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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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99 青い池の住人たちも冬ごもり

 冬の寒さが谷を包む。

 まだ朝の光が山々の頂に届かない頃、水面には白い霧が静かに漂っていた。

 透明な水を覆うように薄く広がった霧は、風に押されることもなく、水面をゆっくりと揺らめいている。


 やがて山の端から朝日が差し込むと、白い霧が淡い金色に染まった。

 霧の切れ間から現れた池は、青とも緑ともつかない澄んだ色を湛え、まるで山そのものが水を抱いているようだった。


「まるで天空みたいに綺麗……」

 水路の出口から外を覗いていたナキウサギの子どもが感嘆の声を上げた。


「あまり乗り出すと、あぶないぞ」

「そうよ。外は雪が積もって氷が張っているわ。落ちたら大変よ」

 両親に注意されて、慌てて一歩後ろに下がった。


 生まれて初めて迎える冬。

 寒いと注意されても、鍾乳洞の中はほんのり暖かい。

 巣穴と、この鍾乳洞は地下で繋がっている。

 行動できる範囲が狭く、ナキウサギの子どもは、外に出たくてうずうずしていた。


 やがて日が昇り少しずつ気温が上がる頃、近隣の動物たちが鍾乳洞の広間に集まってきた。

 何か特別なことがあるわけではないが、ここは水があって風を防ぐ。

 外よりはずっと暖かいし、何よりも冬の退屈を紛らわせることができる。


「おはよう。今日は特別冷えるな。夜に雪が降ったんだな」

 脇の通路から、のっそりと現れたのはクマだ。

「本当に寒い。巣穴で寝てようと思ったけど、つい習慣で来ちゃったよ」

 後ろからイノシシもやってきた。


 この地域はなぜか肉食するものはいない。

 屍骸なら食べるが、襲って食べることはない。

 古参のカラスが「神域だから」と言っていたが、本当に不思議な場所だ。


「本格的な冬になる前に、この横穴を見つけたのは、ナキウサギの大手柄だよな」

 クマの言葉にナキウサギの父親がダミ声で答えている。

「イヤイヤ、ワタシらは見つけただけで、掘ったのは旦那方ですから」


 そう、この横道を見つけたのは本当に偶然だったんだ。




 秋が深まり、冬の貯食の草もずいぶん集まってきた頃だった。

 去年まで荒地だったこの辺りは、まだまだ植物が少ない。

「今年は植物が根付くように、青い池周辺ではなるべく植物を食べない」そんな約束をみんなでかわした。もっとも、蔓延ってるアザミ、イワオウギ、クサノオウは良いらしい。

「そんな毒のある草を食べたいのはナキウサギだけだ」と笑われた。


 たしかに棘だらけだし、美味しくもないけど、使い方によっては食べられないこともない。

 特に冬の干し草に混ぜると、春まで腐らないって父ちゃんが教えてくれた。

 美味しい草は遠くまで、父ちゃんと母ちゃんが取りに行っては、戻って来て干している。

 僕と弟は二人で留守番をしながら、アザミを集めて干すのが仕事だ。


 そうは言っても、近くのものはほとんど取ってしまった。

 少しだけ足を伸ばして、僕らは探検気分だった。

 その時ふと、小さな穴を見つけた。

 元は大きな穴だったのに岩が崩れて埋まっている感じ。

 体の小さな僕たちなら、なんとか入っていけそうだった。

 しかも奥からものすごく濃厚な、キノコや苔の匂いがした。

 僕と弟は嬉しくなって、集めたアザミを入り口に広げて干すと、スキマに入って行った。


 僕たちは、匂いを頼りにどんどん進んだ。

 生まれてこの方、こんなに美味しそうな匂いに出会ったことはない。


 夢中で奥に進むと、小さな空間があった。

 この先は土が崩れたみたいで、僕たちでも入れそうになかった。

 岩の隙間から、ぴちょんぴちょんっと水滴が落ちている。

 薄い暗闇に目が慣れてくると、辺りはキノコと苔がそこかしこに生えていた。


「うわー、こんなご馳走見たことない!」

「にいちゃん、ちょっとだけ味見してみる?」

 夢中で食べて満腹になった僕たちは、そのまま体を寄せ合ってぐっすり眠ってしまった。

 奥からは、ほんのりと暖かい空気が流れてきて、快適だったんだ。




 一方その頃、お昼ご飯を持って戻ってきたナキウサギの両親は、姿の見えない二人を探し回っていた。

「やんちゃでしようがないな」

 笑いながら辺りを探していた両親だが、崩れた穴の前にアザミが干してあるのを発見して気が遠くなった。

「まさか!この奥に入ってしまったの?」

 大人のナキウサギではスキマに入ることができない。

 二人は大声で穴の中に向かって子どもたちを呼んだ。


 騒ぎに気づいて、池に水を飲みにきていたクマやイノシシ、カラスやタマムシたちが集まってきた。その中に、蟻人の風葉がいた。


「あー、やんちゃな子ウサギが入っちゃったのか……。私なら体も入るし見てくるよ。念のために、誰か葉月か仁を連れてきてくれない?」


 そういうと、長いロープを腰に巻き、端をタマムシに預けて、軽快に中に入って行った。




 カラスがひとっ飛びして、葉月と一葉を乗せて戻ってきた頃、風葉が穴から出てきた。

「二人ともぐっすり寝てて、揺すっても起きないよ。あ、心配はいらない。お腹いっぱいキノコを食べて熟睡してるみたい」

 その言葉に、ナキウサギの夫婦は座り込んだ。

 緊張が緩んだのだろう。大泣きだった。


「奥から水路の匂いがするんだよね。繋がってるかもしれないな」

 風葉の言葉を聞いて、到着した葉月が穴の周りを調べていった。

「多分、元々脇道があったんだろう。直せば、この穴も使えそうだね。蟻人じゃできないけど、クマやイノシシが掘るならね」


「水は池で飲めるし、ここから水路に行く意味があるのか?」

 クマはイマイチ乗り気ではなかったが、とりあえず子ウサギ救出のための、穴の拡張は手伝ってくれることになった。

 風葉は、ロープの端を子ウサギに繋いできたらしい。

「さすが蟻人は頭がいいな!」

 タマムシがしきりに感心している。


「じゃあ、崩さないように少しずつ岩を除けて行こう」

 葉月の指示で、動物たちが岩を運び始めた。

 そうっと慎重に、少しづつ。

 穴はかなり奥まで続いていたが、みんなが手伝ってくれた。やがて子ウサギの姿が見えてきた。ウサギの夫婦が駆け寄ると、子ウサギはやっと目を覚ました。


「やっぱり、水路に繋がってるんじゃない?奥から風が抜けてるし、キノコもほら」

 風葉が指し示した方向には、びっしりとコケやキノコ、シダも育っていた。

 体が大きくて奥に入れないイノシシが外で叫んだ。

「キノコの濃厚な匂いがする!この穴はぜひ整備するべきだ!」


 その情熱に押されて、クマも手伝うことになった。

 子ウサギを外に出してから、本格的に工事が始まった。

 深い穴といっても、元々道があった場所だ。

 イノシシとクマの手にかかると、あっという間に開通した。

「うん、天井は石灰岩が出てるし、これ以上は崩れないと思うよ」

 葉月も太鼓判を押した。


 一葉のアドバイスで、石灰岩に生えてるキノコを増えやすいよう並べたり、食べる分をみんなで分けたり、奥の水路に水を飲みに行ったり。


 みんな、この場所が気に入ったようだ。

 水路には、青い池の工事で知り合った、カエルやサンショウウオ、魚たちもいた。

「ここなら雪が積もっても、集まれるな」




 そして本格的な冬が訪れた現在。

 ここはみんなの憩いの場所だ。

 巣の中でじっと過ごすなんて、前はどうして我慢できたのだろうと、大人たちは言う。


「ナキウサギの坊主たち。今日は雪が積もっている。少しだけ遊びに連れて行ってやろう」

 キツネのお兄さんが、声をかけてくた。


 冬はまだまだ続く。

 食べるものが豊富とは言い切れないが、みんなで乗り切ろう。

 青い池の周りの住人たちは、去年までよりも心が暖かい冬を過ごしていた。



























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