18.受付8
ミミは目を開いた。図書館受付。
「お帰りなさいませ、ミミ様」
「うん。アリアさん、人が来なかったかな」
「いらっしゃいました。そちらに」
アリアの指す方向を、ミミは見た。薄暗い図書館の受付は、ミミ以来の来客を迎えていた。
線描画の人影。
ミミと同じくらいの痩躯にぼろ布を纏う。荒れた蓬髪。手には、長い杖か棒を携えている。
ミミは近寄って、言った。
「これから君の怪我を治して、その変な姿も元に戻す。でも、妙なことはするなよ。僕は魔術士だ。何かあったら、それなりに報いるからな」
人影は小さく頷いた。ミミは懐から羽ペンを取り出し、なぞった。
インクが人影を取り巻く。人影は戸惑うように、自分の体に触れた。
「まだ痛い?」
ミミは訊ねた。人影は首を横に振った。
「じゃあ、アリアさん。色々とお願い」
「承りました。こちらへどうぞ」
アリアがカウンターを示すと、二人はそちらへ向かった。
「では……マクルア・ツェリス記念図書館へようこそ。私は汎用永久自動人形、受付のアリアでございます」
アリアは一礼した。人影は、戸惑ったように返礼をした。少しカウンターを見回して、指で叩いた。
こんこん。
それから、筆記をするような仕草をした。
「……ああ、筆談はいける?」
ミミが訊ねると、人影は頷いた。アリアはカウンターの裏から、白い紙を取り出した。
「ミミ様、羽ペンをお持ちでしょうか」
「あるけど……消えてなくなったりしないよね」
「ご心配は無用でございます」
人影は紙とペンを受け取った。戸惑うように筆先を揺らして、書き始めた。
『ここはどこ?』
アリアは静かに微笑んだ。
「ご説明致しましょう」
アリアは説明した。人影は質問をしながら、大凡のことを知った。
『もう大丈夫。図書カードを貰いたい』
「かしこまりました。利用者様、こちらにお手をお貸し下さい」
アリアはカウンターに機械を置いた。いつかミミの図書カードを打ち出した、古い木材と真鍮の刻印機。
人影が従うと、アリアはレバーを引いた。
がちがちがちん!
「……どうぞ」
卓上に置かれたのは、真鍮でできた図書カード。
打刻された名を、アリアが呼んだ。
「……貴方様のお名前は、『リナリアマリカ』。間違いはございませんか?」
「……」
リリは戸惑うような間を置いて、図書カードを手に取った。
「んじゃ、手っ取り早く物心ついてもらおうか」
ミミはインク壺を卓上に置いた。
「今回の収穫だよ。きっとたくさんある」
「……確かに。かなりの量でございますね」
アリアは万年筆を取り、インクに浸した。ミミに目を向けた。
「量の加減ができますが……ご希望などは、ございますか?」
「んー……多分、七割方は僕の獲物じゃあないんだよね……取り敢えず、半分で様子を見ようか」
「では、そのように。リナリアマリカ様、図書カードをお示し下さい」
リリは戸惑ったような間を置いて、図書カードを差し出した。
アリアは線を引いた。
「……?」
怪訝そうに見ていた人影が、じわりと。インクの染みるように、色と質感を取り戻していく。
ぼさぼさに荒れた、藍色の髪。
泥と砂塵と、インクに汚れた外套。
同じように汚れた手足は、真っ黒な包帯が巻かれているだけ。
握る杖は、ただの木の棒。何の意匠も見られない。
背丈はミミより少し高く。身幅はほとんど同じ、華奢な姿。
酷く汚い、浮浪者のような少女だった。
「……!」
リリは杖を見上げ、自分の体を見下ろした。髪を掻き上げる。
汚れた顔。
眉目は、どこか鋭く。
引き結ばれたような口元。
髪と同色の、濃藍の瞳が、戸惑うような光を湛えていた。
ミミはリリを見た。それから一言、漏らした。
「……くさっ」
リリは、片眉を吊り上げた。
「……ミミ様」
「ここ、お風呂はないのかい?考えてみたら、僕も大概動いてばかりだから、一つ浴びたいものだけど」
「……申し訳ございませんが、当館に入浴施設はございません。インクを余分に頂ければ、汚れの記述を修正致しますが」
アリアは静かに言った。ミミは応じた。
「じゃあ、それで」
アリアはもう一度、リリの図書カードに線を引いた。ぶわりと、インクが舞う。
リリを汚していた、あらゆる付着物が消えていく。ぼろ布や包帯から、黒ずみが抜ける。
「……!」
「ミミ様、いかがでしょうか」
「酷い格好には変わりないがね……まあいいや。許せる」
ミミは笑って言った。
「それじゃあ。残ったインクで、僕の記憶を──」
「ミミ様」
アリアも笑った。静かに言った。
「インクはもうありません」
ミミはゆっくりと表情を変えた。眉を顰め、口を尖らせた。
何かを言おうとして、
「……はぁ……」
一息を吐いた。それから、ぶすりと言った。
「……いいよ。また集めてくるから。余分なインクをね」
「申し訳ございません、ミミ様」
「いいってさ」
リリはじっと、図書カードを見つめていた。そして、戸惑うように、書きつけた。
『これは呪いも修正できる?』
アリアは静かに答えた。
「インクさえあれば。この図書館では、それだけが確かなのですから」




