採掘帯の影
「全艦、戦闘配備。繰り返す、戦闘配備」
オスカーの声が艦内に流れた。
廊下を走る足音が、解析室の外でも聞こえた。機関部の出力が上がる振動が床から来た。星灯素炉が戦闘出力に切り替わる感覚を、リオは足の裏で受け取った。
「共和国機動艦隊、識別完了」と解析区の担当が読み上げた。「機動戦艦三隻。情報巡航艦二隻。大型艦一隻——無人機母艦です」
無人機母艦。
前回にはなかった艦種だった。
無人機母艦が出てくるということは、艦載機兵を使う想定の戦闘だ。採掘帯の入り組んだ地形を利用した局地戦を視野に入れている。今回は前回の倍以上の規模で来ている。
「コルネリウス少佐」
「聞こえている」
コルネリウスはすでに戦況展開画面に向かっていた。解析室全員が端末を開いている。リオも卓についた。立ち上がった時に走った痛みが、まだ腰の奥に残っていた。
座ることで少し楽になる。
それだけを確認して、画面を開いた。
「護衛艦ライゲル、ダインスレイフ、前衛展開せよ」
オスカーの命令が流れた。
「クライセンブルク、輸送船団の前方に位置を取る。主砲は共和国機動戦艦の進路に照準、距離を詰めさせるな」
護衛艦二隻が動き始めた。
探知画面で輝点が動く。帝国の護衛艦が共和国艦隊の前方に割り込もうとしている。共和国の機動戦艦三隻は速く、角度を変えながら近づいてくる。
前回と動き方が違った。
前回は正面から来て側面を狙った。今回は最初から三隻がそれぞれ別の角度で広がっている。包囲の形を最初から作っている。
「包囲展開です」とリオは言った。「三隻が半円形に広がっています。護衛艦二隻で対応するには、カバー範囲が足りません」
「わかっている」とコルネリウスが答えた。
「財閥警備艦隊の位置は」
画面の端を確認した。
採掘帯の外縁に停泊していた財閥の巡察艦三隻が、動いていた。
後退していた。
前回と同じだった。前回より速い。戦闘警報が鳴ってから三分も経っていないのに、もう協定外の距離に向かっている。
リオはそのデータをそのまま記録した。後で証明できるように数字として残す。今は報告する時間はない。
最初の砲撃が来たのは、展開開始から七分後だった。
共和国の機動戦艦の一隻が、護衛艦の射程ぎりぎりから灯導砲を放った。
着弾は護衛艦ダインスレイフの艦首外装に接触した。直撃ではなかったが、艦体の揺れが艦全体に伝わった。クライセンブルクの解析室でも、棚の上のものが落ちた。
「ダインスレイフより。外装接触、被害軽微。戦闘継続可能」
「ライゲル、牽制射を続けろ。ダインスレイフは左翼の機動戦艦を遮断せよ」
「艦載機兵、射出準備完了」
「射出許可。ターゲットは無人機母艦周辺の展開支援。接近を阻止せよ」
艦の底のほうから、鈍い音が連続した。
射出口が開く音だ。
帝国の艦載機兵が、宇宙空間に出ていった。小さな輝点が探知画面に増えた。機兵の出力反応は小さい。大型艦に比べれば点のようなものだが、数が出れば画面が埋まっていく。
無人機母艦の周辺にも、小さな輝点が広がり始めた。
共和国の無人機が展開を始めた。
機兵と無人機が、採掘帯の外縁で入り乱れ始めた。
解析室の通信が重なった。
「左翼機動戦艦、速度上昇」
「無人機群、採掘帯外縁に向かっています」
「輸送船団の第二輸送艦、回避機動を要請」
「艦橋より。第二輸送艦は現在位置を維持せよ。回避すると護衛範囲を外れる」
リオはデータを追いながら、整理した。
共和国の機動戦艦三隻が包囲を縮めている。護衛艦二隻が対応しているが、三対二の数で押されている。無人機母艦は後方に位置したまま、無人機を前方に送り出している。
この構図は理解できる。
問題は情報巡航艦二隻だった。
前回の戦闘でも情報巡航艦がいた。あの時は後方で戦況記録を収集していた。今回も後方にいるが、位置が違う。採掘帯の陰に入ろうとしている。
採掘帯の中に入るということは、探知から消えることができる。しかし採掘帯の中では自分たちも探知できない。情報収集には不向きだ。
「コルネリウス少佐、情報巡航艦二隻の動きを確認してください。採掘帯の内側に向かっています」
コルネリウスが確認した。
「確認した。動きを追え」
「追っていますが、採掘帯に入ったら探知できなくなります」
「その前に動きを記録し続けろ」
灯導砲の轟音が続いた。
護衛艦ライゲルが交戦している。砲撃の振動が艦体を通じて解析室まで来る。発射のたびに床が揺れた。
リオは机の端を掴みながらデータを見た。
腰の痛みは限界に近かった。頭痛は砲撃の振動と重なって、判断が少し遅れる気がした。気のせいかもしれない。気のせいだとして動いた。
「情報巡航艦、採掘帯内部に入りました。探知消失」
「記録した座標と進入角度を保管せよ。出てくる位置を予測する」
リオは角度と速度から出口の候補を三つ割り出した。採掘帯の構造を参照しながら、障害物を避けられる航路を逆算した。
計算が終わる前に、別の報告が入った。
「右翼機動戦艦、輸送船団に向けて加速」
護衛の穴が開いた。
ダインスレイフが左翼を押さえている間に、右翼が動いた。クライセンブルクの前方にいた護衛艦ライゲルが右翼に回り込もうとしているが、間に合わない角度だ。
「輸送船団、緊急回避を」
「艦橋より。輸送船団は——」
「クライセンブルク、主砲を右翼機動戦艦の進路に照射」
轟音が来た。
クライセンブルクが撃った。
解析室の照明が一瞬揺れた。主砲発射の余剰放電が艦内の電力に干渉した。画面が一瞬暗くなり、また戻った。
砲弾は機動戦艦の直前を通過した。
機動戦艦が減速した。
「右翼艦、速度低下。回避機動に入りました」
「追尾しろ。距離を詰めさせるな」
膠着が続いた。
共和国は前に出ようとし、帝国は塞ぐ。一進一退の中で、無人機と機兵が採掘帯の外縁で入り乱れていた。
十五分が経った頃、リオはデータを見ながら、何かが違うと思った。
三隻の機動戦艦が包囲を縮めている。それ自体は理解できる。しかし、どの艦も輸送艦に対して最短距離を取っていない。
攻撃するなら最短距離で突っ込む。それが最も効率的だ。
しかしどの艦も、少しずつ角度をずらしている。まるで特定の方向から押しているというよりも、特定の方向へ押し出そうとしているように見えた。
押し出す。
輸送船団を、どこかへ。
「コルネリウス少佐」
「今は——」
「一点だけ聞かせてください。三隻の機動戦艦の攻撃ベクトルを全部合成したら、どの方向になりますか」
コルネリウスが一瞬止まった。
データを確認した。
合成したベクトルは、採掘帯の外縁の特定の方向を指していた。
リュミナ・ノードとは反対側の宙域だった。
「これ、輸送船団を壊しにきているんじゃないと思います」
声が低くなった。
自分でも気づいたら口から出ていた。
「輸送船団をどこかへ押し出そうとしている。正確な理由はわかりませんが、壊すなら今の角度は非効率です。押す角度になっています」
コルネリウスが言葉を返す前に、別の報告が入った。
「採掘帯内部から、探知反応。情報巡航艦が出てきます」
「位置は」
「予測した出口の第一候補点から誤差なし——出ました。二隻とも確認」
出てきた場所は、輸送船団が押し出されようとしている方向だった。
情報巡航艦が先回りして待っていた。
「コルネリウス少佐、情報巡航艦の先回り位置を艦橋へ。輸送船団が押し込まれます」
コルネリウスはすでに通信を開いていた。
「艦橋へ。情報巡航艦二隻が採掘帯から出現、輸送船団の退路に展開中。機動戦艦の攻撃ベクトルとの連携を確認」
オスカーからの応答が来た。
「艦橋了解。輸送船団、全艦左旋回。クライセンブルク、前方に出る」
艦全体が傾いた。
輸送船団の四隻が一斉に向きを変え、クライセンブルクが前に出た。包囲の形が崩れる前に、先手を取って陣形を変える判断だった。
リオは体を机に預けながらデータを追った。
輸送船団の位置が変わった。情報巡航艦の先回り位置から外れた。機動戦艦が追尾の角度を変えようとしているが、輸送船団の方が速く動いた。
「右翼機動戦艦、追尾継続」
「護衛艦ダインスレイフ、右翼を遮断」
「無人機群、後退を開始しました」
無人機が引いている。
無人機母艦が出力を落としていた。
先回りの罠が機能しなかった時点で、共和国は次の展開を見直し始めている。
「共和国機動戦艦、速度が落ちました」
「形勢判断が入ったな」とコルネリウスが言った。
もう少し時間があった。
膠着の形が変わった。共和国は攻め込む角度を失い、帝国は防衛範囲を再構築しつつある。完全な勝利ではないが、包囲の罠からは外れた。
リオは背もたれに体を預けた。
腰から背中にかけて、締め付けるような重さが全部乗っかってくる感じがした。頭痛が全体的に広がっていた。
それでも、画面は見続けた。
まだ終わっていない。
共和国の機動戦艦三隻は後退していない。距離を保ちながら、次を探している。
この戦闘が何のために来ているのか、リオにはまだ全部見えていなかった。
輸送船団を潰しに来たのではないとすれば、何が目的なのか。
採掘帯の内側を通った情報巡航艦が先回りしていたのは、輸送船団を特定の宙域へ誘い込むためだった。その宙域に何があるのかは、今のデータでは分からない。
分からないことが、一番引っかかった。




