ベクトルの行方
膠着が続いていた。
共和国の機動戦艦三隻は攻め込まず、帝国の護衛艦二隻は距離を詰めない。どちらも次の判断を探している。砲撃の音は止んでいた。解析室に緊張だけが残っていた。
リオは機兵の帰還誘導データを処理しながら、脳の別の部分で考え続けていた。
本命は何か。
輸送船団ではないとすれば、この戦闘の目的は何か。
データを開き直した。
今回の共和国艦隊の構成を確認した。機動戦艦三隻、情報巡航艦二隻、無人機母艦一隻。前回の交戦より規模が大きい。しかし輸送船団を完全に制圧するには足りない。帝国の護衛艦を押しのけて輸送艦を全滅させるなら、もっと多くの戦力が要る。
それほど多くない艦隊が、それほど大きな目標に向かっていない。
では何に向かっているのか。
リュミナ・ノードへの「通行枠」という言葉が、頭に浮かんだ。
採掘帯の採掘権と航路通行枠は、帝国と共和国が共同管理評議会を通じて分け合っている。どの艦がどのルートをどれだけ使えるか、通行枠の数で決まっている。帝国側の通行枠が今は多い。帝国の輸送艦が採掘帯を通過できているのはそのためだ。
この通行枠を奪えるとしたら、どうすればいいか。
評議会の合議で変更される。合議の前提は、各勢力の実効支配と実績だ。
採掘帯の内側に入って、評議会の管轄宙域で「先に動いている」という事実を作る。それが蓄積されると、通行枠の見直し交渉で発言権が生まれる。
輸送船団を壊滅させるより、時間はかかるが確実だ。
輸送船団を沈めれば帝国は輸送艦を補充する。しかし通行枠を失えば、補充した輸送艦がそのルートを使えなくなる。
リオはルメン中立採掘帯の航路図を開いた。
採掘帯の内側を通る航路は複数ある。そのうち、精製要塞グラン・カンデラへ向かう直通ルートは二本だった。どちらもリュミナ・ノードの評議会管轄宙域を通過する。
評議会の通行枠を共和国が押さえれば、この二本のルートに帝国の輸送艦が入れなくなる。
グラン・カンデラは星灯素の精製拠点だ。採掘した星灯素を精製して、初めて各地へ供給できる形になる。精製できなければ、採掘量がどれだけあっても使えない。
帝国がグラン・カンデラへのルートを失えば、星灯素の精製が止まる。
精製が止まれば、帝国全体の艦隊燃料、医療補助具、都市インフラが順番に影響を受ける。
輸送艦を沈める以上の効果を、砲弾を一発も余分に使わずに得られる。
手が止まっていた。
気づいたら、機兵誘導の作業を途中で止めていた。
「メルク」とコルネリウスが言った。「手が止まっている」
「すみません」
リオは作業に戻りながら、同時に言った。
「コルネリウス少佐、報告させてください。一分だけ」
「今は戦闘中だ」
「それを理解した上で、聞いていただきたいことがあります」
コルネリウスが横を見た。
リオは手を動かしながら話した。作業を止めずに話した。
「共和国艦隊の本命は輸送船団ではなく、採掘帯の通行枠だと思います。評議会管轄宙域での実効行動を積み上げることで、通行枠の見直し交渉で優位に立とうとしている。グラン・カンデラへの直通ルートが使えなくなれば、帝国の星灯素精製に影響が出ます」
コルネリウスはすぐには答えなかった。
三秒ほど黙っていた。
「数値的な根拠は」
「機動戦艦の攻撃ベクトルと、採掘帯への進入角度、情報巡航艦の先回り位置を合わせると、通行枠を押さえる動きと一致します。ただ——」
「ただ、何だ」
「全部を数値で証明しきれていない部分があります。感覚と論理の組み合わせで、感覚に依存している部分が残ります」
コルネリウスが息を吐いた。
「そんな証拠で艦長に進言できるか」
「できないかもしれません。ただ、もし本命が通行枠なら、今の戦闘対応だけでは後で取り返しがつかない」
「それはお前が判断することではない」
「わかっています。ただ、報告する機会があるなら報告したいと思っています」
「今は戦闘中だ」とコルネリウスは言った。「余計な分析で艦長の邪魔をするな。記録として残しておけ。それだけだ」
それ以上は言えなかった。
コルネリウスは間違っていない。戦闘中に証拠のない推論を艦長に持ち込むのは、判断を混乱させるリスクがある。現場の指揮系統はそのためにある。
ただ、リオには引っかかりが消えなかった。
通行枠が本命なら、今ここで共和国が採掘帯の内側での実績を作ることは、後で交渉で使われる。それが今日決まるわけではないが、今日の動きが記録に残る。
黙っていても、戦闘はそれとは関係なく続く。
でも、黙っていて後で正しかったとわかった時に——。
「お前、さっきから表情が硬い」
ユーリが隣で小声で言った。
「考えてる」
「コルネリウスに却下されたやつか」
「声、聞こえてた?」
「全部ではないが、大体は聞こえる」
リオは少し黙った。
「もし僕の読みが正しくて、黙っていたら、後で取り返しがつかないかもしれない。でも証拠が揃っていなくて、戦闘中に混乱させるリスクもある。どっちが正しいかわからなくて」
「答えは出たか」
「出てない」
ユーリがしばらく黙った。
「直接艦長に行け」と言った。
リオは顔を向けた。
「それは命令系統を無視することになる」
「お前の話を直接聞く必要があるのは誰だ。コルネリウスか、艦長か」
「……艦長だとは思う。でも戦闘中に——」
「俺が連れて行く方法がある」とユーリは言った。
「どういう方法?」
「戦闘中の航路解析士官の緊急身体確認で、医療士官が艦長への同行を要する、という形にする」
リオはしばらく考えた。
「それは……かなり強引だよ」
「そうだな」
「ユーリが責任を取ることになるかもしれない」
「俺の判断で俺が動く。お前は関係ない」
「関係ある」
「お前の感覚が正しかった時に、誰が損するかを考えろ。俺がちょっと怒られる方が安い」
ユーリは立ち上がった。
「準備しておけ。次の砲撃が止んだタイミングで動く。それまでに話をまとめておけ」
「……わかった」
リオは端末に向かい直した。
伝えるべき内容を、一枚の報告メモにまとめ始めた。
感覚ではなく論理で組んだ部分と、論理だけでは補えない部分を分けて書いた。証明できない部分は「証明できない」と明記した。それでも伝える価値があると判断した理由も書いた。
書き終えた時、手が震えていた。
疲れのせいか、緊張のせいか、どちらかわからなかった。
両方だろう、とリオは思った。




