89 歌い継がれる想い
「神様、気軽に仙桃を配るのはやめてください」
仁の忠告に、神様は軽く手を振って答えた。
「わかってる、わかってる。今日は特別だよ。冬を無事に乗り越えられるようにね!」
そう言って仁にも飲ませる。
いつも通り軽い。
音楽に合わせて手を叩き、口笛を吹く。
曲の歌詞を口ずさんでいるのには、驚いた。
「神様、この曲を知っているのですか?」
「うん、昔は時々カエルの池にお邪魔したからね」
「カエルの池に?」
「そうだよ。ここより南の山の麓に大きな池があって、カエル一族が住んでいるんだ。それはそれは陽気な一族で、演奏も聴かせてもらったよ」
神様は昔を懐かしんでいるようだった。
「今でもそこに住んでいるんじゃないですか?この間、そんな話を聞いた気がします。とても寿命が長い一族だそうですよ」
「……そうなんだね」
なぜか神様が寂しそうに見えた。
そういえば、神様のことを何も知らないな。
天で一緒に過ごしたのも、ほんの一週間くらいだった。
宮から出ることもなかったし。
ちょっと神様の事を聞いてみようか?
そう思ったが、何から聞けば良いのか……
「私の他にも分身がいるんですよね?カエルの一族にも?」
突然の質問に神様の表情が固まった。もしかして聞いてはいけなかったか?
すぐに神様は笑顔に戻った。
「そうだね。昔昔の事だけどね。今の分身は君だけだよ。いや、君ももう分身じゃなかった」
「『恋に落ちたら独立してしまう』でしたか」
「正確には違うんだ。『心に強い衝撃を受けると独立してしまう』だよ。良いことも悪いことも全部含まれるんだ」
笑っている神様がなぜか寂しそうに見えて、それ以上聞くことができなくなった。
神様が、巣の様子を聞いてきたので、私はそれに答えた。
夜が更けていき、楽しいパーティも終わりに近づいたのだろう。
銀色の横笛を持ったカエルが曲を吹き始めた。
それに合わせて、別のカエルがゆっくりと静かに歌い始めた。
荒れし水路に 倒れしを
助け出したる その時に
なぜか目を そらせざり
これは何かと 惑いたり
好きですと 迷いなく言う
君の心が まぶしくて
近づくなと 拒みしは
傷つくことを 恐れたから
幾たびも 側にあれば
凍てし心も 解けてゆく
共に生きんと 誓う夜
恐れは失せて 想いのみ
神様は懐かしそうに曲に聴き入っていた。
きっと良い思い出なのだろう。
私はゆっくりと仙桃酒を傾けた。
曲は続いている。
共に在りし 想い出の日々
授かりし身よ いとおしく
笛の調べに 永遠の想いを
命果てても 貴方のかたわれ
最後のフレーズを歌い終わり、後奏に入った。
ふと神様を見て驚いた。
神様が号泣?慌てて手を伸ばした瞬間!
僕は神様と一緒に転移してしまったらしい。
白い石灰岩の鍾乳洞のようだ。
机やベッドなど家具も整えられ、大きくはないが立派な部屋だった。
神様はしばらく号泣していたが、僕を見て涙を拭き、人間サイズに戻った。
「ごめんごめん。うっかり連れてきちゃったね」
「ここはどこですか?」
「僕の家だよ。この星に来た時に作ったんだ。天空にいることも多いけど」
「素敵な部屋ですね」
「ありがとう。最初の頃はここに住んで、世界樹の世話をしていたんだよ」
「ここは世界樹の近くなのですか?」
「そう。世界樹の西側。みんなが近寄れないようになってるから、隠れ家だね」
僕は部屋を見回した。
白い壁に、木の家具が多く、優しい雰囲気の空間だ。
上部が抜けている壁がある。昼間は日光もさすのだろう。
「ああ、あそこは明かり取りと、カラス達が出入りする穴だよ」
「カラスが出入りするのですか?」
「紹介してなかったっけ?一番大きくて偉そうなカラスは、僕の神使なんだ」
「神使とは?」
「僕と永遠に一緒にいてくれる友達かな。無愛想だけど、いいヤツだから信用していいよ」
「寿命が永遠ということですか?」
「天空の生き物だからね。いつか世界樹が枯れて僕が天空に戻る時も、一緒に着いてきてくれる……多分」
「多分ですか……」
「ここでお嫁さんを貰って、子どもも生まれているからね。先のことはわからない。まあ、世界樹はまだまだ枯れないはずだから」
神様は壁の絵を指さした。
神様の手の大きさほどの絵が何枚も飾られていた。
「この子は忍。きみと同じく『ジン』って読むんだ。僕が最初に作った分身」
絵の中の彼は、双子としか思えないほど、神様そっくりの姿をしていた。
「僕が未熟だったせいで、うっかり禁忌を犯してしまうわ、心を傷つけてしまうわ。本当に彼には迷惑をかけた。とても優しい子でね。カエルと恋に落ちて一緒になったんだよ。今日会ったカエルたちは、忍の子孫も多いだろう」
そう言って、横のカエルの夫婦の絵を見た。
「分身は一度だけ、姿を変えられるんだ。カエルと一緒になるっていうから驚いたけど、幸せだったんだろうね。素敵な歌だった」「あの曲は忍が作ったのですか?」
「そうだと思うよ。笛も彼女にあげたものだ。代々大事に使ってくれて嬉しい」
共に在りし 想い出の日々
授かりし身よ いとおしく
笛の調べに 永遠の想いを
命果てても 貴方のかたわれ
私は四番の歌詞を思い出した。
恋の歌かと思っていたが、神様への歌なんですね……
神様が号泣した理由がわかった気がした。
「忍は幸せだったと思いますよ」
僕の言葉に、神様がまた泣き出した。
「横は、カラスの一家ですね。可愛いお嫁さんだ」
僕の言葉に、涙を拭きながら神様がクスッと笑った。
「この子は僕の二人目の分身で千代。カエルの池の偵察のために分身を作ったのに、カラスがたった一晩で口説き落としてお嫁さんにしちゃったんだよ。ひどいと思わない?」
僕もクスッと笑った。
「まあ、カラスだけど、おしどり夫婦で何よりだね。彼女は今も元気だよ」
神様が満足そうに言った。
そう言って次の絵に移動した。
「こっちは夜弦。見ての通りクモなんだけど、彼はびっくりするくらいの色男でね。スケッチの旅に出ては子グモを連れ帰るものだから、南の山はクモだらけだよ。色んな種類の」
「もしかして、門番っていう彼ですか?」
「夜弦は長生きしたけど、僕が看取ったんだ。門番の彼は子孫だろうね。ああ見えて、色男かもしれないよ」
「いやぁ、彼は真面目そうですよ。大丈夫でしょう」
「夜弦だって真面目そうだったよ……クモ族はツガイの概念がないらしいけど……山でどうやって暮らしてるか一度聞いてみないとね」
「他は、世界樹の成長や、過去の神域で暮らした生き物達の絵だね……」
「蟻人もいますね」
「僕は一度しか会ってないけど、一族で暮らしていたって聞いているよ」
「なぜ、いなくなったんですか?」
僕の質問に、神様は考えていた。
二人で椅子に戻ると、神様はお酒を出してくれた。
「これは天空から送ってきた米のお酒。仙桃の飲み過ぎはダメだからね」
そうしてしばらくコップを傾けていたが、神様が口を開いた。
「正直な所、僕もよくわからないんだ。ちょうど留守にしていた期間で。カラスも、他のみんなも口が重い。無理矢理聞き出すのもね……」
そう言いながら酒を継ぎ足した。
「わかっているのは、地下に奇病が流行ったことだ。体から綿のようなものが出るらしい。体の硬い地下の虫に発症した。世界樹の実を食べさせると悪化したと報告を受けている」
「世界樹の実ですか?」
「世界樹の実は食べた者を元気にしてくれる。手足がもげても治るくらいのね」
「万能薬ですね」
「違うよ、よく覚えておいて。世界樹は悪い虫や菌も元気にしてしまうことがある」
「……なるほど。それは重要ですね。菌類も元気にする。たしかに双葉の研究結果とも合致します」
「菌糸マットだね。そう、植物になら世界樹の根っこでも効果があるようだ」
私はふと思い出した。
「そういえば、女王さまの椅子の材料が世界樹の枝らしいんですけど……」
「そうなの?世界樹が枝を落とすって珍しいね。いや、蟻人サイズか。僕たちにとっては枝とも呼べないな」
「根っこも、蟻人サイズですね。神様から見たら糸屑くらいでしょう」
「たしかに。それで女王さまの椅子がどうかしたの?」
「あの椅子、座るだけで癒されます」
「座るだけで?」
「座った瞬間に疲れが吸い取られて、眠気が押し寄せてきて。その後スッキリ目覚めるんです」
「そうか……実じゃなくても効果があるのか。今まで誰も枝や根っこ食べないよね……いや、気付かずに食べていた種族もいるのかな」
「この情報は双葉に共有しても?」
「そうだね。仁が必要と思う子には伝えて。でも、大っぴらにはできないね。世界樹が狙われるかもしれない」
厳重に管理する約束をした。
「さあ、そろそろ帰りなさい。仁は、ここに自由に出入りしても良いよ」
そういうと、神様は私を巣に転移させてくれた。




