12.第一閲覧室6 星見の蝿、パトリスク・ネアン
ミミは囁いた。小さな声。掠れる響き。
「……02-3910」
ばちり。
青雷が収束する。
杖剣を携えて、ミミは踏み入った。
第一閲覧室。ミミを穢し、侵し、貪った、蝿達の坩堝へ。
ぶぅぅぅん!ぶん!ぶぅん!
ぶん!ぶん!ぶぅぅぅ!
「……っ!」
雲霞の如く、小さな羽虫は群れをなして。きっと、無数の蛆が羽化したのだろう。
ミミは歯を軋らせた。見開かれた眼は、嫌厭と憎悪に燃えていた。
杖剣、ベルカナベル35。石英の刀身を持つ短めの直剣。
『リリリス』と名付けた愛刀を、高く差し上げる。
「2049-30-410──!!」
狙う先は、巨大な蝿。
主を穢した怨敵に、天雷が怒号を叩き付けた。
雷は空気を灼き、小蝿を消し飛ばして、蝿の左目から半身を焼き焦がした。
じぃぃぃっ!!
蝿は異音を上げて吹き飛んだ。裂けたような火傷。蝿はミミを見て、翅を震わせた。
ぶううううん!
小蝿達が、光輝を纏う。星雲のように煌めく群れから、
ひぃぃぃん!ひぃぃん!ひぃぃぃん!
ミミを蝕んだ、流星群。その数は最前の比ではなく。
ミミは、焼けた掌で杖剣を握った。ゆっくりと詠った。
「091029-21-10」
ばちり。
稲光がミミを取り巻いた。蔦の絡むように、細い青電が這い回る。
それは、迫る流星にも。
ぢっ!ぢっ!ぢじっ!!ぢぢぢっ!!
電撃の結界が、ミミを守っていた。
「……ああ、これがさっきあれば……」
ミミは火に入る小蝿を睨みつけた。それから、蝿に目を戻した。
「絶対、殺すからな」
杖剣を差し向ける。
「30-410」
ぎいっ!
蝿は飛ぶ。逃げようとする。
じじっ!ぶぶぶぶ……。
しかし、飛び方はぎこちない。焼けた左側の翅が、上手く動かないようだった。
ミミは杖剣を少し動かすだけで、狙いを続けることができた。蝿の左半身。火傷の範囲を、執拗なまでに。
「30-410」
ぎいぃ!
「30-410」
ぎっ!
「30-410っ!」
ぎぎぃっ!
蝿は雷に撃たれ、焼け爛れて墜落した。穢らしいインクが絨毯に染みた。
ぎぃぃぃっ!
蝿はおぞましい咆哮を上げた。右の翅を強く羽ばたかせる。
びいいいいいいいいん!!
震える音に、小蝿達が集まっていく。光輝を宿し、収束するように。
「……30-410」
ぢぃぃぃん!!
渦を巻く星光。雷は散った。眩い星々を従えて、蝿は銀河の輝きを帯びる。
ひぃぃぃぃぃい──キィィィィィィィン!!
共鳴は、風を切る音。
激烈な白光を噴射して、蝿は突進した。
ミミは、一手。
「……死ねっ!!」
銃剣を抜き撃つ。迅速な手捌き、二連射されたのは炸裂弾。
極限の相対速度は、蝿の外殻を無いものとした。体内に潜り込んだ弾頭は、胸部から腹部へ爆風と砕片を撒き散らした。
どどうっ!
ほぼ一塊の爆発が起きて、
ぎびっ!!
蝿は腹部からインクをぶちまけながら、横様に吹き飛んだ。
じっ……じじっ……。
「まだ生きてるのか」
ミミは蝿に近寄った。震える翅。小蝿は突進の際、燃料として消えたらしい。
「……09106-3-0」
ばちり。
石英の剣が、青雷を纏う。ミミはそれを、爛れた蝿の左眼に押し付けた。
ばぢぢぢぢぢ!!
ぎぃぃぃぃっ!!
インクの焦げる臭い。翅を震わす蝿の悲鳴。
ミミは苦悶を与え、眺めていた。
「……」
笑わず。怒らず。
やがて蝿が骸になるまで。杖剣を焼き鏝のように押し付けて、見下ろしていた。
「……お」
息絶えた蝿の腹。破れた傷口から、大量のインクが流れ出た。
黒に近しい濃紺に、星のような煌めきの混ざり込んだ、不思議なインク。
「……おお?」
中空を舞い、ミミを取り巻き、インク壺に収まる、それは。
穢い蝿の体液とは思えないほどに、輝かしく美しい。
夜空色の、インクだった。
「……はあ。けったいな相手だった……ん?」
潤いをなくした蝿の死骸に、ミミは見つける。
突き込み、探った剣先に、引っ掛かったもの。
「……鍵だ」
真鍮でできた、小さな鍵を。
星見のインク
星見の蝿、パトリスク・ネアンの腹から零れたインク。夜空の星のような、微細な粒子が燦めいている。




