95 世界樹への道
「新しい坑道ですか?」
今日の仁は、葉月、絵葉に囲まれていた。
「そう。この古の地図って、発見済みの坑道よりもずっと広い。特にこの道」
葉月は西へ続く道を指した。
「これって世界樹の下に続いているよね。これはこの冬にどうしても発見したい」
「これは……先日の浸水で崩落した道ですね。あれは復旧は難しいのでは。許可できません」
「そうなんだけど、世界樹に行く機会は多い。必要な道だろう?」
仁は考え込んだ。たしかに世界樹への地下道は欲しい。
神様の隠れ家も出入り自由とは言われたが、冬の現在、行く手段もない。
けれども崩落箇所は、埋め戻す以外に選択肢がないほど危険だった。
あの辺りは地上が荒地で地盤も緩く、また大雨が降ると崩れないとも限らない。
「そのルートは許可できませんね。繋ぐとしたら、そこを迂回して泉の広場から新たに掘るか……泉の広場の警備がより難しくなりますが。もしくは別のルートを整備するか……」
「別のルートを?」
「たしかに。他にも世界樹へ行くルートは取れそうですね」
そう言って絵葉が現在の地図を並べて道を探した。
「細かな書き込みはいくつかありますが……ほとんど今は塞がっている道ですね。物流を考えるとある程度の広さも必要でしょうし」
「現状検討に値するのは……虫たちが冬越え中の大きな空洞から世界樹に続く道があるようですが」
「それは崖の上に道があるって。蟻人には使いにくいんじゃない?」
「いえ、その道は世界樹に向かっているのではなく、地上の南側の崖に出るのではないですか?」
仁の指が根っこのジャングルから延びて大きな空洞を通り、南に抜ける道を辿った。
「たしかに。もう一本、空洞から世界樹方向に延びる道が古い地図にはあるね」
葉月がそちらの道を指でなぞった。
「でも、巣からだとちょっと遠回りじゃない?」
葉月の言葉を絵葉が否定した。
「いいえ、巣から南に行った守弦の部屋から、大きな空洞に向けて真っ直ぐに新しい坑道ができています」
「あー、カエルが冬の初めに掘ったっていう道か。まだ見てないから忘れてたよ」
「少し南側にズレますが、そこを通れば世界樹に向けて、ほぼまっすぐに近いですね」
「それって、よく見たら『黒い根っこ』の近くを通っていないか?」
黒い根っこの部屋。それは根っこのジャングル、キノコ洞窟の奥にある部屋だ。
双葉に、勝手に近づくなと厳命されている場所でもある。
「カエルは知らずに掘ったんだろうけど……まあ、あの部屋まではかなり下り坂だったし大丈夫だよな?」
葉月が仁を見た。
「なんとも言えませんね。道を確認した時に特別に違和感はありませんでしたが。双葉には一応知らせておきます」
「新しい道の調査と、大空洞から世界樹に延びる坑道の調査にいこう。メンバーは……」
話し合った結果、明朝に葉月、絵葉、一葉、風葉、護葉で調査に向かうことになった。
「あくまでも調査です。危ないと思ったら諦めてください。道は他にもあるのですから」
「わかってる。明日はおやつまでには帰るから」
葉月に揶揄われ、仁は苦笑いした。
会合の終わった仁は、泉通りの研究室にいた双葉を訪れた。
黒い根っこの話を聞いた双葉が眉を顰めた。
「大丈夫かどうか何とも言えないんだけど。今からその新しい道を見に行ってみよう。仁は絵葉の地図の予備を持ってるの?」
「はい。今日、最新版にしてもらっております」
地図を広げて指で確認しながら、双葉が言った。
「あの部屋は結構深いところにあるけど、黒い根っこは部屋の上部に這ってた。黒い根っこが新しい道に露出していなければ良いんだけど」
「とりあえず今からいきましょうか。一時間もかかりませんし」
二人はまず、門番の守弦の元を訪れた。
仁が守弦と双葉を引き合わせた。
「はじめまして守弦。一度お話しをしたいと思っていました」
「こちらこそ双葉。植物に関する天才だと聞いていますよ」
「天才ではありませんが……地図のこと、過去の病気のこと、色々と伺ってみたいことがあるんです」
「私でお答えできることなら何でも」
「話は後にしましょう。まずは現場の坑道を見に行きませんか?」
仁の言葉に守弦が聞き返した。
「現場とは?何かあったんですか?」
仁と双葉は顔を見合わせたが、仁が説明を始めた。
「これは、広めないで欲しいのですが。世界樹が少し弱っているようで」
「世界樹が弱っている?前回の嵐と水没で?」
「いえ、神様が言うにはもっと前から元気がなかったと」
守弦は初めて聞く情報に驚いているようだった。
「原因は?」
「神様にもよくわからないそうです。何となく元気がないとしか」
「そうか」
「以前私たちの調査で、たまたま地下で黒く変色している世界樹の根っこを発見したのですが、その位置がこの前カエルが掘った坑道辺りなんです」
「それは危険な根っこなのか?」
「ダメでしょう、あれは。おそらくカビか、未知の菌か……危険すぎて調査もできません」
双葉の言葉に守弦はショックを受けたようだったが、やがて口を開いた。
「カエルの行動を止められずに申し訳なかった。私も一緒に見にいこう」
念入りに見回った結果、新しい坑道には問題はなかった。
世界樹の根っこが露出している場所もない。
三人は胸を撫で下ろしながら、守弦の部屋に戻ってきた。
邪魔の入らぬよう奥の部屋に案内し、ドアを閉めた。
仁がゆっくりと口火をきった。
「では、改めまして、私の自己紹介から。私は雄蟻人の仁。神様の分身として誕生しましたが、女王蟻人と結ばれまして……双葉は私たちの二番目の娘です」
「神様の分身?貴方もですか?あ、いいえ、私は違います。ただ、その血は引いております」
明かされた話の重大さに、守弦は戸惑っているようだ。
「ええ、夜弦の子孫ですね」
「そこまでご存じなのですか」
「先日、神様から聞かされました」
「その通りです。南の山のクモの集落は、ほとんどが夜弦の血を受け継ぎ、使命を全うするために存在する一族ですから」
「使命ですか。門番とも関係が?」
「もちろん。一番重要なお役目だと自負しております」
守弦が誇らしそうに答えた。
仁はそんな守弦の様子を見極めようとしていた。
神様は、夜弦を信頼しているようだった。ただ、子孫の守弦を知っているわけではないだろう。守弦は信頼に値するクモなのだろうか。
クモ族と秘密を共有することに、問題はないのだろうか。
「門番というのは、どういうお役目なのでしょう?」
「ここは『世界樹の神域』です。おかしな生物が入ったり、問題が起きないよう一帯を警備しているとお考えください」
「警備ですか」
「ええ、ここには世界樹だけではなく、神様のお部屋もありますから」
「そのこともご存じなのですか?」
「もちろん。夜弦が神様と暮らした場所です。クモ族にとって聖地とも言えます。部屋には私は入った事はありませんが、一族の言い伝えですよ」
「聖地ですか」
「ええ、夜弦は世界樹の根元で眠っておりますからね」
「そうだったんですね。クモ族の言い伝えを聞かせていただく事はできますか?」
「……それを知って、どうするおつもりですか?」
仁が一瞬答えに詰まった。
「それは……」
守弦は答えを急かさず、じっと仁を見ていた。
その時、仁は気付いた。
仁が守弦を見極めようとしているように、守弦も仁と双葉を観察していることに。
沈黙が部屋を支配していた。




