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星海の灯火 〜英雄は星を救わない〜  作者: セルヴォア
ルメン戦端

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8/27

機関部からの声

通信が入ったのは、夜の一時を過ぎた頃だった。


非公式の回線だった。艦内の公式通信ではなく、個人端末同士をつなぐ内部ネットワーク経由の呼び出しだ。士官学校時代から使っているやり方で、夜中に課題の相談をする時も、試験前日に確認しあう時も、これを使っていた。


送信者の番号を見た。


ミナだった。


リオは端末を取った。


「起きてた?」


「起きてたよ」


「良かった。仕事してた?」


「少しね。もう終わったけど」


ミナの声は静かだった。疲れている時の声ではなく、考え事をしながら話している時の声だ。同じ静かさでも種類がある。リオにはその違いがわかった。


「何かあった?」とリオは聞いた。


「あったかどうか、よくわからないから電話したの」とミナは言った。「公式で報告するほどかどうかわからなくて。でも誰かに話しておきたくて」


「聞くよ」




ミナが担当しているのは艦の機関部だった。


星灯素炉の管理、灯導回路の点検、艦内電力の配分調整が主な仕事で、ミナはその中の炉管理班に属している。入って半年足らずの若い技術者だが、数字を読む速度と正確さは班の中でも上のほうだと聞いていた。


「炉の揺らぎが続いてる」とミナは言った。


「揺らぎ」


「星灯素炉の出力変動。ずっと微細な揺れが記録されてて、誤差の範囲ではあるんだけど、揺れ方が規則的すぎるの」


「規則的、というのは」


「ランダムじゃないのよ。周期がある。一定の間隔で同じ幅だけ揺れる。誤差が規則的に並ぶっていうのが、技術的にはおかしいんだよね」


リオは少し考えた。


「いつから?」


「気づいたのは十日前。でも記録を遡ったら、もっと前からある。一ヶ月くらい前から、少しずつ始まってた」


「班長には報告した?」


「した。炉の調整をかけてみて、変化がなければ次の整備日まで様子見、って言われたの。それはそうなんだけど」


「それはそうだけど、気になる?」


「うん」


ミナはそれだけ言った。


リオは自分のデータを開いた。画面の端に、昨日まで見ていた共和国の行動記録がある。そこに目を向けながら、ミナの言葉を聞いていた。




「周期はどのくらい?」とリオは聞いた。


「七十二分と少し。ほぼ三時間に一回くらいのペースで揺れてる」


「揺れの幅は?」


「炉の定格出力の〇・三パーセント未満。数字だけ見たら誤差と区別がつかない」


「でも周期が揃ってる」


「揃いすぎてる、って感じがする」


リオは端末で星海流の記録を開いた。昨夜のデータだ。


「ミナ、一個だけ聞いていい?」


「なに?」


「星海流の振動と連動してる可能性は?」


ミナが少し黙った。


「……考えたこともなかった」と彼女は言った。「でも、そうかもしれない」


「星海流にも周期がある。それと炉の揺れが同じリズムで動いてたとしたら、炉の問題じゃなくて、外側から入ってくる何かが原因かもしれない」


「それって、普通は起きないことよね」


「起きないと思われてる、かな。でも昨日、少し変なデータを見た。誤差として処理されたんだけど、星海流の形がおかしかった。一瞬だけ、通常じゃあり得ない揺れ方をした」


「それ、記録には残ってるの?」


「残ってない。自動補正で消えた」


「そっか」


「ミナ側の記録は?」


「手元のログには残ってる。でも公式の記録には誤差として分類されてる」


二人は少しの間黙った。




「これを報告したら」とミナが言いかけた。


「うん」


「どうなると思う?」


「……証明できないと思う。今の段階だと」


「そうよね」


「炉の話はミナの担当だからまだ話の筋があるけど、星海流の歪みと連動してるっていうのは、今の記録だと根拠が薄すぎる。誤差の記録が二つ並んでる、っていうだけで」


「でも根拠がないと報告できないし、報告できないと証拠を集める機会もないし」


「そう」


リオは画面を見た。折れ線で引いた共和国の軌道変化が、画面の端に出ていた。これも同じだ。数字の上では誤差の範囲内で、証明できる根拠にはならない。


「僕も同じものを感じてる」


言葉が出た。


自分でも少し驚いた。はっきり口にしたのは初めてだった。


「どういうこと?」とミナが聞いた。


「共和国の行動記録を見てた。哨戒の軌道が少しずつ変わってる。数字には出ないんだけど、体で何かが引っかかってた。で、今ミナの話を聞いてたら、同じ感じがした」


「体で、っていうのは」


「うまく説明できないんだけど。調子が悪い時と、データに違和感がある時が、なんか重なるんだよね。気のせいかもしれないけど」


ミナはまた少し黙った。


「気のせいじゃないと思う」と彼女は言った。


「……なんで?」


「リオが気のせいじゃないかって言う時は、たいてい気のせいじゃないから」




ミナと出会ったのは、士官学校の二年目だった。


機関学の実習の時間が同じで、隣の班だった。最初に声をかけてきたのはミナの方だった。実習の手順で迷っているリオに、「そこ、順番が逆よ」と言った。


それが最初の言葉だった。


後で話すようになってから、なぜ機関学を選んだのかを聞いた。


「人を助けるために機械を使いたいの」とミナは言った。「戦艦じゃなくて、誰かの生活が少し楽になるように」


リオは少しの間、何も言えなかった。


戦艦の機関を学ぶ人間が、戦艦じゃなくて生活のためと言った。それが正直に口から出てきた。


「どうして機関部に来たの」と聞いた。


「一番技術を磨けるから。戦艦の炉を動かせれば、補助具の動力もインフラの炉も動かせる。技術として持っておきたくて」


「目的は戦艦じゃないのに、一番難しいところに来た、ってこと?」


「そう」


ミナは当然のことのように言った。


リオは言葉を失ったまま、しばらく実習の手を動かしていた。機械を通して誰かを助けたいという話を、こんなにさらっと言う人間に会ったのは初めてだった。




「心配してる」とミナが言った。


「何を?」


「リオのことよ。夜に一人で解析してるって、ユーリから聞いた」


「あいつ言ったのか」


「心配だから言ったんでしょ。私もそう思う」


「大丈夫だよ、ちゃんと休んでるし」


「本当に?」


「……まあ、わりと」


「わりと、ね」


ミナの声に笑いが混じった。笑っているが見透かしているという笑いだった。誤魔化しが通らないとわかっている。


「体の調子はどう?」


「今週は普通。先週の終わりが少し辛かったけど、今は落ち着いてる」


「ちゃんと補助具は使ってる?」


「使ってるよ」


「椅子の調整は?」


「してる。してるって」


「よかった」


ミナは短くそう言った。


リオは少し止まった。よかった、という言葉が静かだったので、少し心に引っかかった。


「ミナは?」とリオは聞いた。


「私は元気よ」


「心配してる」


「私のこと?」


「うん。機関部の夜番、きついって聞いた」


「きついけど大丈夫。慣れてきたし」


「慣れてきたっていうのが、また心配なんだよね」


「リオに言われたくないわ」


「それはそうだけど」


「逆でしょ、っていうのはわかってるの」とミナは言った。「でもリオが心配してくれるのは、ちゃんと嬉しい」




「炉のログ、手元に残してる?」とリオは聞いた。


「残してる」


「消えないようにしておいて。証明できないかもしれないけど、手元のログが後で必要になるかもしれないから」


「そうする。リオも昨夜のデータ、何か記録しておけた?」


「消えた後で手書きでメモしておいた。数字は正確じゃないかもしれないけど、形は覚えてるから」


「手書き、か」


「うん。デジタルで記録できなかったから」


ミナが少し笑った。


「地味だけど、それが一番残るかもしれないね」


「かもしれない」


「二人でおかしなことに気づいてる人間になってる気がするけど」


「そうだね」とリオは言った。「でも、気のせいじゃないと思う」


「私も思わない」


二人はまた少し黙った。


報告できない理由と、報告しなければならない理由が、同じ重さで並んでいた。今夜それを決める答えはない。それでも、同じことを見ている人間がいるというのは、少し違う感じだった。


「今夜はもう休んで」とミナが言った。


「うん。ミナも」


「もう少ししたら。炉のログをもう一回確認したら休む」


「もう少しが一番信用できないって、さっきユーリが言ってた」


「本当のことよ」


「みんな同じことを言う」


「みんな心配してるから」


リオはそれに答えなかった。


答えようとして、うまい言葉が出てこなかった。心配されることを受け取るのがまだ少し苦手で、素直にありがとうと言えばいいのにとわかっていても、言葉が遅れる。


「……ありがとう」


「おやすみ」とミナは言った。「また明日」


通信が切れた。




リオは端末を置いて、天井を見た。


居室の照明は落としていた。画面の光だけが少し残って、天井の端に薄く反射している。


ミナが見ている炉の揺らぎと、自分が見ている軌道の変化が、星海流の異常として繋がっているかもしれない。それはまだ感覚に過ぎない。証明できない。


ただ、一人で感じていたことが、もう一人の感覚と重なった。


それがどういう意味を持つかは、まだわからない。でも、重なったことは本当だった。


リオは手書きのメモを引き出しに入れて、目を閉じた。

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