表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星海の灯火 〜英雄は星を救わない〜  作者: セルヴォア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/25

予測線の先

救助が終わった直後、戦場の音が戻ってきた。


それは一つの音ではなかった。


艦橋からの命令。護衛艦の応答。輸送艦の炉出力報告。機関部の警告。共和国艦隊の再加速を告げる探知音。


全部が重なって、解析室の空気を押し潰していた。


「共和国機動戦艦、三隻とも加速」


コルネリウスが主力表示を見た。


「進路は」


リオは画面へ視線を戻した。


目の奥が痛い。さっきより光が少し滲む。それでも、線は見えた。


共和国艦隊の三本の進路線が、採掘帯の内側へ向かって収束している。


輸送船団ではない。


その先にあるのは、リュミナ・ノード外縁の評議会管轄宙域境界だった。


「来ます」


リオの声は、自分で思ったより低かった。


「予測した位置です。機動戦艦三隻、通行枠境界へ向けて展開します」


コルネリウスが無言で表示を拡大した。


前方護衛艦が、すでに補助航路側へ入っている。クライセンブルクも角度を変えていた。輸送艦一番から三番はその後ろで隊列を組み直し、後方護衛艦と輸送艦四番は第二変針点へ向かっている。


共和国艦隊の先頭艦が、このまま境界へ入ろうとすれば、クライセンブルクと前方護衛艦が横から押さえられる。


間に合っている。


ぎりぎりだった。


「艦橋へ」とコルネリウスが言った。


リオは送信した。


「第三解析区画より艦橋。共和国機動戦艦三隻、予測線どおり通行枠境界へ展開中。先回り位置、クライセンブルクおよび前方護衛艦の射界内です」


返答はすぐだった。


「艦橋、受信」


オスカーの声が続いた。


「全艦、戦闘再開。主砲照準、共和国先頭艦。副砲は無人機圏を抑えろ。輸送艦は速度を落とすな」


警報が鳴った。


今度の警報は、救助ではない。


艦隊戦の警報だった。




クライセンブルクの灯導砲が、採掘帯の光を裂いた。


白金色の星雲の中に、圧縮された星灯素の光が一本、太く走る。共和国先頭艦の前方で灯殻防壁が開き、光が弾けた。


直撃ではない。


だが、進路を塞ぐには十分だった。


共和国先頭艦がわずかに艦首を振った。


その瞬間、前方護衛艦の砲撃が横から入る。


「命中ではありません。防壁表層で拡散」


解析員の声が飛んだ。


「でも速度が落ちた」


リオは言った。


画面上の速度線が、ほんの少しだけ沈んでいる。


共和国艦隊は強い。速い。判断も早い。


それでも、先にいる艦を無視して、通行枠境界へ一直線に入ることはできない。


「先回りが効いています」


コルネリウスが艦橋へ送った。


「共和国先頭艦、進路修正。境界線への直進を中止」


「よし」


艦橋から副長の声が漏れた。


すぐに別の警告が重なる。


「共和国二番艦、側面へ展開。無人機母艦、群れを出します」


表示板の上で、小さな点が広がった。


無人機の群れだった。


一つ一つは小さい。だが数が多い。採掘帯の粉塵と岩塊に紛れて、護衛艦の射界の隙間へ入り込もうとしている。


「無人機、輸送艦一番と二番の間へ」


「副砲で落とせ」


「味方機兵帰還線と重なります」


マルタ・ケーニヒ大尉の声が入った。


「グライフ隊、帰還中。無人機群と交差する」


オスカーはすぐに答えた。


「機兵隊は低軌道側へ退け。副砲、上方限定。近接防衛灯槍は輸送艦側を守れ」


「了解」


リオは無人機の動きを追った。


共和国の無人機は、ただ突っ込んでいるのではない。クライセンブルクの射撃を引き出し、輸送艦を右へ寄せようとしている。


右へ寄れば、通行枠境界に近づく。


まだ本命は変わっていない。


「無人機群は誘導です」


リオは言った。


「輸送艦を右舷側へ押し出そうとしています。右へ避けると、共和国三番艦の進路に乗ります」


コルネリウスが即座に画面を重ねた。


「確認」


短い一言だった。


それから、艦橋へ送る。


「第三解析区画より。無人機群は輸送艦の右舷回避を誘導する動き。右舷回避不可。左舷低速回避を推奨」


艦橋で、オスカーが命令した。


「輸送艦一番、二番、右へ逃げるな。左舷へ二度、速度を維持。前方護衛艦、穴を塞げ」


「輸送艦一番、了解」


「二番、了解」


輸送艦の針路線が震えるように曲がった。


巨大な貨物を抱えた輸送艦は、巡航艦ほど速く曲がれない。ゆっくり、重く、しかし確かに左へ流れる。


その右側を、無人機群が抜けた。


もし右へ逃げていたら、輸送艦の腹に食いついていただろう。


リオは息を吐く暇もなく、次の線を見た。


共和国二番艦が砲撃姿勢に入る。


「二番艦、灯導砲準備」


艦橋から砲術班の声が来た。


「標的は」


「クライセンブルクではありません。前方護衛艦です」


リオは言った。


「護衛艦を退かせて、境界へ穴を開けるつもりです」


「艦橋、聞いたな」とコルネリウスが送った。


「聞いている」


オスカーの声は近かった。


「前方護衛艦、灯殻防壁を厚くしろ。クライセンブルクは左舷砲列で共和国二番艦を牽制。撃たせるな」


「前方護衛艦、了解。防壁厚上げます」


「クライセンブルク砲術、左舷砲列準備」


灯導砲の表示が赤く灯る。


次の瞬間、共和国二番艦が撃った。


光が採掘帯を貫いた。


前方護衛艦の灯殻防壁が受ける。防壁の表面が揺れ、波紋のように光が広がる。


「前方護衛艦、防壁負荷七割」


「まだ持つ」


「二射目来ます」


「クライセンブルク、撃て」


オスカーの命令で、左舷砲列が火を噴いた。


共和国二番艦は二射目の前に艦首をずらした。砲撃は逸れ、前方護衛艦の外側で拡散する。


解析室の誰かが短く息を吐いた。


その直後、リオの身体に強い揺れが来た。


背中から腰ではない。


胸の奥だった。


星海流の線が、画面より先に動いたように感じた。


「リオ」


ユーリの声がした。


リオは返事をしなかった。


表示板を見た。


共和国三番艦が、まだ動いていない。


動いていないことが、おかしい。


先頭艦と二番艦がこちらの射界を引き受けている間、三番艦は採掘帯の粉塵の奥に沈んでいる。


なぜ動かない。


どこへ出る。


リオは星海流の強度図を重ねた。


粉塵の裏に、細い流れがある。


通常の航路図では小さすぎて使わない流れだ。大型艦が乗るには不安定で、燃料効率も悪い。だが、共和国の機動戦艦なら短時間だけ乗れる。


乗れば、クライセンブルクと前方護衛艦の射界の裏へ出られる。


そこは、通行枠境界のすぐ手前だった。


「三番艦が裏へ出ます」


声が掠れた。


コルネリウスが振り向いた。


「表示には出ていない」


「細い星海流に乗るはずです。粉塵の奥。通常航路ではありません。三十秒以内に出ます」


「根拠は」


「流れが変わった」


言ってから、足りないと分かった。


それだけでは足りない。


リオはすぐに手を動かした。


三番艦の直近速度。無人機母艦の位置。先頭艦と二番艦がこちらの砲撃を引き受けている角度。粉塵の濃度。細い星海流。


全部を重ねる。


三番艦が消えた場所から、一本の線が浮かんだ。


「ここです」


リオは印を付けた。


「ここへ出る」


コルネリウスは一秒だけ画面を見た。


その一秒が、長かった。


「艦橋へ送れ」


「はい」


送信。


コルネリウスが続けた。


「第三解析区画より緊急。共和国三番艦、粉塵裏の細流を利用し、境界手前へ抜ける可能性。予測点送信」


艦橋が一瞬、沈黙した。


それからオスカーが言った。


「機関部、今の予測点へ艦首を振れるか」


ミナの声が入った。


「できます。ただし、星灯素炉の出力を一時的に上げます。防壁と推進の配分を変える必要があります」


「危険は」


「防壁が薄くなります。共和国先頭艦の砲撃を受けると厳しいです」


「時間は」


「十五秒ください」


「十秒でやれ」


「……やります」


ミナの声が、いつもより硬かった。


リオは通信に向かって言いかけた。


無理しないで。


口にする前に、飲み込んだ。


今は、誰も無理をしていない人間などいない。


「ミナ」


それでも名前だけが漏れた。


通信は繋がっている。


ミナが少しだけ息を吸った。


「見えてるのね、リオ」


「うん」


「じゃあ、そこへ艦を向けるわ」


短い会話だった。


それ以上は言えなかった。


機関部の表示が跳ね上がる。


星灯素炉の出力線が上昇し、防壁配分が一段落ちる。艦内補助網の一部が待機に入り、推進側へ星灯素が回された。


クライセンブルクが軋んだ。


艦内の床を通して、重い震動が来る。


灯導補助具がリオの体を支え直した。


「防壁配分、八割から六割へ」


機関部の報告。


「推進、上げます」


船体が曲がった。


ゆっくりではない。


星鋼巡航艦としては無理な角度で、クライセンブルクが艦首を振った。


解析室の表示が一瞬乱れる。


ユーリがリオの肩を掴んだ。


「落ちるな」


「落ちない」


「落ちそうな声で言うな」


リオは画面を見続けた。


予測点。


粉塵の奥。


細い星海流の出口。


そこに、共和国三番艦が現れた。


本当に、現れた。


解析室の空気が止まった。


「共和国三番艦、予測点に出現!」


通信士官の声が弾けた。


「クライセンブルク、射界内!」


オスカーの命令が落ちた。


「主砲、撃て」


灯導主砲が発射された。


共和国三番艦の艦首前方に、光が炸裂した。


直撃ではない。だが、三番艦の進路を完全に潰した。境界線へ入るための細い出口が、クライセンブルクの砲撃で塞がれた。


三番艦が急制動をかける。


その瞬間、前方護衛艦が横から副砲を重ねた。


共和国三番艦の灯殻防壁が白く震える。


「三番艦、進路喪失」


「境界線到達、失敗」


誰かがそう言った。


リオは画面を見ていた。


自分の予測線の上に、共和国三番艦が止まっている。


当たった。


喜びではなかった。


体の奥から力が抜けそうになった。


「メルク」


コルネリウスの声が来た。


リオは返事をしたつもりだった。


声になったかは分からなかった。


コルネリウスは画面から目を離さずに言った。


「お前の言った通りだった」


短い言葉だった。


それだけだった。


謝罪ではない。


褒め言葉でもない。


それでも、リオの胸の奥に残った。


「……次を見ます」


リオは言った。


「そうしろ」


コルネリウスが答えた。




共和国艦隊は、まだ諦めていなかった。


先頭艦が再加速する。


二番艦が前方護衛艦へ圧力をかけ、三番艦は制動から立て直そうとしている。無人機母艦は残った小型機を散らし、帝国側の照準を乱す。


採掘帯の光が、砲撃のたびに白く弾けた。


灯導砲の光。


灯殻防壁の波紋。


無人機が破裂する小さな閃光。


艦載機兵が帰還しながら、輸送艦の外縁で近接防衛灯槍を構える。


大きな艦と小さな機械と、人間の声が、同じ一つの戦場にいた。


「前方護衛艦、防壁負荷八割」


「輸送艦二番、炉温上昇」


「共和国先頭艦、再度境界へ」


「無人機群、左舷下方」


リオは一つずつ見た。


全部は見られない。


だから、見られるものを選ぶ。


通行枠境界へ向かう線。共和国艦隊が作りたい記録。帝国艦隊が塞ぐべき穴。


その一点に絞れば、戦場の意味が少しだけ見える。


「共和国先頭艦は、境界そのものへ入る気ではありません」


リオは言った。


「境界手前で帝国艦を撃たせるつもりです。こちらが先に評議会管轄宙域へ砲撃した記録を作る」


コルネリウスが目を細めた。


「撃たせて、帝国の協定違反にするのか」


「はい。直接入れないなら、こちらを撃たせる」


「艦橋へ」


リオは送った。


オスカーの反応は早かった。


「砲術、境界線内へ弾を入れるな。共和国先頭艦が誘っている。射角を絞れ」


「射角を絞ると命中率が落ちます」


「構わん。記録を取られるな」


共和国先頭艦が、境界手前で艦首をさらした。


撃てと言っているような動きだった。


クライセンブルクの主砲照準が一瞬、迷う。


オスカーが短く言った。


「待て」


砲撃しない。


その数秒が、戦場では長かった。


共和国先頭艦がさらに踏み込む。


境界線の手前で、艦体を斜めに滑らせた。


「今です」


リオは言った。


「境界外、艦尾側。そこなら記録に残りません」


「撃て」


主砲ではなく、副砲が撃った。


細い光が共和国先頭艦の艦尾側をかすめる。


防壁が歪み、共和国先頭艦の姿勢が乱れた。


その隙に、前方護衛艦が通行枠境界の外側へ艦首を入れ、道を塞ぐ。


共和国先頭艦はもう入れない。


二番艦も三番艦も、射界を失った。


「共和国艦隊、再編信号」


通信士官の声が変わった。


「後退準備と思われます」


まだ油断はできない。


だが、戦場の圧力が少しだけ変わった。


押し込まれていたものが、押し返した。


「追撃するか」


副長の声が艦橋から漏れた。


オスカーはすぐに答えた。


「しない。輸送船団を守る。前方護衛艦、深追いするな。後方護衛艦と四番輸送艦を第二変針点で回収する」


「了解」


共和国艦隊の線が、少しずつ外へ離れ始めた。


無人機群が散り、情報巡航艦が後退する。


機動戦艦三隻は、まだこちらへ砲を向けている。だが、通行枠境界へ入る線は消えていた。


リオはその線が消えるまで見ていた。


完全に消えるまで。


「境界線、保持」


コルネリウスが言った。


「共和国艦隊、航路通行枠への実効進入に失敗」


艦橋から、短い沈黙が返った。


それからオスカーの声が来た。


「全艦、現隊形を維持。損害確認。救助者搬送を継続。戦闘警戒は解くな」


通信が続く。


命令が続く。


戦場はまだ終わっていない。


それでも、解析室の中の張り詰めたものが、一瞬だけ緩んだ。


誰かが椅子に背を預けた。


誰かが小さく息を吐いた。


ユーリがリオの肩から手を離さないまま、低い声で言った。


「聞いたか」


「何を」


「失敗してない」


リオは返事をしようとした。


声が出なかった。


画面の端で、ミナから機関部報告が入った。


「星灯素炉、出力を通常配分へ戻します。防壁配分、回復中」


その声も、少し疲れていた。


でも、生きている声だった。


リオは目を閉じかけて、すぐに開いた。


まだ終わっていない。


でも、今だけは、ほんの一瞬だけ。


クライセンブルクの艦橋から流れてくる通信の密度が、わずかに下がった。


警報は鳴っている。


表示板は赤い。


共和国艦隊はまだ視界の中にいる。


それでも、張り詰めていた艦橋の呼吸が、少しだけ戻ったように聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ