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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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86 神様との秘密の時間

 その夜遅く、仁は執務室で巣の警備計画を考えていた。


「隣人と仲良く巣を守る」

 その方針は素晴らしいし、異存はない。

 ただし、巣を自分たちで守ることも同じくらい大事だと、仁は考えている。

「今は人員も力も足りませんが、できることはやっておかなくては……」

 そう一人呟いたつもりだったのだが……


「そうだね。蜜葉乃ちゃんを護らなくちゃね」

「……神様。やっと質問に答える気になりましたか?」

「質問?何かあったっけ?」

 軽く答えた神様だったが、仁の怒った顔を見て慌てた。


「冗談だよ。何が聞きたかった?」

 そう返されると、何から聞いたら良いのか悩んでしまった。

 あまりにも急激に事態が進んだせいだ。


 いつのまにか青い池の工事が始まり、敵だと思っていたクモが現れたかと思えば、実は言葉の行き違い。

 それどころかクモは門番。そもそも門番ってなんだ?結界とは?

 本当にクモは信用できるのか?

 過去の蟻人はなぜいなくなったのか?

 綿が体から出る奇病とは?


 仁の心を見抜いたように、神様はゆっくり話し出した。

「昔はこのあたりに、たくさんの生き物が助け合って生きていた。これは前にも言ったよね」

「はい。地上も地下も他種族で溢れていたと」

「そう。ここは世界樹の護る神域なんだ。世界樹が根っこを張り、枝や葉を広げ護っている。この土地に住む善良な生き物たちもね」

「だから結界が?」

「いや、その結界は私が張ったんだ。世界樹を護るためにね」

「神様が?」

「私も全てを知っているわけではない。むしろ細かいことは知らないと言っても良い。私が見守る世界は広大だからね」

「そうなんですね」


「私が知っているのは、仲良く暮らしていた地下世界に奇病が流行り、蟻人が頑張った。でも次々と死んでいく仲間や友人に耐えきれなくなり、心を閉ざしてしまった。その時に、蟻人の能力を預かったんだ」

「それが他種族との言語能力……」

「まあ、そうやって彼女たちを護ろうとしたつもりだったんだけど。彼女たちは出て行ったんだ。ここはその名残りの地だよ」


「蟻人が掘った坑道なんですね」

「いや、他の種族も掘ってたと思うよ。みんなで暮らしていたようだ。昔昔のお話だよ」

 神様は一息つくと、話を続けた。


「蟻人は世界樹の重要なパートナーの一員だった。彼女たちが去った後に、私が結界を張ったんだ。地下に生物が入らぬように。病気の件も解決していなかったからね」

 そう言った神様は、寂しそうに微笑んだ。


「だから私を送り込んだのですか?」

 その質問に、神様はキョトンとして笑った。

「いやいや、前にも言ったけど、それは本当に予想外で。そもそも世界樹の元気がないから見に行って貰おうと………」

「世界樹の元気がない?神様はそれを知っていたのですか?」

「いやいや、なんとなくそんな感じがするような気がしただけで……」

「なんとなくで分身は作りませんよね」

「いや、まあでも、みんなには言わないで。世界樹のことは。みんなが気にするから」

 珍しく真面目な顔の神様がいた。


「……神様が言うと、確かに大事になりますね。双葉が同じ事を言ってましたけど」

「双葉ちゃんは良いよね。すごい能力だよ。カラスも少し意思疎通できるみたいだけど、また違った感じだよね」

「カラスも?そういえば、青い池の工事の時『水流して』って世界樹に伝えたって。

 本当に伝えられるんですか?比喩じゃなくて?」

「まあ、一番大きいカラスは神使だからね。子どもたちは私の分身の血筋だし」

「神様の分身の血筋?私と同じような存在という事ですか?」

「まあね。他にもいるよ。クモの一族もだし、カエルの一族にも」

 仁は次々と明かされる事実に頭を抱えた。


「そんな重要な事をなぜ今まで言わなかったんですか……」

「いやぁ、クモのことは気づいたのが最近なんだよ。この前、クモと話して気づいたというか……」

「クモと話したのですか?」

「だって、当時のことは、僕もよくわからないんだ。この広い世界の小さな小さな蟻人やクモのことだよ?しかも昔昔の。神様は、なんでも知っていて解決できるわけじゃないんだよ」

 たしかにそうかもしれない。


 仁は理解した。

 神様は助けてくれる存在ではない。

 見守ってくれる存在なのだと。


「まあ、できることは助けてあげたいと思うから、時々手を貸すんだけど、なぜか上手くいかないんだよね……」

 神様の助け。数々の苦い思い出が蘇った仁は慌てて言った。

「神様は見守っているだけで、みんな嬉しいのですよ」

「そう?でも時々は応援を……」

「いいえ、見守って下さるだけで十分です」


「そう?仁くんがそういうなら、見守るとしよう。

 病気の件は、本当にわからないんだ。最近は皆が地下に出入りを始めたようだから気をつけて」

「そうですね。他の虫たちにも、巣と同じ安全対策を勧めてみましょう」

「巣の安全対策?」

「はい。怪しいものを巣に持ち込まない。探索から帰ったらお風呂で清潔に。ですね」

「お風呂!良いね。冬にはなおさら喜ばれるだろうね。僕も今度入らせてね」


 そういうとどこからか桃を出し、すうっと消えていった。

「帰るね。これでお酒作ると美味しいよ」

 そう言い残して。


「仙桃のお酒って……健康長寿になりますよね」

 仁はしばらく天を仰いでいたが、決意したように頷いた。

「病気が流行った時のために、作っておくのもいいかもしれません」


 こうして密かに、仙桃のお酒が作られることが決まったのだった。


 とりあえず、すぐに危機が訪れる可能性は低いようだ。

 少なくともカラスとクモは、信用できるのだろう。

 クモとは一度ゆっくり情報交換しよう。


 そんなことを考えていると、蜜葉乃がやってきた。

 いつまでも戻らない仁を心配して、迎えにきたようだ。

 仁は蜜葉乃の手を取ると、ゆっくりと部屋を後にした。





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