86 神様との秘密の時間
その夜遅く、仁は執務室で巣の警備計画を考えていた。
「隣人と仲良く巣を守る」
その方針は素晴らしいし、異存はない。
ただし、巣を自分たちで守ることも同じくらい大事だと、仁は考えている。
「今は人員も力も足りませんが、できることはやっておかなくては……」
そう一人呟いたつもりだったのだが……
「そうだね。蜜葉乃ちゃんを護らなくちゃね」
「……神様。やっと質問に答える気になりましたか?」
「質問?何かあったっけ?」
軽く答えた神様だったが、仁の怒った顔を見て慌てた。
「冗談だよ。何が聞きたかった?」
そう返されると、何から聞いたら良いのか悩んでしまった。
あまりにも急激に事態が進んだせいだ。
いつのまにか青い池の工事が始まり、敵だと思っていたクモが現れたかと思えば、実は言葉の行き違い。
それどころかクモは門番。そもそも門番ってなんだ?結界とは?
本当にクモは信用できるのか?
過去の蟻人はなぜいなくなったのか?
綿が体から出る奇病とは?
仁の心を見抜いたように、神様はゆっくり話し出した。
「昔はこのあたりに、たくさんの生き物が助け合って生きていた。これは前にも言ったよね」
「はい。地上も地下も他種族で溢れていたと」
「そう。ここは世界樹の護る神域なんだ。世界樹が根っこを張り、枝や葉を広げ護っている。この土地に住む善良な生き物たちもね」
「だから結界が?」
「いや、その結界は私が張ったんだ。世界樹を護るためにね」
「神様が?」
「私も全てを知っているわけではない。むしろ細かいことは知らないと言っても良い。私が見守る世界は広大だからね」
「そうなんですね」
「私が知っているのは、仲良く暮らしていた地下世界に奇病が流行り、蟻人が頑張った。でも次々と死んでいく仲間や友人に耐えきれなくなり、心を閉ざしてしまった。その時に、蟻人の能力を預かったんだ」
「それが他種族との言語能力……」
「まあ、そうやって彼女たちを護ろうとしたつもりだったんだけど。彼女たちは出て行ったんだ。ここはその名残りの地だよ」
「蟻人が掘った坑道なんですね」
「いや、他の種族も掘ってたと思うよ。みんなで暮らしていたようだ。昔昔のお話だよ」
神様は一息つくと、話を続けた。
「蟻人は世界樹の重要なパートナーの一員だった。彼女たちが去った後に、私が結界を張ったんだ。地下に生物が入らぬように。病気の件も解決していなかったからね」
そう言った神様は、寂しそうに微笑んだ。
「だから私を送り込んだのですか?」
その質問に、神様はキョトンとして笑った。
「いやいや、前にも言ったけど、それは本当に予想外で。そもそも世界樹の元気がないから見に行って貰おうと………」
「世界樹の元気がない?神様はそれを知っていたのですか?」
「いやいや、なんとなくそんな感じがするような気がしただけで……」
「なんとなくで分身は作りませんよね」
「いや、まあでも、みんなには言わないで。世界樹のことは。みんなが気にするから」
珍しく真面目な顔の神様がいた。
「……神様が言うと、確かに大事になりますね。双葉が同じ事を言ってましたけど」
「双葉ちゃんは良いよね。すごい能力だよ。カラスも少し意思疎通できるみたいだけど、また違った感じだよね」
「カラスも?そういえば、青い池の工事の時『水流して』って世界樹に伝えたって。
本当に伝えられるんですか?比喩じゃなくて?」
「まあ、一番大きいカラスは神使だからね。子どもたちは私の分身の血筋だし」
「神様の分身の血筋?私と同じような存在という事ですか?」
「まあね。他にもいるよ。クモの一族もだし、カエルの一族にも」
仁は次々と明かされる事実に頭を抱えた。
「そんな重要な事をなぜ今まで言わなかったんですか……」
「いやぁ、クモのことは気づいたのが最近なんだよ。この前、クモと話して気づいたというか……」
「クモと話したのですか?」
「だって、当時のことは、僕もよくわからないんだ。この広い世界の小さな小さな蟻人やクモのことだよ?しかも昔昔の。神様は、なんでも知っていて解決できるわけじゃないんだよ」
たしかにそうかもしれない。
仁は理解した。
神様は助けてくれる存在ではない。
見守ってくれる存在なのだと。
「まあ、できることは助けてあげたいと思うから、時々手を貸すんだけど、なぜか上手くいかないんだよね……」
神様の助け。数々の苦い思い出が蘇った仁は慌てて言った。
「神様は見守っているだけで、みんな嬉しいのですよ」
「そう?でも時々は応援を……」
「いいえ、見守って下さるだけで十分です」
「そう?仁くんがそういうなら、見守るとしよう。
病気の件は、本当にわからないんだ。最近は皆が地下に出入りを始めたようだから気をつけて」
「そうですね。他の虫たちにも、巣と同じ安全対策を勧めてみましょう」
「巣の安全対策?」
「はい。怪しいものを巣に持ち込まない。探索から帰ったらお風呂で清潔に。ですね」
「お風呂!良いね。冬にはなおさら喜ばれるだろうね。僕も今度入らせてね」
そういうとどこからか桃を出し、すうっと消えていった。
「帰るね。これでお酒作ると美味しいよ」
そう言い残して。
「仙桃のお酒って……健康長寿になりますよね」
仁はしばらく天を仰いでいたが、決意したように頷いた。
「病気が流行った時のために、作っておくのもいいかもしれません」
こうして密かに、仙桃のお酒が作られることが決まったのだった。
とりあえず、すぐに危機が訪れる可能性は低いようだ。
少なくともカラスとクモは、信用できるのだろう。
クモとは一度ゆっくり情報交換しよう。
そんなことを考えていると、蜜葉乃がやってきた。
いつまでも戻らない仁を心配して、迎えにきたようだ。
仁は蜜葉乃の手を取ると、ゆっくりと部屋を後にした。




