「パーヴォット、どうする」
祐司はパーヴォットの目を見ながら言った。
「わかりました。エラファ・ボンデラルド様とマニュベ・オレリア様のご厚情をありがたく受けさせていただきます」
パーヴォットは祐司の目から「頼む」という意志を明らかに読み取って言った。
「では、まず明日の朝まではパーヴォット様はわたしの私邸に移っていただきます。お部屋もすでに準備しております。
ジャギール・ユウジ殿はこの支店で過ごしていただきますので、どちらのお方もすぐ相互に連絡はできます」
オレリアが祐司とパーヴォットに言った。
「では、わたしと御同行お願いします。武勇のお噂はかねがね聞いております。パーヴォット様はリファニア女性の鑑と思っておりました。そのパーヴォット様と親しくお話が出来るなど望外の喜びです。
まずネルナン第一の料理屋から取り寄せました南部料理を昼食として用意していますので一緒に食べていただけますか」
オレリアが嬉しそうに言った。
リファニアは男尊女卑ではあるが、男性は女性を守るという気風であり女性に手を上げるような男性は軽蔑される。
そして女性は守られる存在ではあるが、リファニア全体を覆う尚武の気質から火急の時は男性の足手まといにならず自らの身は自分で守るという気概が女性にもある。
貴族階級でも男性当主が戦塵にまみえている時は、形式的にでもその妃が当主にかわって領地を守るとされるのはその思想から来ている。
このような背景があって女性であっても武勇を示した時は賞賛される。
パーヴォットは「かいかぶりで御座います」と真顔で言いながら、オレリアに促されて一緒に部屋を出て行こうとした。
しかしパーヴォットは立ち止まり祐司の方を見た。
「ユウジ様、旅ではご馳走をお願いしますよ」
パーヴォットの要望に祐司は大きく頷くと、彼女はにっこりした顔で今度こそ部屋を出て行った。
この短いやり取りで祐司とパーヴォットはお互いの思いを伝えて、そして受け取った。
「では、会っていただきたい方のいる部屋に案内します」
完全にパーヴォットとオレリアの気配が無くなるのを待ってボンデラルドが言った。
祐司はボンデラルドに案内されて支店の一階に降りると裏手から外に出た。表通りのからはわからなかったが、支店の裏は中庭になっており支店の建物と向かい合うように二階建ての木造家屋があった。
「あそこは基幹船員の宿舎になっています。またジャギール・ユウジ殿が使っていただく貴賓室が詰まっている時に重要なお客様の接待にも使います」
ボンデラルドはそう話しながら祐司をその建物へと招き入れた。
リファニアの或る程度以上の規模のある建物の例に漏れず、入り口を入ると前室になっていた。
出入り口の対面は階段が設置されていたが、ただ階段が壁で仕切られて左右に分かれたいた。
さらに違和感があったのが出入り口から入ってきた祐司から見て左、方向で言えば西の階段の東の階段の半分ほどの幅しか無かった。
ボンデラルドは何も言わずに西の狭い方の階段を上がりだして祐司もそれに続いた。
二階に上がると中廊下が西の方へ伸びていたが東側は壁であり、二階は階段で東西に分離されていた。
ボンデラルドは最初の南側の扉を叩くと「ジャギール・ユウジ殿をお連れしました」と声を出した。中から年配者と思える男の声で「どうぞお入り下さい」と声がした。
ボンデラルドは「わたしはここで失礼します」と言って扉を押し開けて、祐司に中に入るのを促した。
祐司が部屋の中に入ると六十年配とも七十年配ともとれるような雰囲気で、短く切りそろえた白い顎髭を蓄えた男性が数人が囲める机の前にして椅子に座っていた。
「わたしはドヒュト・ヘマンドと申します。お声がけはしませんでしたがジャギール・ユウジ殿は何度かお見かけしています。今日は貴方にお願いがあって王都からネルナンにやってきました」
ヘマンドと名乗った男は立ち上がって言った。
男は祐司よりは背がやや低いがおそらく平均身長が170センチにかなり足りないだろうリファニア人男性としては大柄だった。
「どこでわたしを見かけられたのでしょうか」
祐司が問うとヘマンドは少し微笑んだ。
「王都の”花ウサギ亭”です。わたしはあそこの常連です。二日と開けずに通っていますので、貴方とは数回廊下などですれ違ったことがあります」
「ああ、何故か見覚えがあるような感じがしてましたがそういうことでしたか」
祐司はヘマンドを見た時に感じた既視感に納得した。
(第八章 花咲き、花散る王都タチ 王都に舞う木の葉22 ”花ウサギ亭”で祐司は無理に諦観する 参照)
”花ウサギ亭”は王都の公認娼舘である。祐司は王都で親友という関係になったバーリフェルト男爵家の祐筆アッカナンと王都での武芸の師匠インジフに連れられて”花ウサギ亭”に初めて行った時に、経営者である姐御のネルラヴァの思惑で若い子連れの未亡人ルシェニアと関係を持った。
その縁と身は売っても心は純真なルシェニアに惹かれて、祐司は王都にいる半年の間に何十回も彼女に会うためにだけ”花ウサギ亭”に通った。
「この年齢でまだ枯れないのかとお思いでしょうが、わたしはサラエリザベスのリファニアでの長子アーサーです。
自分ではようよう五十代くらいかなと感じなのですが、七十四歳ということになっていますからなるべく老けた様子をしています。髪の毛や髭も白く染めています」
「え、するとアルシャネル、いやソフィアネッテさんのお兄様!」
祐司は予想外の人物に出会ったことに驚いた。アーサーは十九世紀アメリカ合衆国から来たサラエリザベスがリファニアで得た最初の子である。
アーサーという名はアメリカ合衆国に残してきた息子のアーサーを偲んで名付けられた。
「ええ、ソフィアネッテは十三歳年下の妹になります」
ヘマンドのいうソフィアネッテは現在ではヘルコ船舶商会の総帥ギスムンドルの妻アルシャネルとして生きている。
「ヘマンドさん、いや、アーサーさん」
「ヘマンドと呼んで下さい。アーサーはとっくの昔に死んで今はヘマンドとしての人生を生きています。
わたしは初代ヘルコ船舶商会長ブッディ・オリベルドを継いでヘルコ船舶商会をそこそこの船問屋にしましたが、ギスムンドルという商才に長けた後継者を見出したのでヘルコ船舶商会とは距離を取って王都で不動産の斡旋をして暮らしています。
わたしがヘルコ船舶商会に関わっていると”バキマスは相争い余力で外敵に当たる”などということになりかねません」
祐司の戸惑いにヘマンドは微笑んで言った。
(第十三章 喉赤き燕の鳴く季節 ヴァンナータ島周遊記22 カヴァス岬の異邦人 十 長寿一族 ④ 参照)
ヘマンドのいうバキマスとはネファリア(北アフリカ)の砂漠地帯に棲むとされる伝説の大蛇で体の両端に頭があり強力な毒を吐き出すが、ただし頭同士は常に争ており両方の頭の脅威にならない限りは襲ってこないとされる。
リファニアでは複数の指導者がいるために組織の統括がうまくいかないような状態を示すときにバキマスの名が使われる。
「その王都の住んでいるヘマンドさんがわざわざネルナンに出向いてわたしに願いとは?」
「子作りをお願いします」
祐司の質問にヘマンドは軽い口調で言った。
「子作りですか。それならすでにカラシャでいたしました」
祐司は戸惑った。
祐司はカラシャのギスムンドル総帥の屋敷で十九世紀アメリカ合衆国から来たサラエリザベスの一族の女性メルベ・コルネリヴァ、十七世紀のドイツから来たエリーアスの一族の女性バヴダ・クレメンチネ、そして大巫術師イェルケルとスヴェア一族の女性 ネルジン・インニェラと関係を持って出来るだけ祐司の遺伝子をリファニア世界に残し、さらに長寿一族を増やすためのワークホースになる第二世代を増やすという仕事をした。
「はい、承知しております。ただ一族の中で南部にいたのでカラシャに行けなかったものを出来るだけ集めました。
三人が一昨日から今日にかけて集まりました。ただ女性だけではジャギール・ユウジ殿も戸惑われると思いますし、三族の願いとしてわたしのような古株が事情を説明してお願いした方がよいと思い王都からネルナンに来ました。
ジャギール・ユウジ殿、百年、二百年先のリファニアをよりより国にする為にどうか再び力をお貸し下さい」
ヘマンドはにこやかに笑いながら祐司にとって或る意味、天国の快楽でもあり地獄の試練のようでもある願いを口にした。
*話末注あり
「まあ頭ではわかりますが。どのような方々でしょう」
祐司は断るという選択はないと思いながら言った。
「全て出産の経験のある女性で貴方よりかなり年長者です。二人は現在未亡人という立場です。
子が産まれれば世間体もありますから、自分の子ではなく身寄りのない子を引き取ったということにして育てます。
一人は夫がいる女性ですが、その夫の実子として育てます。むろんその夫は長寿一族の者で納得しております」
ヘマンドは考えようによっては恐ろしいことを何気ないような口調で言った。
「廊下を出ますと右側に部屋が四つ並んでおります。一番奥がジャギール・ユウジ殿が御休息される部屋です。
手前の三部屋には女性がおります。今日の午後から明日の午前中にかけて最低二回りをお願いいたします。出来れば三回りを目指して下さい」
ヘマンドの言葉に祐司は明日の昼にパーヴォットに気取られないように会えるだろうかという心配が頭を渦巻いた。
「まず、昼食にいたしましょう。間もなくここに運ばれます。その時には三人の女性も呼びますので親しくなって下さい」
ヘマンドは祐司の心配など全く知らないように嬉しそうな様子だった。
ヘマンドは初老に近い身体ながら公認娼舘に二日を開けずに通っているということからどうも精力旺盛な男性であり、他人もそうであって若い祐司なら何の問題も無くこなすと思っているのだと祐司は感じた。
注:祐司と関係を持った女性
祐司が体と気力を奮い立たせて百年、二百年先のリファニアの為に関係を持った女性は見た目はいずれも二十代後半から三十代前半という見た目でした。その女性達とは以下の三人です。
フェベヴォ・エフェリーネ
サラエリザベス一族で見かけ上は三十六歳、実年齢は九十六歳、三十代前半という加齢状態です。長寿族としては第二.五世代になります。
ネルナン在住で亡くなった夫から引き継いだ家作で生活しています。現在は第二の人生を送っている状態で最初の見かけ上の人生で四人の子、第二の人生で二人の子を出産しています。
未亡人という立場なので里子を引き取ったということで、祐司の子を育てる予定です。
サバシェ・フェリシア
エリーアス・スヴェア一族で見かけ上、実年齢とも四十五歳、二十代前半という加齢状態です。長寿族としては第三.五世代になります。
夫も長寿族で南部キス州の特許都市ファレスで王都のスヴェア一族の拠点ファガデナ商会の支店長を務めています。
四人の出産経験があり、祐司の子を身籠もった場合は夫の了解の元で夫の実子として育てる予定です。
ヴェガデ・イフォンネ
エリーアス一・スヴェア一族で見かけ上、実年齢とも六十二歳、三十代半ばの加齢状態です。長寿族としては第四世代になります。
夫は第三世代で渡世人して活躍し六十歳で死亡した事になっており、数年すれば彼女が死亡したことにして別人同士として再び彼女と結婚する予定です。
王都在住で渡世人の未亡人ということで口入れ屋と家作で生活しています。五人の出産経験があります。
王都在住なのでカラシャで祐司と関係を持つことは可能でした。しかし祐司の子を産んだ場合にその子が或る程度大きくなるまでヴェガデ・イフォンネは現在の人生を生きていく必要がり、別人として夫との再婚が難しいことから夫婦が納得するのに時間がかかったのでネルナンで祐司と関係を持つことになりました。
本人が老婆という立場なので里子を引き取ったということで、祐司の子を育てる予定です。




