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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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94/130

94 記録ってなんだろう

 双葉は行き詰まっていた。

 謎の奇病の研究は、進んでいない。

 なにしろ手がかりが無さすぎるのだ。


 一葉の周囲の虫たちにも聞いてもらったが、

「綿のような物が生えてきて、死んでしまう病気」

「硬い体の虫が地中に行くとかかるって聞いて育った」

「かかった虫を見たものはいない」

 出てきた情報は、その程度だった。


「お手上げだね……先に世界樹が、元気がない理由を探った方がいいのかもね……」

 泉の広場の研究室で独り言を呟いていると、久しぶりに絵葉が訪ねてきた。


「なんか久しぶり。絵葉は、クモの糸紙とインク開発に夢中だって聞いたけど」

「はい。見てください!」

 そう言って取り出したのは、蜜葉乃と仁の肖像画だった。

 キャンプの時の絵だろうか。仲良く寄り添い笑っている。

 クモの糸紙は、木の枠にピンと張って固定されており、そのまま壁にかけられそうだ。


「いい絵だね。ついに完成か。おめでとう」

 双葉の言葉に、絵葉の顔が曇った。

「それが……一見素晴らしいのですが、三日もするとインクが取れてしまうんです」

「なるほど。絵が定着しないのか」

「はい。黒いインクは問題ないのですが、色インクはほとんどダメなんです」

「どの紙に描いても?」

「いえ、このクモの糸紙の時だけです」


「透明な樹脂を表面に塗ったら?」

「紬葉が、色々な素材を試してくれたのですが……上手くいかなくて」

「触ってもいいかな」

 双葉は絵を手に取った。


「そもそも、この色の粉……」

 双葉が指先で色インクをそっと擦ってみる。

「これ、紙にくっついてるんじゃなくて、ただ乗ってるだけじゃない?」


 絵葉がハッと目を見開いた。

「黒インクは、炭に何か混ぜていましたっけ?」

「樹脂を少しだけね。そもそも炭は細かいから色がのりやすいんだ。色インクは同じようには考えない方が良い」

「細かい?色インクは引っ付けるための樹脂だけじゃ足りないってことですか?」


「推測だけど、この紙は表面が滑らかすぎるのかもしれない。乾いたら顔料が浮いて剥がれているんじゃない?もしくは、クモの糸の撥水性かもね」

 双葉は少し考えてから付け加えた。

「紙側に、絵を描く前に何かをひくか……もしくは色インクにクモの糸紙と相性のいい何かを足すかだろうね」


「相性ですか……」

「例えば、紙がクモの糸で出来てるんだから、クモの糸を足してみたら?」

「クモの糸をですか?」

「クモの巣って張ってる時、ベタベタ引っ付く糸と引っ付かない糸が交わっているでしょ?」

「え?そうなんですか?」

「そうだよ。まあそれで、引っ付く糸を配合してみるのは面白いかもね。もちろん糸のまま入れたらいけないよ。クモの糸そのものを細かくして混ぜる……いや、それだけじゃ邪魔になるかも。クモの糸から何か粘りのあるものが取れないかな」

 絵葉は、急いでかきとめた。


「双葉はすごいですね……こんな一瞬で解決策を見つけるなんて」

「いやいや、ここから試行錯誤するのが大変なんじゃない?」

「いえ、すごいです。いつも巣のための大発明をして。それに比べて、私は何をしているんでしょう」

「いやいや、絵葉の絵はすごいでしょ。葉月も認めている」

「葉月はすごいです。パッと頭で閃いて、グングン掘って。私は書き留めているだけで……」


 思い詰める絵葉の様子を見て、双葉が言った。

「ちょっと絵を置いて、こっちに座って。新しい飲み物ができたから味見しよう。甘いお菓子もあるよ」

「また新たなお酒を作ったんですか?」

「この前、掘り当てた水生姜だよ。どうやって使うか試行錯誤中なんだけど。すりおろして蜂蜜を加えて置いといたら、お酒じゃない飲み物ができたんだよね……」


 双葉がコップに注いだ。一見水のようだが、底から泡が湧き出してくる。生姜の香りもした。絵葉は、飲んで大丈夫なのかと躊躇していたが、双葉が飲んだのを見て、思い切って口をつけた。

「痛い!?」

 口の中で何かが弾けてすぐに消えた。甘くて刺激的な後味が残った。


「面白いでしょ。甘くてぱちぱちするジュースだよね。仁が炭酸って言ってた」

 双葉が笑う。

「お酒にするはずが、どうしても上手くいかなくて。葡萄や桃なら簡単にお酒になるのに何でだろうね」

「違い……甘さですか?」

「どうだろう。それでね、やけになって水を入れて放置したら……これになったんだよね」


 新たに双葉が注いでくれたコップに入った液体は、うっすら黄金色だった。

 絵葉は恐る恐る口をつけてみた。

「今度はぱちぱちしませんね。辛口のお酒?」

「二、三日前までは、ぱちぱちしてたんだけど。収まったらお酒になってたんだ。不思議だよね。最初のジュースとの違いは水を入れただけ。何が何だか、さっぱりわからない」

「たしかに。薄めたらジュースになった、の方がまだ理解できそうです。水を入れたらお酒に?」

「目に見えない『何か』があるんだろうね。いつか解明できると良いんだけど、今は『作り方』を発見して記録するだけだよね」

「記録ですか……」

「そう。記録って大事だよ。手がかりがないと、解決策の考えようもないからね……」


 二人はジュースをそっと飲んだ。

「私の絵の記録もいつか役に立つ日が来るのでしょうか?」

 絵葉が消え入りそうに呟いた。

「そりゃくるよ。実際、この水生姜は過去の地図から発見したんでしょ?」

「あ!」

 そうだった。クモの守弦に借りた古の地図があったからこそ、掘ってみたのだ。


「しかも、わざわざ地図に残すほどの食材なんだから、何か重要なものなんだろうね。昔は何に使ったんだろう。流石に主食ではないと思うんだけど」

「水生姜を主食にするのは考えにくいですよね。クモって水生姜食べるんですかね?この地図はクモ族が作ったんですか?」

「守弦が貸してくれたから、クモ族のものだと思ってたけど……そう言われるとクモって坑道掘らないよね?」

「掘っても少しですよね。この長大な坑道を掘るとは考えにくいですね……」

「そもそも、この地図の坑道を掘ったのは誰?」

 双葉は考え込んだ。


 絵葉も横で考え込んでいた。自分の特技「絵を描くこと」に最近疑問を感じていたのだ。

 自分は皆の役に立っているのか、と。

『記録』

『後世に伝えていく』

 そんな言葉が浮かんでは消えていった。


 しばらくそれぞれで物思いに耽っていた二人だったが、やがて同時に顔を上げた。


「聞きに行ってみるしかないね」

 双葉の言葉に、絵葉が首を傾げた。

「聞きにですか?」

「考えてもわからない。もう一度一葉か、仁に聞いてみて、ダメなら守弦に聞きに行ってみる。情報を集めないとね」

「そうですね。私もまたインク作りに行き詰まったら、双葉に聞きに来ても良いですか?」


 絵葉の問いかけに、双葉が笑った。

「もちろんだよ。聞きたいことがなくても、いつでも遊びにおいで」

 そう言って、水生姜の甘いお菓子を包み、絵葉を部屋から送り出した。


 病気のことも、お酒のこともわからないことばかりだ。

 まずは過去の記録を集めて回ろう。

 情報あつめは得意分野ではないが、幸い今はすぐ近所に他種族たちが集まっている。

『世界樹が病気を悪化させるかもしれない件』は漏らせないが、その他の事は外交の得意な一葉の力を借りるのも良いかもしれない。


「でもまずは、水生姜のお酒の記録を整理しないとな。本当に原理が不明すぎて混乱する」

 双葉はそう一人ごちながら、地下のお酒の製造所に向かって行った。



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