98 神様の部屋で
「ここはどこですか?」
驚く絵葉に、神様は陽気に自分の部屋だと答えた。
「まあ、蟻人も入っていいよ。いつでも大歓迎」
軽い神様に怒ったのは守弦だ。
「そんな調子で許可を出すものではありません。過去同じようにクモ族に許可を出したおかげで、今や何万匹のクモ族がここに入れると思っているのですか?」
「何万って大袈裟……でもないか。夜弦は、子どもを作りすぎだったんだよ。子どもだけで何百じゃきかないでしょう?」
「クモにはツガイの習慣はありません。いくらでも増えます」
守弦の真っ当なお説教に神様はたじたじだ。
「じゃあクモ族は一旦許可を取り消して、守弦だけにする?」
「いえ、それでは私の寿命が尽きた後に困ります。長老と門番に限定していただけませんか?」
「わかった、そうしよう。蟻人は、とりあえず全員許可しておくよ。仁はそんなにたくさん奥さん作らないでしょう?」
神様の揶揄いに全く動じず、仁は真剣な顔で答えた。
「私の伴侶は蜜葉乃様、ただお一人です」
「冗談も通じない。仁くんは真面目だよね」
「真実ですから」
神様と仁の軽いやり取りに、守弦は緊張が解れたようだ。
ただ一人、横で絵葉だけが混乱していた。
「私だけが状況を理解できていないのでしょうか?」
仁が少し考えてから絵葉に答えた。
「状況を整理するから、ちょっと待ってもらえますか?」
少し考え込んでいた守弦が神様に尋ねた。
「さっきの許可の話ですが。蟻人全員に許可を出すと、この部屋を含めて特別な結界の範囲内まで掘れるようになりますが。良いのですか?」
「あー、掘るのは困るね。……どうしようかな」
神様にも良い案がないようだ。
「坑道を掘らないメンバーなら良いのかもしれません。女王、私、結葉、双葉辺りはいかがでしょうか?」
仁がいうなら問題はないだろうと、神様は特別の結界内に入れるメンバーを指定し直した。
「それで……大空洞の壁にいつのまにか結界が増えているのですが……あれは?」
守弦の質問に神様はポカンとしていたが、すぐに思い出したようだ。
「あー、最近増やした結界といえば、仙桃の種の周りかな。種を植えちゃったんでしょ?」
「はい。問題がありましたか?」
仁が不安そうに尋ねた。
「普通は地上に植えても根付かないんだけど、なんだか不思議な感じがしたから、念の為に結界を張ったんだよ」
「双葉が言うには、『種が植えて欲しがり、種が自ら場所を選んだ』と……」
「あはは、双葉は本当に面白い子だよね。植物の気持ちがわかるって、種も含まれるのか」
「最近、能力が上がっているようで、青い池に植えたキノコの状態まで、離れていてもわかると言い出しました」
この情報には、流石の神様も驚いたようで、目を丸くしている。
「それはすごいね。僕でも離れたら世界樹の気持ちはわからないのに……。まあ、仙桃の件は、見守るしかないだろう。天空の植物だ。また、天空に行った時に情報を仕入れておくよ」
一同は頷いた。仁は古の地図を広げて説明を続けた。
その結界の一つが、地下の大空洞の西の壁に影響していること。
そのせいで、大空洞から世界樹に延びていると思われる古い坑道を見つけられずにいる事を。
「たしかに、この道が開通するとみんな便利になるだろうね。冬でもカラスと連絡も取りやすいだろう」
神様はみんなに相談した。
仙桃の種には今は結界が必要だ。解除すると種は冬を越せないだろう。
蟻人に結界内への侵入許可を出せば、掘る事はできる。でも、多くの種族の目から坑道は隠されてしまう。
この坑道は、多くの種族たちが利用したいだろう。
どうしたものか……
その時、絵葉がおずおずと一枚の絵を出した。
仙桃の種を植えた周辺の詳細が立体的に書き込まれた絵だ。
「問題の種は、この位置だと思います。少し間隔を空けて二つ植えたそうです。空洞の少し西に寄った南側斜面で、空洞と比べると現在はかなり浅い位置です」
みんなは絵を覗き込んで頷いた。
「仙桃が成長して深く根を張ってしまうと困るんですが、今は浅い。結界も浅くかけていただき、まずは坑道の調査をしてはどうでしょうか?」
仁が口を開いた。
「古い坑道の状態がわからないと、対策の立てようがないですね。見つかった後なら、ルートの変更もできるかもしれません。良い案なのではないでしょうか。神様?」
「そうだね。念のために、かなり大き目に結界を張ったからね。細かい作業は苦手なんだけど、結界を浅く張り直してみよう」
神様は、絵葉の地図をじっくりと眺めていた。
「夜弦も絵が上手かったけど、絵葉の絵はなんと言うか精密だね。それでいて引き込まれそうな気持ちにもなる。素晴らしい才能だね」
急に褒められた絵葉が、頬を赤く染めた。言葉も出ないようだ。
神様は、壁の絵を案内した。
「仁には紹介したけど、夜弦の絵だよ。守弦の先祖だね。こうしてみると、よく似ているね」
皆が頷いた。守弦は照れくさそうに絵を眺めた。
「そうですか。自分の顔はよくわかりませんが。私には絵の才能もありませんし……」
「守弦は、音楽の才能があるそうです。一葉から聞いていますよ」
「才能があるかはわかりませんが、音楽は好きですね」
「そうなの?今度聞かせてよ。夜弦は歌も上手かったんだよ」
神様の言葉に、光栄ですと嬉しそうに守弦は答えた。
絵葉は、夜弦の絵に魅入られていた。
神様の分身たち、神域の生き物たち、そして神域外の風景。
神様がそっと解説してくれた。
「夜弦は暇を見つけては、神域の外に行ってスケッチを持ち帰ってくれたんだ。おかげで僕はこの星の事を色々と学べた。あの頃は、なかなか神域外まで手が回らなかったからね。まあ、今も十分とはいえないんだけど」
「神様も、旅に行かれるのですか?」
「自分で行くのはカラスに怒られるから、分身を作らないといけないんだけど……僕の分身はなぜかすぐ独立してしまう者が多くて……」
神様が仁に視線を向けると、仁が気まずそうに頭をかいた。
「まあ、またそのうちにね。神域内が落ち着いたらだね」
「そうですね。世界樹が元気を取り戻してくれれば良いのですが。神様には原因に心当たりはないのですか?」
「何度も考えたんだけどね……青い池が復活してからは、少しよくなった気がするよ。水の巡りが悪かったのかもしれないね。思い返すと、あの池の水が枯れてから少しずつ悪くなっていた気がする。あとは、土が荒れているのが気になっているんだけど……」
「ああ、この辺りは荒地が多いですね。坑道を掘る時も問題になります」
「本来、世界樹を植えた土地は、富むはずなんだけど。世界樹が大地に与える栄養が土に回っていない感じなんだよね……」
「原因は地中かもしれませんね」
「どうなんだろうね。天空で調べてわかったのは『世界樹が弱っていたら、土地も弱る。その逆もある』って事くらいだった」
「それなら、なおさらこの坑道を調べる価値がありますね」
「そうだね」
神様は地図に目を落とした。
「世界樹の下がどうなっているのかは、僕にも分からない。でも、古い坑道なら、何か手がかりがあるかもしれない」
仁は頷いた。
「では、明日からまた坑道の調査を始めましょう」
そうしてゆっくりと夜は更けていった。




