85 みんなの冬じたく
足早に巣に戻った仁、一葉、葉月の三人は、まず結葉と護葉、絵葉を呼んでから女王室に向かった。
女王室でクモの地図をゆっくり丁寧に広げた。
それは古いが立派な巻物で、それぞれに感嘆の声を上げた。
「なんと詳細な」
「張り巡らされた坑道?」
「こんなところに、地下水路の出入り口が?」
「坑道って世界樹まで続いているの?」
「美しくて滑らかな紙!クモの糸でできてるのでしょうか?」
クモから借り受けた古の地図は、艶やかで柔らかく、インクの掠れもない。
世界樹一帯の坑道が精緻に書き込まれており、水路や地上との接続口も記されていた。
これを見ると、現在発見されて使っている坑道が、全体のほんの一部でしかないことがわかる。
中でも、巣から西に伸びて泉の広場へ至る道は、そのまま真っ直ぐに世界樹まで繋がっていた。
蜜葉乃の巣は、張り巡らされた坑道の東の端に存在するようだ。
「今でもすべての道が残っているかはわからないけど……」
葉月の言葉に、絵葉も同意した。
「そうですね。泉の広場周辺はかなり調査済みです。この道は崩落を確認していますし、ここは先日の水没時に塞ぎました」
皆で地図に見入っていたが、仁が気を取り直して言った。
「詳細は今後調査するとして、今回は水路との出入り口の確認と、巣の防衛を話し合いましょう」
「そうですね。すでに他種族が空洞での冬籠りを決めたのでしょう?」
蜜葉乃も頷いた。
「今のメンバーが、王国に何かするわけはないと思うけど、今後誰が来るかはわからないからね。青い池が復活して以来、地上は住人が急増しているんだ」
「一葉の情報網は、今後ますます重要になりますね」
仁が少し考え込んでいた。
「水路との出入り口が、キノコ洞窟の脇と、こっちは泉の広場の真下か……」
葉月が地図を辿った。
絵葉も、自分の地図を並べて確認しながら言った。
「間違いないですね。青い池に真っ直ぐ繋がってます」
「まあ、あれだけの水が流れているんだから、地下に川があるのは当たり前だな。絵葉が予想した通りだったか」
葉月は、泉の広場の周辺を指差した。
「ここの出入り口は、マズイな。この一帯に倉庫街を作ったばかりだ」
結葉も大きく頷いた。
「ここに、ほとんどの物資が集まっています。今後はどこか分散させることも考えなくては危険ですね」
「この地図を見てしまうと、我々の防衛がいかに穴だらけなのかを思い知らされる……」
護葉が頭を抱えて言った。
深刻な空気が立ち込める中、一葉が手を上げた。
「でもさ、今は味方もたくさんいる。南側は、クモや空洞にいるタマムシを信頼していいんじゃない?水路も工事で協力したメンバーがたくさん住んでる。頼っていいと思うよ」
「たしかに……」
部屋の空気が和らいだ。
「疑って警戒に力を入れるよりも、今は味方を増やして協力する方が良いですね」
蜜葉乃が言う言葉に、皆が頷いた。
結葉が話をまとめた。
「南側の警備は、クモにお願いしましょう。たね広場より南側は、巣の範囲外ということでいいのではないでしょうか?」
「たね広場も、いろんなものが吹き込んで来るということは、穴が空いてる。侵入を防げないね」
葉月が言った。
「そうです。そのかわり、この道の防衛ラインを、現在の位置より南側に移動します。『泉通り倉庫』を守る形で護衛室を新設しましょう」
「たね広場よりも北、泉通りの倉庫よりも南の位置ね。了解」
葉月と絵葉が顔を見合わせ頷いた。
「同じく、根っこのジャングルやキノコの洞窟も、侵入を防げないでしょう。巣から西に伸びる道との合流地点に、小さ目の警備室を一つ」
「そうだね。この経路は道も狭いので、侵入しにくいとは思うが、倉庫街に一番近いから」
葉月の意見に、護葉が付け加えた。
「根っこジャングルあたりの地形はまだ把握しきれていない。今はその案でいいが、警備を考えると、この地域は巣に取り込んでいくべきだ」
「そうですね。今後の検討課題としましょう」
「最後に泉の広場ですが、今やここがメインの出入り口でしょう。ここの警備は今まで通り厳重に。地下の水路への接続は、警備が固まってから検討ですね」
結葉の言葉に皆が頷いた。
「何よりも、泉の広場近くから世界樹まで延びる道があるんだよな……」
地図を辿りながら、葉月がつぶやいた。
「一旦守りを固めてからでないと、道をつなげるのは……」
護葉は続きを飲み込んだ。
皆同じ意見だった。
未知の空間には憧れる。
だが、まだ自分たちの手には余る。
葉月は、「泉通り南の護衛室」の整備の後、巣全体の配置の見直し。
護葉は、警備人員の配置。
絵葉は、古の地図の複写。
一葉は、他生物たちとの情報交換。
仁は、クモとの折衝。
結葉が皆の調整。
それぞれ優先的に動くべき事項が確認できた。
解散後、仁は早速クモの元に脚を運んだ。
クモは約束通り、水路に近い坑道に新たな巣と張り、見張りについていた。
坑道の脇に手頃な空洞を見つけ、部屋としても整えたらしい。
水路への道は、カエルたちの手ですっかり整えられていた。
同じく元あった空洞への坑道も、幅を広げて整えられていた。
タマムシ夫婦も、広くなった坑道を通り、水路に来ていた。
二人は仁の姿を見て、手をふった。
「いやぁ、すっかり便利になったね。良い冬ごもり先になりそうだ」
「冬の間、お隣さんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カエルも坑道に上がってきた。
「さっきは、急に岩を動かして申し訳なかった。お詫びにこれを」
そう言って、幾つかの小さな巻貝を差し出した。
「これは『呼び貝』といって、子どもたちの玩具なんだが。良かったら使ってくれ」
教えられるままに、息を吹き込んでみると「ボーーー」と低い音が響いた。
「これは、初めて見ましたが面白い。ありがとうございます」
仁は興味深そうに眺めた後、大事そうにカバンにしまった。
「気に入ったのなら、また探してくるよ」
ちょうどその時、一葉が双葉を連れてやってきた。
二人は腕いっぱいに夜灯り苔を運んでいた。
「通路や空洞に少し植えようかと思って」
一葉の言葉に、虫たちも喜んだ。
「地下がどんどん快適になっていくね」
「冬が楽しみになってきた」
皆が力を合わせれば、厳しい冬も楽しく過ごせそう。
そんな予感を感じさせた。
厳しい冬は、すぐそこまで近づいていた。
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仁の日誌
今まで蟻人だけだった地下の世界に、他生物が共存することになった。
巣の地下を水路が通っているとは、考えたことがなかった。
思いがけない展開ではあるが、信頼のできる隣人を歓迎しよう。
もちろん、巣の警備は重要だ。
大至急、新体制に移行する予定。
クモから借りた古の地図も興味深い。
過去にどのような王国が栄え、なぜ消えたのだろうか。
この冬は地下の世界が忙しくなりそうだ。




