サヴォンリンナ神殿への道行き25 船内探索 二十一 密航者 三 付録:合同見合い
まだこの話もパーヴォット視点です。
「凄いです。ゆっくり話を…。そんなことを聞ける立場ではありませんでした」
突然、パーヴォットの武勇話を望んだエルマニははっとした顔付きになってまた下を向いてしまった。
「エルマニさん」
「わたしは馬鹿な女です。有名なパーヴォット様が目の前にいるというだけで何をはしゃいでいるのでしょう。わたしは罪人ですよ。それに余計なことで他人まで巻き込んでしまいました」
エルマニは頭を垂れて両手を膝の上に置いていたが、その手の平に涙が落ちた。
ここでパーヴォットの回転の速い頭が動き出した。そして僅かな情報からエルマニという女性がどういった人物であるのか密航の背景には何があるのかを理解した。
「エルマニさん、確かめたいことがあります。言いたくないことはいわないでいいので頭を上げてわたしの話を聞いてくれますか」
パーヴォットのかけた言葉にエルマニは頭を上げて左手で涙を拭った。
「何でしょう」
「貴女は謀れたのではないでしょうか」
「謀られた?」
パーヴォットの言葉にエルマニはきょとんとした感じで返した。
「騙されたということです」
「誰にですか」
「貴女の密航を手引きした人です。その人は貴女が知っている人だが、よくは知らない人ですね」
パーヴォットの質問にエルマニはしばらく黙っていった。
「その人のことを知ってるのに、よく知らないっていうのはどういうことですか」
エルマニは不思議そうに言った。
「貴女はその人の名前は知っている。どんな仕事をしているかも知っている。でもその人の本心は知らない。
というか貴女はその人の本心には感心がない。いや本心が何かも考えたことがないといっていいでしょう。
おそらくその人は貴女に親切にしてくれたでしょう。そして下心から貴女を謀って密航者にしたのです」
パーヴォットの言うことにエルマニは聞き入るようにしていた。
「何故、その人がわたしを騙したのですか」
「エルマニさんが可愛いからです」
「わたしは可愛くありません」
「”白鯨亭”で給仕をしていたのでしょう。エルマニさんが可愛くなければご亭主が奉公させませんよ」
現代日本であればパーヴォットの言ったことは物議を醸すかもしれないが、パーヴォットの言葉は中世社会に生きる少女としての感覚である。
リファニアの居酒屋の亭主は常に看板娘と言われるような少しばかり人目をひく程度の若い女性を雇用して男性客をして月に四回くるところを五回来させようとする。
都市や少しばかり余裕のある農村部では、居酒屋の給仕や雑用として働くことは中層下位以下の若い女性にとっては望ましい仕事である。
他人の家で女中として気を使いながら働いたり、機械力がないので身を粉にして農作業をするよりも軽作業といった程度の仕事で見知った客と軽口を言い合っているだけで給金が貰える。
そして何よりも地域の家族連れで来る居酒屋であるので、性的なサービスを要求するのは御法度である。
そのことから地域の居酒屋での仕事は堅い仕事という認識であるので未婚女性にとっては抵抗なく就業できる。
ただこうした仕事にありつけるのは見た目がよく愛想のいい性格の女性ということになる。
「”白鯨亭”の御亭主は貴女のお父さんに貴女をキレナイトにやってはどうかと話を持っていっていた。
そのキレナイト行きはキレナイトで奉公することではなく、キレナイトの誰かと結婚するという話ですよね」
パーヴォットの問いかけにエルマニは小さく頷いた。
「貴女はキレナイト総督府が主催している合同見合いについてよく知ってますか」
「はい、先住民の有力者を懐柔するためにリファニアから女性を送り込むそうです。先住民は相応の対価を払ってその一部を女の親族が受け取ると聞いています。
先住民の妻といっても何人もいる妻の一人で下女同然の扱いで二度とリファニアの地には帰って来れないそうです」
「貴女のお父さんがそんなことを企てると思いますか」
「いいえ、おっとうは”白鯨亭”のご主人に騙されているのです。おっとうにキレナイト行きを勧めているのは”白鯨亭”のご主人です」
「貴女は嘘をつかれています。失礼ですがエルマニさんは騙されやすい。言い換えれば人に悪意などを感じない素敵な人です」
パーヴォットは「少しここで待っていて下さい」と言うと船室の扉を開けて、廊下にいたキャビンボーイのデルデキクトに「情報があるのでユウジ様にここに来て貰えるか訊いて来て下さい」と頼んだ。
デルデキクトはすぐにユウジと一緒に戻ってきた。
「ユウジ様、まだ名前はわかりませんがエルマニさんを騙して密航者にしたのは”白鯨亭”に通っていた船員さんです。まず複数ということはありません。単独の行動です。
その船員さんはキレナイト航路の経験がある確立が高いです。その船員さんの家は王都あるいはその周辺です」
パーヴォットは自分が言った内容の根拠までは言わなかったが、ユウジはさもありなんという顔で聞いていた。
パーヴォットが単独犯であると言ったことには根拠がある。
リファニアの”言葉”の名詞には単数複数、そして双数の区別がある。エルマニは密航の手引きをした人間に触れる時は常に単数で表現していた。
日本語には単数複数の表現の違いはあるが、はっきりと区別したい場合以外はその表現を省いてしまう。
しかしリファニア人は自然にはっきりと単数複数を区別して表現する。エルマニがしたたかであれば手引きした人間が複数であっても単数表現をするかも知れないが、パーヴォットはエルマニがそこまで気が回っていないと確信していた。
そしてその人間が王都かネルナンの住人だというのはやや盛った話であるが、パーヴォットは少なくとも”白鯨亭”があるカラシャの住人ではないと確信していた。
根拠はエルマニの父親が”白鯨亭”の亭主に騙されているとその人間が言ったということからである。
中世世界リファニアは人々が強固な共同体の中で暮らしている。そのことから考えると”白鯨亭”の亭主が共同体内のエルマニの父親を騙すなどと行為をすれば共同体から指弾される。
また同じ共同体の中の人間が”白鯨亭”の亭主がエルマニの父親を騙しているという虚構を伝えればこれも非難される事柄である。
このことからエルマニの密航を手引きした人間はカラシャの住民ではないとパーヴォットは推測したのだ。
そしてその人間が王都ないしその周辺の住民だとパーヴォットが推測したのも多少は理由がある。
王都は地方の人間からすれば漠然と素敵な場所で住んでいる人間も垢抜けしているだろうと勝手に奉って仕舞う傾向がある。
実際にリファニア全土からの情報が最も集まりやすい場所であり、一般庶民でも地方の住民よりは世情に関して多くの情報を得ている。
エルマニが共同体の一員でない者の言ったことを鵜呑みにするとしたらその人間が”王都住まい”というバイアスがあったと考えるのが妥当である。
パーヴォットは北クルトという僻地の出身であり、王都にも半年住んでいた。
このとこから地方から見た王都と、王都で暮らした人間が地方でどう見られるのかという両方の体験をしたことで”王都住まい”というバイアスが理解出来ていた。
「ああ、そんなところだな。誰だかはわかっているがどう名指ししたものかと思い悩んでいたので、パーヴォットが呼び出してくれてよかった。
これから戻ってエルマニさんと一緒にいたパーヴォットからの話を聞いた。自白するならこれが最後の機会ですと脅しをかけやすくなった。
引き続きパーヴォットも密航の手引きをしたのは誰かということを探ってくれ。最悪のらりくらりとしらばくれ続けられた時の保険だ。ただ無理に聞き出そうとするな」
ユウジはそうパーヴォットに指示して一般船員食堂へ戻っていた。
「さてもう少しで決着がつくと思います。貴女は密航の罪には問われませんよ」
船室に戻ったパーヴォットはにこやかにエルマニに言った。
「でも密航しました」
「騙されて連れだされたのです。これを密航とは言いません。誘拐です」
「誘拐?何故わたしが誘拐されるのです」
パーヴォットの言葉にエルマニは目をひそめながら言った。
「貴女を妻にするためです。その人は貴女に惚れているが貴女はまったく感心がない。そのような時に貴女のキレナイト行きの話を”白鯨亭”で小耳に挟んだ。
貴女は元々その人とは親しいと思っていませんから、自分で相談したのではなく、その人から貴女のお父さんと主人がこういった話をしていたと吹き込まれたのでしょう。
心配になった貴女はお父さんに訊いた。おそらく貴女のお父さんはそう饒舌な人ではないので『そうした話はしている』あるいは『金が出るそうだ』とだけ言ったのでしょう。
貴女を騙した人はここに賭けたのです。もし貴女のお父さんが詳しい話をしたり、貴女が別の人にキレナイトの合同見合いとはどんなものかを訊けば話は終わっていた。
だが貴女のお父さんは詳しい話をしなかったし、貴女は誰にも相談せずにキレナイト行きの話を教えてくれた人に相談した。
その人はしめたと思ったでしょう。
公にはなっていないが、王家からロカチコンド子爵家にキレナイトに送る花嫁候補の女性の人数割り当てが来ている。君はその人数にすでに入っているから身を隠さなければ拘束される恐れがあるとでも言われたのではないのですか」
パーヴォットはエルマニの顔をじっと見ながら話した。
そしてその表情や目の動きから自分の言っていることは当たらずとも遠からずだとパーヴォットは判断した。
パーヴォットはエルマニという女性は典型的な下町の町娘で、共同体の中では本人が自覚しなくとも可愛い容姿と人好きのする陽気な性格から少々ちやほやされて育ってきたのだろうと判断していた。
そして悪意を持って自分を陥れるような人間の存在などまったく考えたことも無く、居酒屋で毎日のように飛び交う噂話に聞き入り、そしてその大半を無批判に受け入れる無邪気とも迂闊ともいえる女性だろうとも考えていた。
これはカラシャや聖都マルタンにおけるパーヴォットの相当盛った武勇話を無批判にエルマニが信じていたことからの推論である。
さらに現在のカラシャが置かれた社会的な緊張がエルマニをして騙された背景にあるとパーヴォットは考えていた。
昨年、カラシャは軍事的な危機に陥ろうとしていた。
もともとカラシャは南のハーメンリンナ子爵領であったが、やらずぶったくりを繰り返すハーメンリンナ子爵に愛想をつかしたカラシャを統治するエルバシティ士爵が北のロカチコンド子爵家に主家を鞍替えした。
ハーメンリンナ伯爵は良港カラシャを奪回するために現エルバシティ士爵プボガヅ・ラシュエリクの叔父ネキネニュ・ボナヴェントに手を回してネキネニュ・ボナヴェント一党がエルバシティ士爵プボガヅ・ラシュエリクとその周囲を殺害という手段で排除し、さらに隠密裏にロカチコンド子爵家領に侵入したハーメンリンナ伯爵軍によってカラシャを占領する手筈になっていた。
この計画は隠密裏に森林地帯を突破してロカチコンド子爵家領への道が通じるサムロム峠に達したところでパーヴォットとユウジを含む馬借一行に遭遇して足留めされた上に急遽進撃してきた南のタダラテ州ジュルムデル郡を統治するジュルムデル誓約者同盟の軍勢によって潰滅した。
(第十二章 西岸は潮風の旅路 春嵐至り芽吹きが満つる17 サムロム峠の攻防 十一 殲滅 参照)
またカラシャではネキネニュ・ボナヴェント一党の中から内通者が出て、ロカチコンド子爵の命でネキネニュ・ボナヴェントは上意討ちになった上に首をくくられて城壁から晒された。
その余波としてパーヴォットとユウジはサムロム峠での功労者ということでネキネニュ・ボナヴェントの息子らの斬首、ネキネニュ・ボナヴェントの妻や娘の鞭打ち刑という見たくもないものを来賓用の最前列の席で見せられた。
(第十二章 西岸は潮風の旅路 春嵐至り芽吹きが満つる22 長閑は続かず 参照)
このハーメンリンナ子爵の計画にはカラシャの街に場合によっては放火するということもあったことが判明した。そしてこの情報はカラシャの住民に意図的に伝えられた。
カラシャの住民はロカチコンド子爵家の間接的な統治下になってからしばしば理不尽な臨時税を徴収していたハーメンリンナ子爵家時代とは異なり税は多少額が下がった定期のものだけになり、カラシャを経済的支柱として発展させていこうというロカチコンド子爵家の方針でカラシャは繁栄していた。
その為にカラシャの住民はハーメンリンナ子爵領に戻る事を恐れていた。
ただロカチコンド子爵家とハーメンリンナ子爵家領の境界はカラシャから十二リーグ(約21キロ)という位置にあり軍事的な緊張を住民は常に感じていた。
実際にハーメンリンナ子爵がカラシャ侵攻を企てて、あまつさえカラシャを焼こうとしていたということでカラシャ住民の緊張感は更に増していた。
さらにこのハーメンリンナ子爵の侵攻計画阻止直後に、王家が王立水軍の基地をカラシャに設けるという申し出をそれまでのらりくらりと断っていたロカチコンド子爵が認めて実際に王立水軍基地の建設が進行した。
その工事のおかげでカラシャはさらに潤っているが、王立水軍基地がカラシャに出来ればハーメンリンナ子爵は余計に手を出しにくいのでロカチコンド子爵家は王家に何か別の対価を出したのではという噂があった。
その噂を耳にしていつものように、誰々の言っていることだから無批判に受け入れたエルマニがキレナイトに行く花嫁候補の女性をロカチコンド子爵家が王家から命じられて確保するのだという話を信じてしまう下地になったのは間違いないとパーヴォットは考えた。
「エルマニさんはキレナイト総督府の行う合同見合いについて大きな誤解をしていると思います。
わたしはヘルコ船舶商会総帥のギスムンドルさんの奥方であるアルシャネル様に可愛がっていただいています。
先日、アルシャネル様のお誘いで息子さんの奥方様やそのお子さんと、モエモノ岬の別宅に招かれました」
パーヴォットの言葉にエルマニが驚いた。
「パーヴォットさんはアルシャネル様と懇意にしているのですか」
「はい、気に入って貰っています」
「やっぱり凄い方は違いますね。あのネナット・アルシャネ様が」
エルマニが憧れたような声で言った。
ギスムンドル総帥の妻アルシャネルは外科手術が趣味というおそろしく変わった属性がある。
アルシャネルは医師に弟子入りをして医術を習い、金の無い怪我人の手当を無料でしている。
カラシャで人が怪我をするような事故があればアルシャネルは飛んでいって嬉嬉として治療を行う。
これはアルシャネルの興味本位の行動であり、一つずれていれば生体解剖が趣味になったかも知れない危うい趣味である。
その為に無事故な日々が続く、アルシャネルは溜息をついているとパーヴォットはギスムンドルから聞いたことがある。
ところがそんな内幕を知らないカラシャの人々は大家のお内儀でありながら医師のワザを習得し、あまつさえ人のために厭わずに治療してくださるまことに尊き方だという評価している。
そしてカラシャの街の貧しい者からはアルシャネリは慈悲の女神であるマメレスの化身とまで言われている。
(第十二章 西岸は潮風の旅路 春嵐至り芽吹きが満つる13 サムロム峠の攻防 七 氷雨 参照)
「別荘に招かれた時にアルシャネル様のお付きの女中さんがキレナイトで合同見合いをした人だと紹介されてお話を聞きました。
その方は二十数年前にキレナイトに渡って合同見合いで同年配の大工さんと御夫婦になったそうです。
ところが十五年前にご主人が病気でなくなり、蓄えはそれなりにあったようですがお子さんが独り立ちするまでリファニアでしていたように女中をすることにしたそうです。
その方を雇用したのが当時キレナイトに滞在していたアルシャネルさんだったんです。アルシャネルさんはその方を気に入ったので説得してリファニアに帰る時について来て貰ったそうです。
その方からキレナイト総督府の合同見合いの話を聞きましたので、受け売りですが話をします」
パーヴォットはそう言ってから、手段見合いの話を始めた。それはエルマニが聞かされた話とは似ても似つかぬ話だった。
*話末付録あり
「ここでわたしを密航に誘った人の名はまだ言えませんが、その人に自分が言ったこととパーヴォット様が言ったことのどちらが本当か問いかけます。そしてわたしに嘘を言っていたのなら名乗り出るようにいいます」
パーヴォットの話を聞き終わったエルマニは決心したように言った。
付録:キレナイトの合同見合い
かつての日本にも移民男性のもとに嫁ぐために若い女性が海外に出ていた時代があります。
明治元年(1867年)からハワイ王国でのサトウキビプランテーションで働くために日本から移民がハワイに渡りました。
ところがハワイ王国がアメリカ合衆国に併合されると日本からの移民が制限されるようになります。
そこで抜け道として配偶者を日本から呼び寄せるという手段が講じられました。
結婚相手として女性を呼び寄せる方法は、ハワイに定住した人が見合い写真を自分の郷里の知人などに送って結婚相手を探してもらうことでした。
女性はたった一枚の写真を頼りに婚姻届を出して会ったこともない男性のもとに長い時間をかけて船で嫁ぎました。
明治後半から昭和にかけて日本の農村は地主制度が拡大発展し、自作農の小作農化が進み、余剰労働力を抱えて全般的に疲弊していました。
また産業が未発達で都会にも農村の余剰労働力を吸収するだけの労働市場がなく、多くの海外移民を生み出す背景がありました。
農村の娘たちも親の家計を助けるためと口減らしのために現代日本から見れば劣悪な労働環境と低賃金の製糸工場などに出稼ぎに行くか、女中奉公、最悪の場合は女郎屋に身売りしなければならない状況にありました。
そこでハワイで成功しているらしい男性と結婚することは、極貧からの脱出と考えられていたのかもしれません。
ハワイに到着してみると写真では若くて頼もしそうだった男性とは似ても似つかぬ中年の貧相な男性が彼女らを待っている場合が少なからずあったといいます。
借り着で撮影して金持ちのように装ったり、若いころの写真を送ったり、知り合いの若い男の写真をもらって、それを自分だと偽って送ったりすることもあったようです。
写真花嫁の中には聞く話とは違い困窮生活を送りながらプランテーションでの過酷な労働を要求され、また初めて見る夫に失望して離婚する者もいましたが、多くの者が踏みとどまり多くの子を産み、その子らを立派なアメリカ市民を育て上げていくことになります。
このように、1924年の移民全面禁止までに約2万人の”写真花嫁”がハワイに渡航しました。
キレナイトの合同見合いは大勢の異性と交歓しながら相手を選ぶので”写真花嫁”よりは女性もより気に入った相手を選べます。
それでも数分ほど話しただけで一生の伴侶を決めるのは乱暴だと思われるかもしれませんが、未知の相手と会った場合にその好感の度合いは一分ほどで決まるとされますから予備知識なしに出会って感じた相手なら案外上手くいくのかもしれません。
また合同見合いを主催するのはキレナイト総督府ですから、自営農として自律できる農地を有している、職人や商人として独立している男性しか参加させませんし、さらに犯罪歴があったりあまりにも評判の悪い男性は除外されます。
リファニア本土から来る女性も王家の担当部署が選別した女性であり、内心まではわかりませんが自分の意志でキレナイトで骨を埋めると決心したリファニア女性の中では”我が強い”そして”思いっきりがいい”とされる女性が過半です。
この”我が強い”と”思いっきりがいい”ということは、独立心が旺盛ともいえるので新天地で新生活をしようとする場合には有利な特性です。
流されるままに生きている女性だと新しいことに順応せずいつしか望郷の念にかられて精神を病んでしまう場合があるからです。
キレナイトへ渡ると決心する女性は本文でも記述されているように、過半が農村部や都市部の下層階層出身の女性です。
具体的には農村部では小作や自営地もあるがあわせて小作をしてようやく生計を立てているゆおな農家の女性です。
狭い農村社会ですがなんとなく階層があって、結婚相手は同じような階層の相手から選ぶことが普通です。
小作の娘に生まれると大概は小作の妻になります。
リファニアの都市部では結婚すれば親と別居して夫婦は新しい住居で暮らすことが一般的ですが、農村部では仕事の関係もあり長子と結婚すれば女性は婚家に入ります。
そして苦労するのが古今東西お馴染みの嫁と姑の関係です。
ところが小作の娘でもキレナイトに渡れば自営農の妻になれて姑もいません。また花婿に恵まれれば地主の妻になれるかもしれません。
都市部からキレナイトに渡ろうという女性は親が日雇いなどの不安定な仕事をしている女性です。
都市部では恋愛結婚と見合い結婚が半々といたところですが、見合い結婚は無論恋愛結婚でも矢張り同じような階層の相手と結婚しようとする傾向があります。
また腕のいい稼ぎが期待できる職人は親方が自分の娘と結婚させたがり、大店から独立する有能な商人には目をつた商人が矢張り自分の娘を嫁がせようとします。
都市部の細民とされるような家庭出身の女性が現実として結婚により生活を向上させるのは難しいことです。しかしキレナイトでは独立した職人や商人を結婚相手として選ぶことが出来ます。
キレナイトで本土からの花嫁を希望する男性と本土から来る女性の人数は圧倒的に男性の方が多いのが実情です。
合同見合いで結婚相手を見つけさせて人口増加を図ろうというキレナイト総督府は”良民”を増やしたいという思惑もありますから、合同見合いに選ばれる男性は少なくとも真面目な生活を送るそこそこの成功者であり女性には少なくとも経済的には外れクジがないということになります。
さて合同見合いは男女同数で行い、以前本文で記述したように全員が相手を見つけるまで終わりません。
(第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行 サヴォンリンナ神殿への道行き11 船内探索 七 移民区画③ 付録:キレナイト移民 参照)
具体的にその様子を記述します。
参加者は男女二十人ほどが基準です。最初にキレナイト総督かその代理の簡単な挨拶があり、聖職者が一同を祝福します。
ここでキレナイト総督か代理は退席して、担当官により手順の説明が行われてそれぞれに名前を大きく書いた首からかけるプレートが配られます。
そして十分おきくらいに男性が入れ替わる形で全員が話をします。これだけで二刻(四時間)はかかります。
ここで休憩に入ってビール付きの食事が出ます。この時は担当官がクジで決めたといって男女を二十組に分けて向かい合わせの机に座らせて食事をさせます。
実際に全てクジの場合もありますが、担当官が全ての男女ではありませんが書類を見てあの男性にはこの女性がいいと決めて何組かはその組み合わせにしていることが結構あります。
食事が終わると樹皮紙が配られて、いよいよ気に入った相手の名を書きます。
字の書けない者は、相手のプレートの名をじっと見ながら模様を写すように記入するので、自分の名が書かれているとわかってしまいます。
そこで一同には男性には全員の女性の名に番号が記入された樹皮紙、女性には男性のそれと同じ内容の樹皮紙が渡されます。
流石に数字を読めない者はほとんどいないので、字の読めない者は何となく名前の文字の形を憶えておき、その番号の名前を真似て記入します。
この名前の一覧はさらに抜けていった者に線を引いていき残った者の名がすぐわかるという役割もあります。
大概は一緒に食事をさせた効果からか、一緒に食事をした者を中心に一番目で二組か三組が決まります。
今度は相手が決まった男女を除いて再び全員と五分ほど話をする時間を持ちます。
これも一刻(二時間)程度はかかります。
こうしてどんどん指名は進んで行きますが心理戦の様相も出てきます。気に入った相手の名を書き続けるという手もありますが、いつまでも相手に選んで貰えないとなると余程嫌われているのかと落ち込みます。
どうせあんな美人がオレを選ぶワケがないし、話が合いそうな子がいるからその子の名を書いてもいいが、最初はダメ元で美人の名を書いたが選ばれず次に気の合いそうな女性の名を書いてめでたく相手も選んでくれたはいいが「わたしは最初から貴方の名を書いていたのにもっと好きな子がいたの」などと訊かれないかと心配になる者も出てきます。
そして延々と全員が選んでくれない名を続けて書き続けて千日手になることもあります。この時は担当官が全員が別の名を書くように指示します。
大概は十回以内に全員が相手を選ぶ、選ばれることで終了します。すると待機していた聖職者が全員を祝福して婚約の祝詞をあげます。
時に早い段階で組み合わせが成立することがあります。ただこれはあまりいい兆候ではないとされます。
時間をかけて
多くの相手と話をして、さらに自分を客観視することで「この人ならなんとかうまくやっていけそうだ」と自分を納得させた方が末永く幸せに暮らせるとされます。
記録では一回目の選択で決まったことが一回あります。
しかしこの時に成立した十七組のうち十年を経て離婚に至らなかったのは七組と伝わっています。




