96 守ってきたもの
それまでじっと二人の会話を聞いていた双葉が言った。
「神様の分身の子孫と、神様の元分身。どっちも慎重なのはわかるけど、これじゃあ話が進まないよ。ここは、信頼し合うところじゃないかな?」
仁と守弦は、顔を見合わせて頭をかいた。
「その通りですね。私たち蟻人は『世界樹を元気にする』そのための方法を探っています。過去の病気についてもです。どちらも情報が少なすぎて」
仁が情報を開示すると、守弦がうなずいた。
「昔昔の出来事だし、病気については情報を出さないようにしたらしいので」
仁と双葉は顔を見合わせた。
双葉が守弦に迫った。
「情報を出さないようにって、どういうこと?」
「私たちのスタンスの違いかもしれないが……蟻人が一番に大事にしているのは世界樹だね?」
守弦の言葉に、仁と双葉は戸惑いながらも頷いた。
「クモ族が一番大事にしているのは、神様なんだ。そこが違う。ただ、神様は世界樹を大事にしているから、お互いに手を取り合う事はできると思う……」
そう言って、守弦はクモ族のことを話した。
昔昔、世界樹がまだ若木だった頃、神様の分身として作られたクモの夜弦。
彼は神様に代わって、各地を旅して絵を描き、たくさんの記録を残した。
当時、この神域には多くの種族が共存しており、蟻人も中心種族の一つだった。
「古い地図の坑道は、ほとんどが蟻人の設計と伝わっています。掘ったのは他の種族の場所もあるようですが。水生姜など植物の書き込みも、蟻人が活用していた素材ですね。クモ族にも使い方を教えてくれたようで、集落では今も食べています」
「他の植物っぽいのも?」
「ええ、こっちがウコン。こっちが葛。こっちは確か……なにかの芋と聞いています。今も残っているかはわかりませんし、使い方はわかりませんが」
守弦は古い地図を広げて、指差しながら話した。
「話がそれましたが……」
守弦が続けた。
地下も地上も、世界樹の神域は賑やかだった。
ある時、神様は天空に出かけて戻らなかった。
とても大事な用事だったようで、それは何年にも渡った。
使徒のカラスを中心に夜弦や、分身の血を受け継ぐカエル族も一生懸命に留守を守った。
ところがある時、天候不順が続き、地下で奇病が発生したのだ。
地下の生物は行動が見えにくい。蟻人を中心に何とかしようと手を尽くしていたようだが、夜弦とカラスが気がついた時には、すでに多くの仲間を失っていた。
生き残った生物も多くが神域を去った。その中には蟻人も含まれた。
「この地図は、蟻人の女王が最後に夜弦に託してくれたものと言い伝えられています。みんな、神様の留守を守れなかったことを恥じていました。もちろん夜弦もです」
「そんな。病気は誰のせいでもないのに……」
双葉の言葉に、守弦は首を振った。
「いいえ。分身として残っていた夜弦の責任は大きかったのです。同じく使徒のカラスも。
二人は相談して、この凄惨な死を神様の耳になるべく入れないようにすると決めました。優しい神様は、自分の不在のせいだと心を痛める。せめて、詳細は伏せようと」
「そんな。隠したって、病気は無くならない。治療法を探す方が!」
「散々手を尽くした後だったのでしょう。蟻人による記録が残されています。夜弦による記録もです。でも、解決方法は見つけられなかった。最後は地下から虫を追い出すしか、道が残っていなかったんです」
双葉は言葉が出なかった。手を尽くしても見つからない解決策。
研究者として、痛いほどわかった。
仁が口を開いた。
「記録が残っているのですね。見る事はできるのでしょうか?」
「ええ、決して神様の目に触れさせないとお約束いただけるなら、保管庫でお見せします。ただ……部屋は世界樹の下にあります。現状あなたたちでは通れる道がありませんね」
「守弦は行けるって事?」
「はい。水路と竪穴を通って。クモは糸を張って移動できますが……」
「蟻人では竪穴は厳しいね」
「明日、大空洞から世界樹に向けて、この坑道を繋げられないか工事を試みる予定です。ここが繋がったらどうでしょう?」
仁が地図で示しながら聞いた。
守弦はしばらく考えてから答えた。
「ええ、この位置まで繋がれば、大丈夫でしょう」
「工事中に保管庫を掘り当ててしまう危険はないのですか?」
「そこは神様の特別な結界の範囲内です。神様の部屋同様、許可されたもの以外は見つけることも近寄ることもできませんよ」
「もしかして許可があるとダメなのですか?」
「ああ、仁にも神様の部屋に出入りする許可が出ているのですね。どうでしょう。試した事はありませんが、念の為に近寄らない方がいいでしょう」
「クモ族は全員入れるのですか?それなら蟻人も入れてしまうのでは?」
仁の質問に守弦はしばらく考えていた。
「クモ族は過去、神様の部屋の出入りを許可されています。たしかに夜弦の血を引くものは誰でも入れるでしょう。もちろん、ほとんどの者は神様の部屋の存在さえ知りませんが。念の為に神様にお願いして、許可の範囲を変更してもらうべきですね」
「偶然ということもあるのですか?」
「わかりません。仁が許可を得た時は、あなた個人への許可?それとも蟻人への許可?」
「私への許可ですね」
「それなら、個人の許可でしょう。双葉単独で入る事はできませんね。おそらく仁か私と一緒でしか」
「え?私が一番研究に使うのに?神様に頼みたい!」
「この件は、『神様の目には触れさせない』と言いましたが『耳にも入れない』も約束してください。秘密を守れないなら、この件は無かったことに」
「いやいや、わかったから。絶対言わないから大丈夫。一人で入れないのも我慢する」
双葉の『絶対』に、仁と守弦は不審な目を向けたが、ひとまず道を繋げてからということになった。
世界樹が元気がない事。
『保管庫』が残されている事。
お互いに重大な情報を手に入れた。
この情報は、仁、双葉、守弦、使徒のカラス達のみで共有する。
外では保管庫の話はしない事を改めて約束して、仁と双葉は足早に巣に帰ったのだった。
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仁の日誌
明日、地下の大空洞から世界樹への地下道を拡げられないか調査・工事の予定。
地図の古い道が残っていなければ、この冬の一大工事となるだろう。
つつがなく工事が進む事を願う




