リュミナ・ノードの今
リュミナ・ノードには昼と夜がない。
星雲の内側に建設された採掘都市には、太陽がない。
居住区の照明が六時間ごとに色温度を変えることで、入眠と覚醒のリズムを作り出している。
暖かい橙色が朝で、白い光が昼で、青みがかった白が夕方で、暗い青が夜だ。
今は夜の時間帯だった。
第三採掘層の坑道口から、夜番の作業員が出てきた。
七人が防護服を脱ぎながら交代所へ向かっていく。
防護服の外側には星灯素の粉が付着していて、それがかすかに発光していた。
夜の青い光の中で、作業員たちの輪郭が柔らかく光る。
「今日も揺れが多かった」と一人が言った。
「東の第十二層だろ。最近ずっとあそこが不安定だ」
「炉の調整が追いついてないんじゃないか。採掘量が増えてから変わった」
「また上に言っても、財閥の採掘計画は変えないって話だろうしな」
誰かが答えなかった。答える必要もなかった。
みんな同じことを知っていた。
リュミナ・ノードの構造は、中心核を採掘管制と居住区が取り囲み、その外縁に採掘塔が延びる形だ。
常住人口はおよそ二万人。
採掘員、技術者、補給従事者、評議会の事務方、教会関係者、財閥警備員が混在して生活している。
この都市を誰が統治しているかは、書類の上では明快だ。
リュミナ共同管理評議会が合議で決める。帝国とアウレリア自由共和国の双方が代表を送り込み、共同保安協定に基づいて運営する。
実際には、少し違う。
共同管理評議会の事務室で、主任事務官のゴットハルト・ムーアが今夜も書類を処理していた。
細い眼鏡をかけた五十代の男で、評議会の書類はほぼ一人で回していた。
通行枠の申請書が十二件、採掘権票の更新が三件、共同保安部隊への物資請求が一件。
通行枠の申請書のうち七件は、財閥系の採掘契約業者だった。
財閥の申請書には「優先灯権」が付いているので、他より先に決裁へ回せる。
共和国の申請が今日また変わっていた。
一昨日の申請と目的地の記載が違う。表向きの理由は「補給ルートの最適化」だが、変更量が大きかった。
ムーアは訂正を入れて、次の書類を開いた。
評議会事務官の仕事は書類を処理することだ。
内容が何を意味するかを判断することではない。
そういうことにしておかないと、この都市ではやっていけない。
補給港の第六ドックに、財閥の護衛巡航艦が係留されていた。
採掘都市の規格に対して明らかに大きい艦で、艦首をドックに突っ込んだ形で固定されている。
装甲の厚みも砲門の数も、都市の他の船と格が違う。
夜番から上がった採掘員の一人が、第六ドックの前を通った。
足を止めず、視線を向けず、ただ少し歩く速度を上げた。
財閥の艦はこの都市に常時一隻から三隻停泊している。
「採掘都市の安全を守る」という名目があった。
実際には、何をどこへ運ぶかを管理している。
星灯素の生産量、精製品の出荷先、輸送艦の通行記録。
それらを財閥の艦が記録して、財閥の本部へ送る。
評議会の書類よりも詳細で、評議会よりもずっと速く情報が動いていた。
採掘員は黙って通り過ぎた。
居住区の外縁の一角に、巡礼医療修道女の診療所がある。
元は資材置き場だった区画を、教会が間借りしているだけだ。
棚に医薬品が並んでいて、折り畳みのベッドが三台あって、入口に教会の標識が掲げてある。
テレーズ修道女が、男性採掘員の手を診ていた。
「何日前からですか」
「四日くらい。作業中に打って、そのまま」
「腫れはここですね」とテレーズは言って、男の手首の内側を指で確認した。
「骨はずれていない。でも炎症が続いています。作業は三日休んでください」
「三日は無理です」
「三日休まないと、一ヶ月になります」
男は何も言わなかった。
テレーズは消炎剤と固定具を準備しながら、男の顔を見た。
四十代前半、防護服を脱いだ後の薄い筋肉。毎日の作業で削られた体というものがある。
「三日のうち一日は必ず休んでください。残り二日は経過を見てから」
「……分かりました」
包帯を結んでいると、廊下の足音が止まった。
財閥の保安員が、入口に立っていた。
「この区画での医療行為について確認があります。ここは財閥資材部の管轄です。
評議会の区域申請が必要ですが、申請は資材部経由になります。申請なしでの継続的な占用は——」
「申請は三週間前に提出しています」とテレーズは言った。
「財閥資材部が受理の判断をしていないだけです」
保安員は少し黙った。
「処理に時間がかかっております」
「急いでいただけますか」とテレーズは言った。
「ここには毎日患者が来ます。申請を待っている間に傷が悪化するのは、誰にとっても良くないと思います」
保安員はそれ以上何も言わなかった。
しばらく立っていて、それから歩いていった。
テレーズは包帯の状態を確認してから、「また明後日来てください」と言った。
男は頷いて、立ち上がった。
夜の時間帯が半分を過ぎた頃、採掘管制の監視員が画面に目を向けた。
「また動いてる」
長距離探知装置に複数の反応が出ていた。
「共和国か」
「形からして機動戦艦だな。三隻」
「また偵察か」
誰かが欠伸をしながら言った。
共和国の艦が採掘帯の周辺を哨戒することは珍しくない。
帝国の輸送艦が通るルートを確認しているのだろう、というのが監視員たちの認識だ。
いつものことだった。
「でも今日は急いでる」と別の監視員が言った。
「いつもの哨戒軌道じゃない。速度が上がってる」
「誰かに言うか」
「評議会の夜番に入れとけばいい」
記録に書き込んで、送信した。
最初の閃光が見えたのは、それから二十分後だった。
採掘帯の外縁方向、帝国の輸送路があるはずの宙域に、光が走った。
最初は一度だけで、誰も気づかなかった。
次が来た。連続した。白い光が細く速く、複数の方向から交差した。
「あれ」と誰かが言った。
監視卓の全員が同じ方向を見た。
外壁の観測窓に、採掘帯の星雲と、その向こうで光が走るのが見えていた。
「艦隊戦か」
「帝国の輸送艦隊がいるはずの宙域だ」
静かになった。欠伸が消えた。雑談が止まった。
長距離探知の画面に、さらに多くの反応が出ていた。
帝国と思われる艦隊と、共和国と思われる艦隊が、採掘帯の外縁でぶつかっている。
「輸送艦隊か。こっちに来ないよな」
「輸送路はあっちだ。ここまでは来ない」
「……そうだな」
誰も確信を持って言えなかった。
診療所を閉めて廊下を歩いていたテレーズが、足を止めた。
監視員たちが観測窓の前に集まっている。
その向こうで、光が繰り返し走っていた。
財閥の巡航艦がドックに係留されている。
評議会の書類が積んである。
採掘坑が、今夜も奥の層で星灯素を光らせている。
そして採掘帯の外縁で、誰かが戦っている。
長距離探知装置に、帝国の輸送艦隊の反応が出た。
クライセンブルクを旗艦格とする艦隊が、遠く、小さく、光の中にあった。
テレーズは観測窓の前に立って、しばらくそれを見ていた。




