93 宝物の地図
外は冷たい風が吹きすさび、地上には採集に行かなくなった。
地上採集班は、ゆっくりと過ごす……わけではなく、今年は坑道係を手伝う日が多かった。
秋に集めたものの整理が終わらず、巣の拡張を余儀なくされたからだ。
今日も、泉通りの倉庫街を整備の為、風葉率いる子蟻達が呼ばれて集まった。
先に来ていた葉月と絵葉が、何やら真剣に話し合っている。
「おはよう二人とも、難しい顔してどうしたの?」
風葉が尋ねると、二人が顔を上げた。
地図を見て話合っていたらしい。
クモの守弦から複写させて貰った、周辺地図だ。
「おはよう風葉。ここに湧き水の表示があるだろう?風呂を作った辺り」
葉月が地図を指差した。
「そうだね。今は泉通りの風呂や実験室、警備室もあるよね」
「この横の空間を掘って、巣の本部と倉庫街を繋ごうと思うんだけど……古い地図に謎の絵があって」
「謎の?本当だ。なんか植物かな?でも、地下にも根っこのような何かが描かれている?」
「特別な植物なのかな。風葉に心当たりはありますか?」
絵葉の質問に風葉は地上の風景を思い浮かべた。
第一出入り口の周りは、豊かと言うほどではないが。それなりに緑はある。
大きな木はなく、草むらや花が多い。
でも、特別美味しい蜜や実があるかと聞かれると……
「ないな。クモ族にとって大事なものなのか?一葉は……今日は楽器作りに連れて行かれていなな」
「聞きに行くにも時間がかかる。とりあえず掘ってみるか。今は、もうないかもしれないし」
葉月の決定で、今日の作業が動き出した。
早速倉庫から、本部の巣の方に掘り始めたが、一時間も経たないうちに葉月が言った。
「これはダメだ。思った以上に水が出る」
「湧き水の出る辺りです。多少の水気は出ると思っていましたが。今出ている湧き水はほんの一部だったんですね……」
絵葉も、水分量に驚いているようだった。
吹き出すと言うほどではないが、掘り出す土は水気が多い。
「ここは、とても倉庫になんてできないな。今日は一旦解散にしよう」
葉月の決定で、子蟻たちは「お休みだー!」と歓声をあげ、散らばって行った。
「どうするべきか……」
葉月が考えていると、風葉が言った。
「素人考えだけど、この地図の植物の位置って、本部から掘る方が近そうじゃない?あっちから試しに掘ってみたら?」
「確かに……ここなら今はアブラムシ牧場の近くでしょうか?」
絵葉の見立てに、葉月も同意した。
「それでも、そこそこ距離はありそうだけど。水がこれだけあるなら、上手くいけば水路が引けるかもしれない。かなり地表に近いし、無理はできないけど行ってみるか」
アブラムシ牧場についた三人は、地図と壁を見ながら相談を始めた。
絵葉の作った現在の地図と、複写した古の地図を広げ、葉月が壁を見て、叩いて回る。
「この辺は、水が出てる感じはしないんだよな」
「今までも、問題になったことはありませんからね」
換気坑を見て、風葉も言った。
「ここは地表に近い階だし、換気もいい。水が多少あっても乾くだろう?」
「換気坑か。確かに、ここは特に気をつけてるな」
「水の心配がないなら、横穴を掘ってみますか?絵では、この方向に植物があると思います」
絵葉の提案に、葉月は少し考えた。
「いや、直接掘って万が一にも水が出るとまずい。アブラムシに影響するかも。脇道を一旦掘ってから、植物方向に掘ろう」
「仁の大事なアブラムシ牧場ですからね。念には念を入れましょう」
「結局、本格的だけど、まあ手伝うよ」
風葉が笑いながら言った。
三人は一旦、牧場の隣の倉庫に移動した。
奥の壁からなら、何かあっても被害が少ない。
そう判断して、まずは巣の壁に水平に坑道を掘り、そこから目的地に向かって掘って行った。
葉月の掘削は速くて正確だ。
土の状態を見極めて、的確に掘っていく。
風葉が土を運び出し、絵葉は地図と見比べながら、高さと方向も考えていた。
細い坑道だが、ずいぶん掘った頃。風葉が、触覚を動かして辺りを探り始めた。
「なんだか不思議な匂いがする」
葉月が振り向いた。
「不思議な匂い?」
「そう。土に混じって爽やかなような、鼻がスウっとするような?」
「わからないな。掘り進めて大丈夫かな?」
「危険ではないと思うけど」
その言葉で、葉月は掘削を再開した。
しばらく掘ると張り巡らされた細かなヒゲ根が現れた。
「匂いの正体はこれか。なんかの根っこだな」
葉月の言葉に、風葉と絵葉が近づいて確認した。
「間違いなさそうだ。この根っこを辿って掘ってみるか」
「かなり地表に近いです。気をつけてください」
慎重に根っこを辿って上に掘ると、膨らんだ地下茎が現れた。
下に引っ張ると、蟻人よりも大きな細長い塊が採れた。
どうやら茎は枯れているらしい。
「こっちの方が香りが強いな。
風葉は、匂いを確認した。
「根っこの張り方からみて、あちらにもこちらにも生えているのでは?」
絵葉の言う通りだった。
「食べられるかどうか不明だ。とりあえず一つだけ食堂に運んでみよう」
葉月は、地下茎を採った穴を土で埋め、手早く坑道の幅を拡げていった。
掘った穴よりも、地下茎の方が大きかったからだ。
風葉と絵葉が二人がかりで運んだ。
本部の食堂では、ちょうど千葉夜が昼食の準備をしていた。
千葉夜は突然持ち込まれた未知の地下茎に眉を顰めた。
「毒かどうかもわからないものを食堂に持ち込むなんて!」
「い、いや、爽やかな良い香りだから食べられるかと思って……」
「まずは研究班に持って行って確認でしょう!」
「ごめんなさい」
「ちいねえちゃんの言う通りです」
「ここが近かったからつい……」
その時、偶然双葉が通りかかった。
「双葉!助けて。これは食べられるかな?」
風葉がの呼びかけに、双葉が地下茎に近づいてそっと手を当てた。
「うーん。毒はなさそう。美味しいかどうかは食べてみないと。見たことのない植物だね。芋でもなさそうだし、球根でもなさそう」
「毒がないなら、ここで洗っても良いですよ」
ようやく千葉夜の許可が出た。
風葉と絵葉が、流しに地下茎を下ろし、土を落として洗い始めた。
その時、うっかりと硬い指先で地下茎に傷をつけてしまった。
「いけない!引っ掛けた」
辺りに、強い香りが充満した。
「爽やかな匂い……」
双葉が染み出す液を指先で掬い、味見した。
「辛い!ピリピリする。毒はないけど、食べられないね」
その言葉に、千葉夜が慌てて蜂蜜を差し出した。
「これを舐めて辛みを和らげて」
「ありがとう、ちいねえちゃん……あれ?美味しい」
「まあ、蜂蜜ですからね」
「違うよ。この汁と蜂蜜がめちゃくちゃ合う」
「えっ?」
千葉夜は半信半疑で地下茎の汁を器に集めると、蜂蜜と混ぜてみた。
風葉が手を挙げた。
「わたしが試してみる」
そう言って、一瞬躊躇した後、一気に匙を口に入れた。
「……確かに。ピリッとするけど爽やかで、その後甘さが広がる」
「だよね。しかも、なんか体がぽかぽかしてこない?」
双葉が嬉しそうに言った。
その言葉で、みんなが次々と味見をした。
「喉が痛い」
「すっとする」
「でも甘さと合う」
それぞれが感想を口にしていた。
千葉夜は少し考えてから、地下茎を潰して汁を搾り、蜂蜜と混ぜるとお湯で溶いた。
「これは飲み物にどうかしら?」
「ちいねえちゃんは天才ですね!」
絵葉の言葉にみんなが頷いた。
双葉が少し考えて、風葉に言った。
「これ、お酒にできないかな?」
「辛口のお酒ができたら最高!」
「すりおろして作る?それとも薄く切って?」
「両方試す価値があるだろう!」
二人共、新たな酒造りの可能性に情熱を燃やしはじめた。
「子蟻用にジュースの分も確保してくださいね!」
千葉夜が言うと風葉が慌てて答えた。
「もちろん優先的に持ってくるよ!」
みんなに笑いが広がった。
「まずは坑道に戻って、どれくらい採れそうか確認するか。道幅も拡げておかないと収穫しにくいな」
「そうですね。水に気をつけて、計画的に掘らないと。地上に繋がってしまうと冷気が巣に流れ込みます」
「水の多い土壌が好きなのかもしれない。下で湧き水を使うのも慎重に様子を見ながらにしないといけないな」
葉月と絵葉が相談を始めた。
「はいはい。まずはお昼ご飯を食べてから」
そう言って千葉夜が昼食を並べ始めた。
新たな食材の発見に皆が喜んだのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
仁の日誌
本日坑道係が、新しい食材を発見。
クモ族の地図に描かれているとのことで、早速守弦に確認に行った。
地下茎は「水生姜」といい、調子が悪い時に甘味と共に水に溶いて飲む薬として伝わっているそうだ。
この地図の場所では採集していないが、クモ族の集落では昔から伝わる食材とのこと。
クモ族の伝承は素晴らしい財産だ。
巣の中に群生地が見つかったのは喜ばしい。
今後の活用法を考えたい。
最近、全ての食材を酒にできないかと試す熱意がすごい。
特に双葉、葉月、一葉、護葉はお酒が好きなようだ。
蜜葉乃さまは、甘めのお酒がお好みのようだ。




