16.食堂
インクの渦が薄れる。
ミミは受付に立っていた。
「お帰りなさいませ、ミミ様」
「うん」
ミミはポケットのものをカウンターに並べた。インク壺、花の栞、万年筆。
「写本室……なのかな。そのような場所で見つけた。インク壺は一つあればいいとして……他はどういうものだろう?」
アリアは静かに答えた。
「これは、妹の一人が作ったもの。……私が差し上げた羽ペンや栞の、より優れた品となります」
「あ、うん」
「花の栞は、図書館のどこからでも、お好きな書見台や受付に戻って来ることができます。万年筆は、羽ペンよりも多くのインクを保持しますので、より重いお怪我をも治せるでしょう」
アリアは静かに微笑んだ。
「……きっと、ミミ様の助けとなりますとも。今後もどこかで見つけたならば、ご遠慮なさらず、どうぞお取り下さい」
ミミは立ち上がった。万年筆と花の栞をポケットに入れた。
「書見台へは、戻れるんだよな?」
「勿論でございます。お手を」
アリアは本を差し出した。開いたページには、破られた跡。
「触れていただければ、お望みのようになります」
「ああ……」
ミミはそうした。
黒いインクが、渦を巻いた。
第二閲覧室。ミミは探索を再開した。
壁際を、ゆっくりと進む。虫は少ない。ミミはただ、対処していった。
やがてまた、扉が現れた。近付いていく。
ミミは足を止めた。小さく唸った。
「……何だ。これは」
一回り大きな扉。その上には、暖簾。
ミミの知る文字で、書かれていた。
『マクルア・ツェリス市民食堂』
ミミは匂いを嗅いだ。古い紙と、木材と、濃厚なインクの匂い。
「……誰もいないのか?」
ミミは周囲を見回した。杖剣を握り、静かに、扉を開けた。
からり。
扉は、軽い。
暗闇。
何も見えない。
「……」
ミミはじっと動かなかった。やがて目が慣れると、ゆっくりと進み始めた。
木の机が幾つも並ぶ。二人掛け。四人掛け。六人掛け。
「……っ」
暗い。
ミミは一歩一歩、進んでいく。
机の下の暗闇に、視線が向かう。何も見通せないのに。
杖剣を握る。
一歩。また一歩。
カウンター席の、輪郭が浮かぶ。この向こうは厨房になるのだろうか。
ぎしり。
一歩が、大きく響いて。
「いらっしゃいませぇー!!」
「ぅわあああああ!!」
ミミは尻餅をついた。
蝋燭が一つ。
暗闇に、小さな灯りを投げた。
「いや、ごめんなさいでしたねぇ、本当に」
「いいけど、別に。別にいいけど。いいけどさ……別にね。別に。いいよ。別に」
ミミはカウンター席に。
彼女は。
中背の少女。二つに結んだ金髪と、蒼い瞳。割烹着を着ている。
カウンターの向かいから、ミミに笑みかけた。
「いやー、そう言ってもらえるとありがてぇ!私は汎用永久自動人形、台所のアリィでございます!どうぞよろしくね!」
アリィは満面に笑みを浮かべ、ぴしりと手を挙げた。ミミはカウンターに頬杖をついて返事をした。
「別にいいけどね……僕は魔術士ミラミオルミル。アリアさんに頼まれて、妹方を探しているんだ」
君がそうなんだろう?ミミは問い掛けた。
「まさに!私こそ五姉妹の次女、汎用永久自動人形、受付のアリアのいっこ下でございます!いやー、そんなに気にしてもらえるとは。愛されちゃって困るね!」
アリィは大笑した。
ミミは続けた。
「……ここが自動人形の支配領域ってこと、なのかな?」
「まさに!その通りでございますよ?マクルア・ツェリス市民食堂、絶賛開店休業中!飛ぶ閑古鳥を落とす勢い!」
満員御霊!アリィは大笑した。
ミミは続けた。
「……じゃあ、君はここで何をしてるんだい?」
アリィは大笑した。
「むろん、『何もしないこと』を!」
万年筆
使い込まれた万年筆。インクに浸せば一定量を保持し、乾くことなく常に濡れている。
振るうことで、羽根ペンよりも多量のインクを迸らせる。かつての図書館においては勲章のように扱われた、数量限定品。
汎用永久自動人形、備品のアリエルにより作られた便利な道具、その一つ。構造だけを模倣したものが一般にも販売され、富裕層に好んで使われた。




