エピローグ
翌日、学園では開かずの間が開かれたという話が瞬く間に広まっていき、学園による開かずの間の立ち入り調査が行われた。
元々開かずの間というのは、学園側が学園ネットワークに関する重要機構を隠す為に用意されていた部屋であり、メティスはそれを知った上で開かずの間を拠点にしていた事が判明された。
開かずの間からはエフィーナが細工を施したメティスのプログラムが発見された。
学園ネットワークの中心部に直接的に仕掛けられた外部プログラムである事から、学園側は急遽大会の延長処置を取りプログラムの安全性を確認したが、単純に奇妙な写真が配布されるだけのプログラムという事が判明され、大会の継続には問題がないと発表された。後に、不正プログラム及びVR装置に不正をしたとされるメティスはエフィーナが用意した決定的な証拠映像と不正プログラムの提示により発覚し、学園側から謹慎処分が下されるがその後、メティスは自ら学園を退学し姿を消したという。
学園側にはメティスがハーミットサイバーの一員であった事、メティスがハーミットサイバーの復活を企んでいる事は一切知られずに事件は幕を閉じた。
延期されていた大会はようやく開催される事となった。 開会式を終え、二日間にわたる予選リーグを零次とエフィーナの二人は難なく突破し、見事に決勝リーグにまで進出を果たした。
そして、いよいよ学園大会のメインイベントとも言える決勝リーグ当日が訪れた。
零次とエフィーナは順調に勝ち進み、見事決勝戦にまで上り詰めていた。
準決勝までの試合が終わり、30分の休憩時間が設けられ、その間零次とエフィーナは一度デバッグルームに戻っていた。
今更プログラムの改修をするわけではないが、ここは二人にとっては第2の家のようなものでもあり、用事がなくとも自然と訪れる習慣が身についている。
決勝戦を前にして流石の零次も緊張してきたのか、大きく息を吸って深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「いよいよ決勝戦だな。 気合い十分に入れとけよ?」
「……そう、ですね」
エフィーナは何故か、何処か悲しそうな表情を見せてそう呟いた。
「ん、元気ねぇな。 どうした?」
「あ、いえ……ちょっと、寂しくなっちゃったんです」
「何でだよ?」
「もし、この大会で優勝できたらそれはとても嬉しい事だとは思うんです。
でも、逆に言えば零次と持っていた共通の目的がなくなってしまう事なんですよね……そう考え始めたら、何だか急に寂しくなって来ちゃったんです」
「おいおい、もう優勝した気分か? 何もデュエルサイバーズは学園大会だけがメインじゃねぇぜ?
もっとでけぇ大会の優勝を目指したりよ、エフィーナが新しいプログラムに挑戦してみたり、或いはお前自身がサイバーズとしてデビューとか、探せば探すほどやる事なんていくらでも出てくんだろ? だから安心して、優勝しようぜ?」
零次はしょんぼりとしているエフィーナの肩をポンッと叩くと、エフィーナは笑顔で頷いた。
「……そうですよねっ! ごめんなさい……。 でも、零次は本当にいいのですか?」
「ん、何がだよ?」
「その……私、その、悪い組織の一員だったのですよ? 本当にこんな私を、パートナーとして受け入れてくれるんですか?」
「何だ、そんな事で悩んでたのか? いいじゃねぇか、過去はどうだったかしらねぇけど今は少なくとも純粋にデュエルサイバーズでプログラミングを楽しむただのプログラム大好きな女の子じゃねぇか。
それにメティスみたいな不正プログラムを許さない奴が、俺は悪い奴だなんて思わねぇな。
だから、過去がどうだっていいじゃねぇか。 今が良けりゃ別に、気にしねぇよ」
「零次……」
エフィーナは俯きながら目尻に涙を浮かべるが、不意に零次がポンッと頭を撫でると、エフィーナは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「おいおい泣くんじゃねぇよ、その涙はせめて優勝までとっときな」
「な、ななな泣いてないですっ! 泣いてない、ですよ……」
泣いていない、とエフィーナは強がるが目からは既に大粒の涙がボロボロと零れ落ち、顔をクシャクシャにさせながらもエフィーナは笑った。
「お、おい? どうしたんだよいきなり」
「……ご、ごめんなさい。 私、凄く嬉しいんです。 こんなにやさしい零次と、離れ離れになる事が無くて……また、こうして一緒にいる事が出来て……凄く、凄く嬉しいんです」
「――ったくよ、そんな事ぐらいで泣くなよ。 俺達はパートナーだろ、二人一緒でいるなんて当たり前じゃねぇか。
ほら、もうすぐ決勝戦が始まる時間だ。 行こうぜっ!」
零次が手を差し伸べると、エフィーナは腕で涙を拭い去り、小さな手でギュッと零次の手を握り返した。
「はい、二人で絶対に優勝しましょうねっ!」
「おうっ! 行こうぜ、エフィーナっ!」
零次はエフィーナの手を握りしめたまま、デバッグルームを飛び出して決勝戦会場まで駆け出していった。
決勝戦の会場は、凄まじい熱気に包まれていた。 会場の席はほぼ満席状態で、歓声やら奇声やらが飛び交う。
観客に囲まれた中心部にはVR装置が二つ、頭上には巨大なスクリーンが設置されており、デュエルサイバーズの試合中継はそこへ映し出される。
零次は会場の中心に立つと、目の前には決勝戦の相手であるサヤが相変わらずのしかめっ面で零次の事をキッと睨み付けていた。
「ふぅん、やっぱりアンタここまで上がってきたのね。 流石は私のライバルといったところかしら」
「ケッ、まさか決勝戦の相手がお前になるとは夢にも思わなかったぜ」
「アンタとエフィーナちゃんが作り上げたゼロ=リターナの力、見せてもらおうじゃない。
言っておくけど私のアバターだって常に進化しているんだからね? いつもの私だと思ってたら痛い目見るわよ?」
「いつものお前には散々痛い目に逢わされてるっつーのっ! ま、優勝を目指しているのはお互い様だ。 どちらも悔いが残らない戦いにしようぜ?」
「フンッ、そうね。 せいぜい良い試合になる事を期待しといてあげるわ」
サヤは顔をツンとさせると、ズカズカとVR装置へと向かって歩き出す。
メティスの事件以来、零次ほどとまではいかなくともしばらく入院していた時期はあったはずなのに、サヤはまるでそんな事を感じさせない程元気だった。
最もそれは零次自身にも言える。 お互いにタフだなと、思わず笑ってしまった。
「零次っ! がんばってくださーいっ! 私、応援してますからっ!」
「零次さんには悪いですが、僕は如月先輩を応援させてもらいますよっ!」
エフィーナと夏樹が観客席から二人に向かって力強く叫んだ。
会場の歓声に埋もれる事無く、二人へ応援はしっかりと零次とサヤに届いていた。
「何よ、ニヤニヤしちゃってっ!」
「んだよ、女の子の黄色い声援受けたらそりゃにやけるだろ?」
「んーっとにもぉっ! アンタ本当ムカツクっ! 絶対に叩きのめしてやるんだからっ!」
サヤは零次を指さして物凄い剣幕で言い寄る。 零次は思わずタジタジになってしまっていた。
決勝戦を前にしてもいつもと変わらずに接してきたサヤを前にすると、零次の緊張感はすっかりと解けてリラックスできていた。
なんだかんだで代行者メティスの1件は、サヤに助けられた場面もあった。
零次が少しでも悩んでると相談に乗ってくれようとしてくれたし、サヤを巻き込むわけには行かないと一時突っぱねた時でも、独自でメティスに辿り着き零次の為に、自らを犠牲にしてまでも戦ってくれた。
我ながら、良いライバルに恵まれたなと思うと、零次の顔から自然と笑みがこぼれる。
「何ニヤニヤしながらボーっとしてんのよ、さっさとVR装置に入りなさいっ!」
「へいへい、わかってますよ」
サヤに言われつつも、VR装置に入る前に零次は応援席にいるエフィーナに向けて親指をグッと突き上げてニヤリと笑う。 エフィーナも続いて、右手を突き出し親指をグッと突き当てて返してくれた。 後は決勝に向けて、全力を出し切るだけだ。
「エフィーナ、俺は勝ちに行くぜ。 そしてお前に、優勝をプレゼントしてやるよ」
零次はボソリとそう呟くと、VR装置の中に入りデュエルサイバーズを起動させる。
その瞬間、モニターに中継映像が出力され会場が一掃に盛り上がりを見せた。 都立新宿VR技術専門高等学園、第4回デュエルサイバーズ大会決勝戦が今、幕を開ける。
『さあ、今年も多いなり盛り上がりを見せたデュエルサイバーズ学園大会決勝リーグも、残りわずかっ!いよいよ決勝戦を残すだけとなったぞぉっ!
赤コーナー近距離なら右に出る者はいない超インファイター型アバターの『ゼロ=リターナ』っ!
対して青コーナーは戦う距離も選ばず攻撃手数で相手に攻める暇を与えない『ラピス=ベレッタ』だぁっ!
両者とも今大会では凄まじい実力を見せつけた凄腕の選手、決勝戦は大いに盛り上げてくれることが期待できるぞぉっ!
さあ、大会ラストを締めくくる二人の組み合わせには一瞬たりとも目は離せないっ! 観客席大興奮は間違いないぞぉぉっ!』
会場中に実況の声が鳴り響くと、観客席からは更に歓声が轟く。 試合前にも関わらず凄まじい熱気で会場が盛り上げられていった。
『さあ、決勝リーグ最終戦……『ゼロ=リターナ』VS『ラピス=ベレッタ』、両者の運命を決めるラストバトルが、今始まるぞぉぉぉっ!! レディィィィッ!! ゴォォォッ!!』
実況の合図と共に、会場にゴングが鳴り響いた。 決勝戦で優勝を果たし、ゼロ=リターナを使ってエフィーナと共に更なる高みを目指す。
この決勝戦は決して二人のゴールではない、むしろ本当の始まりとさえ零次は感じていた。
「いくぜ、サヤァァッ!」
「全力で来なさいよ、零次っ!」
観客席が熱狂的に盛り上がる中、二人は激しく衝突した。
巨大スクリーンに映し出された対戦の映像を、エフィーナは観客席から真剣な表情で見上げる。
「絶対に負けないでくださいね、零次」
零次が戦う姿を見送りながら、エフィーナはニッコリと笑う。
これから二人、パートナーとして活躍していく未来を想像し夢を膨らませながら、エフィーナは零次の勝利を願うのだった。
最終話までお付き合い頂き誠にありがとうございます。
いかに熱く激しい戦いを伝えるか、というのをテーマに書き上げた作品となります。
零次の熱さが伝わってるといいなぁと密かに願ってます。
ここまでご愛読いただき、本当にありがとうございました。