表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

17.第二閲覧室3

 ミミはゆっくりと階段を登っていった。

 第二閲覧室、二階。ミミは周囲を確かめた。様相は一階と殆ど変わらない。

「……よし」

 近くに虫はいない。

 ミミはまた、ゆっくりと歩き出した。


「30-410」

 ミミは雷を撃った。いつものように。

 怯んだ虫へ走り寄る。その、途中。

 ぎちっ!

 ぶぶ……ぶううううう!!

「……えっ!?」

 ミミは横を向いた。三つの通路を挟んだ、本棚の上。

 鍬形が、飛ぼうとしていた。

「うっわ!?」

 ぶうううん!

 どがっ!!

 ミミは体を低くした。その背中を掠めるように、大顎は本棚を打った。

 前方には少し遠く。背後にはすぐ近くに。ミミは銃剣を抜いた。

 そうそうやられて、たまるか! 

「……ええいっ!」

 ミミは体を捻り、片手で銃撃をした。弾丸は虫の腹を引き裂く。無理な方向へ跳ね上がる腕。

 ぎいい!!

「ぅっ、ぐ……!」

 肩と肘に痛み。ミミは前へ振り向く。既に鍬形が迫っていた。

 杖剣を突き付ける。

「30-410っ!」

 ぎい!

「09106-3-0!」

 刃が電熱を帯び、甲殻を焼き切る。鍬形は頭を割られ、息絶えた。

 ミミは後ろを振り返った。二匹目の鍬形は、腹からインクを零し、死んでいた。

「……」

 ミミは周囲に目を配った。

 動くものは、ない。

「……ふぅ……痛っ」

 ミミは顔を顰めた。銃剣を持つ腕を、摩ったり揉んだりした。

「……はあぁ……」

 羽ペンを取り出し、なぞる。

 痛みはすぐに消えていく。

「……糞……痛かったな……」

 一匹目の腹を、杖剣で切り裂く。流れ出るインク。

「……はあ。しんどい」

 ミミはゆっくりと、歩き出した。


「ん……」

 ミミは見つけた。インクも滴る、鍬形の死骸。それに集る虫達を。

「……またか」

 ミミは周囲を見回した。足音を忍ばせ、本棚の陰を確かめて回った。

 天井も見上げた。他に敵はいない。

「よし」

 三匹の鍬形を、ミミは処理した。四匹分のインクが宙を滑った。

 ミミは死骸を検めた。二階に上がってから、同じものを何度も見つけた。

 その共通する特徴をも。

「これも、同じか」

 鍬形は打撃されていた。甲殻を割られ、腹を潰されて。

 インクは放置されていた。黒血は、板張りの床に染みを残して。

 死骸は、点々と転がっていた。ミミはいつからか、それを辿って。

 着いた先は、扉。

 二階、写本室の扉だった。

「……」

 ミミは二つの武器を携えて、ゆっくりと扉を開けた。

 むっと、インクが臭った。


「ぅわ!?」

 ミミが部屋に入るなり、多量のインクが舞い上がった。驟雨か、濁流のようなインクは、全て床から湧き上がったものだった。

 床に転がる、夥しい数の死骸から。

「……」

 インクが全て、インク壺に収まる。

 暗闇は静けさを取り戻す。

 二階写本室。灯りは、一つもない。

 ミミはゆっくりと、一歩を踏み出した。

 二歩。

 三歩。

 扉から入る、微かな光と濃い闇の中で。

 ミミは、見つけた。

「……っ」

 壁際。

 寄りかかるように座り込む。

 質感と色のない、輪郭のぶれた。

 線描画のような人影を。


「……」

 ミミは一歩、二歩と後退った。剣を握り締めた。

 それから、人影に声を掛けた。

「……お、おい。聞こえるか?」

 沈黙。

「なあ……おい!」

 人影は、動かない。

「……そっちに行くからな……。あんたが何もしない限り、こっちには害意はないぞ。聞こえてるなら何とか言ってくれ」

 反応はない。

 ミミはゆっくりと近づいた。乏しい光量の中で、小さな呼吸だけは見て取った。

「……寝てるのか?おい、大丈夫か?」

 ミミは片膝をつき、ゆっくりと手を伸ばした。

 触れる。

「な……!」

 ぬるり、と。

 インクが、ミミの手を濡らした。

 怪我をしているのか。

 ミミが羽ペンを取り出そうとした、瞬間。

『触るな虫螻蛄っ!!』

 ミミの手が、大きく払われた。


 ミミは尻餅をついた。

「おいっ!僕は虫じゃない!人間だ!」

 ふわりと、ミミのフードが。そして前髪が揺れる。

「……ぁ」

 硬い、棍棒の先端が、ミミの額に据えられていた。

 少し。戸惑うような間を置いてから、棍棒は引かれた。ミミはただ、見送った。

 人影はミミを見下ろした。すっと手を伸ばした。ミミには何もできないほど、素早く。

 細い首に、添えた。

 声ならぬ声が、ミミの脳裏に響いた。


『痛い。あんたが誰か知らないけど、あたしに何の用があるの?あたしって誰?ここはどこ?あんたは誰?痛い。不便でごめんね。あたしは声が出せないの。こうすれば、心の中が伝わるみたい。そういう呪いなの。痛い。呪いってなんだっけ?ああ、何かだるいな。痛い。あんたが何者かは知らないけど、あたしを殺す気なら今すぐ殺すから。痛い。首細いなあ。女の子かな。脅かしてごめんね。伝わったかな?ここはどこなんだろう。あたしは何でここにいるのかな。虫螻蛄どもは近くにはいないか。殺しまくってやったからね。痛いなぁ。次見たら殺してやる。痛い。やばいな、くらくらしてきた。こいつも殺しておいたほうがいいかな?痛い。もういいか、多分。伝わったよね。ねえ、助けて』


「……ぅわ!」

 それは、ミミに流れ込むようだった。たった数秒。音ではなく、言葉ではなく。

 散らかり放題の、思念だった。

 人影はミミから手を離した。一歩、二歩、よろめくと、壁に背をつけた。

 小さく、細い呼吸。

 ミミは人影を見上げた。ゆっくりと立ち上がった。

「……これを使って」

 ミミは人影に、紙の栞を手渡した。人影は戸惑うような間を置いて、受け取った。

「それを破れば、僕が拠点にしている『安全な場所』に行ける。僕もすぐに行く。君が大人しくしていれば、治療もしてあげる。どう?」

 人影は小さく頷くと、栞を破り捨てた。インクが宙を取り巻く。

 人影はもう、いなかった。

「……ふぅ」

 ミミは栞を取り出した。周囲を見回した。

 暗闇に転がる、死骸。それらは全て、同じように。

 甲殻を打ち割られていた。

 ミミは栞を破った。インクが舞って、写本室は無人になった。




花の栞

 可愛らしい押し花の栞。使用者を任意の書見台へ転送する。汎用永久自動人形、備品のアリエルにより作られた便利な道具、その一つ。

 栞は中途の記録であり、手に取ることでその位置を思い出す。本来は、栞を挟む直前まで行っていたことや考えていたことを保存し、想起するものだった。

 本のどこに差し挟もうと、根のない花はいつまでも咲いている。綴じられた時の中で、それは不変の標となるものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ