91 クモの一族
パーティの翌日、会議に呼ばれなかった一葉は、門番のクモの元を訪れていた。
「昨日は見張りをありがとう。私たちばっかり騒いでごめんね」
「これが私の仕事ですから。お気になさらずに」
「まあ、気分だけでもって思って。蟻人特製のお酒を持ってきたんだ。一緒にどう?」
お酒は好きなのか、クモがソワソワした。
「と言っても、作り始めたばっかりで、まだ若いお酒だけど。味見したら結構美味しかったんだ」
そう言って、カップを差し出した。
「では遠慮なく」
「「乾杯」」そう言ってカップを合わせた。
「そういえば、クモって名前はないの?クモ族は名前をつけない?」
「いいえ、実は……私にはあります」
「私には?」
「はい。門番に任命された者には、名が与えられるのです」
「もしかして、門番って名誉なの?」
「それはもちろん。一番の名誉ですよ」
クモは、とても誇らしそうに笑った。
「じゃあ、名前を教えてよ。それとも秘密とか?」
「大丈夫ですよ。私は、守弦と申します」
「しゅげん……かっこいい名前だね。そう呼んでもいい?」
「もちろん」
二人はお酒を傾けながら、お互いの種族の話をした。
守弦の話すクモ族の話は興味深かった。
南の山に、女中心の集落があること。
男たちは一定の年齢になると各地に散らばること。
時々帰ってきて、子孫を増やすこと。
みんな、手先が器用で色々な物を作っていること。
「へー、自分の奥さんとか子どもとかっていう考えはないんだ」
「そうですね。集落の女子どもは、全て守るべき家族です」
「大家族なんだね。守弦は、なんで門番に選ばれたの?」
「……それは秘密です」
「秘密かぁ。それは暴けないな」
そう笑って一葉は話題を変えた。
「そういえば、守弦はカエルの演奏を聞いたことある?私たちは昨日初めて聞いたんだけど。蟻人族も楽器を作って練習しようって盛り上がっちゃって」
「もちろん。クモ族とカエル族は盟友ですから。クモ族も一緒に演奏することもありますよ」
「え?そうなの?守弦も演奏できる?」
「もちろん。門番ですから」
そう言うとクモは、一本の枝を取り出した。
八本の脚で器用にしならせると、両端に頑丈な糸を張って弓形に固定した。
その隙間を埋めるように、次々と先ほどよりしなやかな糸を張っていった。
「ほら、完成」
そう言って脚で掻き鳴らすと、ピンとした切ない音が響いた。
「では一曲」
そういうと、旋律を奏で始める。
名は聞かないで 私は旅人
描きしものは 美しき花
貴方に出会うためだけに
今日も彷徨う 我の心
遠く離れて思うのは
その瞳に映る 我が姿
月が昇れば 風に乗せて
貴方のしあわせ願い歌う
旅の先から想いを込めて
一筆ごとに 焦がれゆく
明日はいずこか 知らねども
今宵は貴方の そばにある
遠く離れて思うのは
その瞳に映る 我が姿
月が昇れば 風に乗せて
貴方のしあわせ願い歌う
歌が終わっても、一葉は心を奪われたように動けなかった。
ふと周りを見ると、いつのまにかカエルたちに囲まれている。
「出たよ。女たらしの歌!」
「一葉、騙されたらいけないよ」
「ピュアな一葉に、なんて曲を聞かせるんだい!」
口々にカエルたちが言った。
「でも、一晩だけでもって気持ちになっちゃうんだよねー」
「甘い声に竪琴の音色。まるで催眠術だよね」
たしかに……一葉が目をぱちぱちさせて正気に戻った。
「凄いですね。色々と……」
「代々伝わる歌なんです。『三日月の下で』という題名なんですけどね」
守弦が、頭を掻きながら言った。
「いい曲ですね。想いが伝わってくる」
「簡単な楽器です。参考に差し上げましょう」
夜弦はそういうと、枝をもう一本取り出して、手早く糸を張った。
「枝はしなやかで柔らかすぎず硬すぎず。中空のものを選ぶんです」
「中空のもの?」
「そうです。中が詰まっていると、音が響きませんからね。あとは、糸も数種類差し上げますから、色々張って試してみるといいでしょう」
「ありがとう。助かります」
「歌の次は贈り物かい?」
「一葉、本当に騙されたらダメだからね!」
「みんなで見張らなきゃ!」
ワイワイガヤガヤといつの間にか、カエルたちの手でお酒や食べ物が運び込まれていた。
パーティ二日目が始まったようだ。
陽気な音楽とお酒で、今日も盛り上がっていくのだった。




