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星海の灯火 〜英雄は星を救わない〜  作者: セルヴォア


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緊急確認

砲撃が止んだ。


共和国艦隊が距離を取り直している。膠着の中に、短い静寂が入った。解析室の緊張が少しだけ薄くなった。


「行くぞ」


ユーリが立ち上がった。


「今か」


「今だ。次に砲撃が来たら動けなくなる」


リオは端末に保存して、立ち上がった。腰が重かった。立つたびに関節の奥に重さが来る。今日はその回数が多かった。


ユーリが外に出ると言った時、コルネリウスが横から見た。


「どこへ行く」


「航路解析士官の緊急身体確認です」とユーリが答えた。「戦闘中の長時間作業で、状態が閾値に近づいています。医療士官として確認が必要なため、一時離席させます」


「今は——」


「戦闘中の医療判断は医療士官の権限内です。確認後、すぐ戻します」


コルネリウスが止める言葉を出す前に、ユーリがドアを開けた。


リオはその後に続いた。


廊下に出た瞬間、ユーリが小声で言った。


「走れるか」


「走るのは難しい」


「歩ける速さで行く。急がなくていい。ただ、確認だけしておくが、本当に閾値に近いのは事実だぞ」


「……本当のことを名目に使ったってこと?」


「名目だけ本当なら十分だ」




艦長室は艦橋に近い区画にあった。


通常の廊下より天井が少し高く、床の補修痕が少ない。長く使われている艦の、よく整備されている部分だとリオは思った。


ユーリがドアのインターホンを押した。


「医療士官バルツ。戦闘中の解析士官の緊急確認で、艦長への報告事項があります」


しばらく間があった。


「入れ」


オスカーの声だった。




艦長室は広くなかった。


机と椅子と棚が最小限で置いてあって、壁に艦隊図と通信端末が張り付いている。オスカーは端末に向かっていた。戦闘中だから艦橋にいるはずだが、今は一時的に艦長室で通信対応をしているらしかった。


振り向いた顔に、驚きはなかった。


ただ、状況を読んでいる目だった。


「バルツ少尉、緊急確認というのは」


「本来の確認は終わっています」とユーリは言った。「メルク少尉が艦長に直接報告したいことがあります。時間をいただけますか」


「それを報告と言うのか」


「言いにくいことなので、名目を借りました」


オスカーが少し目を細めた。


怒っているのか考えているのか、リオには読めなかった。


「メルク少尉、話せ」とオスカーが言った。「時間はない。短く」




リオは手元のメモを見た。


見てから、端末を閉じた。


見ながら話すより、直接話したほうがいいと思った。


「共和国艦隊の本命は、輸送船団ではなく、採掘帯の航路通行枠だと考えています」


「根拠は」


「機動戦艦の攻撃ベクトルを合成すると、輸送船団を潰す方向ではなく、評議会管轄宙域へ押し出す方向になっています。情報巡航艦が採掘帯を通り抜けて先回りしていた位置は、評議会の通行枠記録が更新される宙域に近い。実効行動の記録を積み上げることで、通行枠の見直し交渉で発言権を得ようとしていると考えられます」


「証拠はあるか」


「完全な数値証拠はありません。攻撃ベクトルの方向と、採掘帯への進入パターンと、前回の情報巡航艦の行動を重ねた分析です。証明できない部分が残ります」


「感覚で艦隊行動を変えろと言っているのか」


「そうです」


即答した。


言ってから、少し驚いた。自分でも、こんなに速く答えるとは思っていなかった。


「通行枠を押さえられれば、帝国の精製要塞グラン・カンデラへの直通ルートが使えなくなります。輸送艦を補充しても、そのルートを通れなくなる。長期的な影響が今日決まるかもしれません。その可能性があるなら、報告しないよりはいいと判断しました」


オスカーが少しの間、リオの顔を見た。


視線が重かった。二十年以上現場にいる人間の目だと、リオには感じられた。


「証明できない部分は、どれくらいある」


「論理で組んだ部分が六割、残りは感覚です。感覚の根拠は、今朝の体の変化が先行して起きていたことです。数値が跳ねる前に、体が先に変化した。それが根拠として使えるかどうかは判断できません」


「体が先に変化した、というのはどういうことだ」


「頭痛と関節の痛みのパターンが、いつもと違いました。外から何かが来る感じがしました。それが星海流の歪みと連動しているかもしれないと、以前から感じていました」


オスカーが何も言わなかった。




通信の音が入った。


艦内の機関部からだった。


「機関部、ミナ・クラウゼより緊急通信。艦長室に繋いでください」


オスカーが端末を開いた。


「繋げ」


「クラウゼ機関士です」とミナの声が来た。「報告があります。星灯素炉の揺らぎが、今朝からの共和国艦隊の展開と連動しています。機動戦艦の速度変化と、炉の揺れの周期が一致しています。データを送ります」


「今送れるか」


「送ります」


端末にデータが届いた。


オスカーがそれを開いた。


リオの手元の分析メモと、ミナが送ったデータが並んでいた。共和国機動戦艦の速度変化のグラフと、星灯素炉の揺らぎのグラフが、同じ波形で動いていた。


完全に一致しているわけではない。しかし形が似ていた。


「クラウゼ、これはいつから記録している」


「揺らぎ自体は一ヶ月前から。共和国艦隊の速度変化との照合は、今朝始めました。数時間分しかデータがありませんが、パターンが一致しています」


「了解した。継続して記録せよ」


「はい」


通信が切れた。




オスカーが机の上に両方のデータを並べた。


リオの分析と、ミナのデータだ。


長い沈黙だった。


解析室に戻らなければならないと、リオは思っていた。膠着が終わればまた砲撃が来る。コルネリウスも困っているはずだ。


しかしオスカーが何かを考えている間は、動けなかった。


「お前の分析と、機関部のデータが、別々の場所から同じ方向を指している」


独り言のような声だった。


「はい」


「意図して一致させたのか」


「していません。ミナとは昨夜、別々に気づいたことを話しました。事前にミナに連絡したのは、今日の報告のためにデータを持って割り込んでもらえないかと頼んだからです。データの内容は別々のものです」


「なぜ機関部に頼んだ」


「証明できない部分を、別の角度から補いたかったからです。一人の感覚より、別の場所から来た別のデータと重なるほうが、意味があると思いました」


オスカーが少し間を置いた。


「限定的に採用する」


声が低かった。決断した時の声だとわかった。


「迂回ルートの検討を艦隊に提案する。すべてが変わるわけではない。ただ、お前の分析が指す方向に、一部の動きを調整する」


「ありがとうございます」


「ただし」とオスカーは続けた。「失敗したら、お前の記録に残る。今回の報告と、その根拠と、私がそれを採用した経緯が全部記録に残る。お前の軍歴に影響する可能性がある」


リオは少し考えた。


「わかりました」


「怖くないのか」


「怖いです」


「それでも言うのか」


「黙っていた方が後悔が残ると思います。失敗したら、それはそれで学べることがある。でも黙っていて後で正しかったとわかったら、学べないと思います」


オスカーが少し沈黙した。


「戻れ。解析を続けろ」


「はい」


リオは頭を下げた。


ユーリが先にドアを開けた。廊下に出た瞬間、ユーリが前を向いたまま小声で言った。


「よくやった」


「ユーリが連れてきてくれたから」


「俺は名目を用意しただけだ。あの部屋で話したのはお前だ」


廊下を戻りながら、リオは手の震えに気づいた。


さっきよりも震えが強くなっていた。


疲れだけではなかった。


今終わったことが、少しずつ全身に伝わってきていた。

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