11.受付6
「わあああああっ!!」
べしゃり。
黒血に塗れたミミは、倒れるように落下した。受付の絨毯、暗い灯り。
「ミミ様!?」
アリアは駆け寄った。助け起こそうとした手を、ミミは強く払った。
「触るなっ!!穢い……!!」
ミミはがちがちと歯を鳴らし、全身の傷を、喉頸を、胸や腹を、掻き毟る。
「穢い、穢い、糞、糞、糞ぉ……!!」
蛆はいない。
けれども、ミミにとっては、そうではなかった。
「う、ゔゔゔぅ、ううゔうううっ……!!」
「ミミ様、お気を確かに!」
ミミの尋常でない様子に、アリアも常になく切迫した声を掛けた。
ミミの濡れた瞳は、アリアを見ない。
「うああああああっ、糞、糞っ……!!穢いよぉ、取れないよぉ……!!」
インクに塗れ、破れ、爛れた傷口を、見て。
「──あぁ、そうだ」
転がっていた、石英の剣を、見た。
「やりなお、そう」
迷いも淀みもなく、掴む。
胸を突いた。一息に。
「ミミ様──!」
「き、れい、に」
ミミは死んだ。
「ミミ様、お茶でございます」
「……ありがとう」
ミミは毛布に包まって、長椅子に小さく座っていた。自分の体を強く抱いて、時々、揉んだり摩ったりしているようだった。
「……っ!」
ミミはコーヒーを掴むと、熱く湯気の立つそれを、飲んだ。
「あ、ミミ様!」
「んっ、っ、ん……ぷ、はぁ……」
固く目を瞑り、一気に飲み干す。カップを置くと、喉の焼けたのを確かめるように、首から胸をなぞった。
「いや……はは。……消毒、みたいな。まあ、気分だよ」
味わいもせず、すまない。
ミミは小さく笑った。
アリアは答えず、お代わりを淹れた。
「……どうぞ」
「ん……ありがとう」
ミミはカップを手に取り、今度は飲まなかった。入れ違いに、インク壺をテーブルに置いた。
「……まあ、これは持ち帰った。でもないと、割に合わない……」
ミミは小さな声で言った。
「……強くしてくれ。とにかく……戦う力が必要だ」
「……かしこまりました」
アリアはカウンターから万年筆を持って来ると、インク壺に浸した。ミミの差し出した図書カードを受け取る。
「では」
「うん」
一画、なぞる。ミミの体を取り巻く、細いインクの流線。
「……ああ。これは、そういう……」
ミミは小さく声を漏らした。蘇った記憶を、見ていた。
「お前も……来てくれたんだね」
ミミは腰の後ろ、分厚い刃をそっと撫でた。
「よろしいでしょうか」
「うん」
抜き出す。
銀鼠色の総身。全体を覆う金細工。
緩く、前へ湾曲した柄は、引鉄を備える。
縦に二連の銃身と、一体化した分厚い刃。
「『ロロロット』。……これがあれば」
ミミは小さな声で、言った。
「……殺してやる」
双発銃剣カラシミ
二つの銃身と分厚い剣身を持つ、銃とも剣ともつかぬ武器。 無骨さに似合わず、典麗な装飾が施されている。
兵権の担い手は銃砲に代わりつつあり、騎士達もまた対応を余儀なくされた。こうした折衷の武器は数多く、それは彼らの懐古と、また一握の誇りを示すのだろう。
没落の際、使用人ミラミオルミルに持ち出された財物の一つ。この剣だけは手放されることなく、やがて『ロロロット』の名を与えられた。




