83 知恵を集めて冬支度
秋が深まりを見せていた。
世界樹の周辺の生き物たちは、寒い冬に備えて動き回っていた。
蟻人たちも例外ではなく、今日も探索班が大忙しだった。
「一気に採集地点が増えましたね」
「去年は巣の東側を中心に採集してたけど、今年は西側の世界樹の辺りも豊作で」
「北側の青い池周辺も、急激に緑が拡大しています」
「おまけに、治療のお礼に次々と贈り物が届いていますし」
「地下の採集は冬でもできる。今は地上に集中しよう」
嬉しい悲鳴だった。
一方地下では、葉月の設計で毎日せっせと収納庫を掘り続けていた。
泉の広場から続く、泉通り沿いは、日々景色が変わっていった。
単なる坑道だった通りには、側道が次々に掘られ、一大倉庫街となっていた。
結葉は各部署の調整に追われて、てんてこ舞いだった。
「整理は冬にゆっくりするとして、とりあえず掘って詰めましょう」
採集して、掘っては詰めて、採集して、掘っては詰めて。
ついに研究班にまで声がかかった。
「もう、私だけじゃ手が回らないの。実験は中止して、片付けを手伝って」
結葉の依頼で、紬葉、双葉、本葉が倉庫に呼び出された。
「変な匂いがする」
本葉が入るなり辺りを嗅ぎ回った。
「こんなに詰め込んだら腐るでしょ」
紬葉があきれて倉庫の中を見回した。
「とりあえず収納してから、後で分けようと思って……」
結葉の言い訳を聞いて、紬葉が宣言した。
「倉庫への運び込みを一旦中止。地上の物資は、泉の広場に集めて」
このままでは、食べ物を腐らせてしまう。
今日明日の採集は、食べ物以外に限定して続けることにした。
紬葉はまず、葉月を呼び出して相談した。
「キノコをカラカラに乾かして保存したら長持ちするの。
干すための風通しの良い穴を至急掘ってくれないかしら?」
葉月はしばらく考えていたが、思い出したように言った。
「彩葉が染め物する時に乾燥に使っている部屋を拡張するのはどう?」
「良いわね。できれば素材ごとに分けたいから、隣に幾つか掘ってくれる?」
早速葉月が作業に取り掛かった。
「キノコだけじゃなくて、果物や木ノ実も干せるんじゃない?」
「そうね。リスやクマも余ったら干して巣にしまってたね」
双葉と一葉の意見で、干す食材を乾燥室近くに集めることにした。
「クモの糸もかなりあるわね。燃料用の枝も。あとは樹液に、干せない果実。木ノ実、綿に繊維、樹脂…………」
「やっぱり、なんか変な匂いがするよ」
本葉がまだ鼻をクンクンさせて、触覚を動かしている。
「もう腐り始めているのかしら」
そう言いながら、紬葉は次々に運び込む部屋の指定をしていった。
クモの巣は、紬葉と彩葉の織物部屋に。
樹脂は研究班の倉庫に。
この辺りの倉庫は燃料用の枝専用、繊維専用、綿花専用。
食堂に近い、あの辺りの倉庫は食べ物を集めましょう。
順番に樹液、花粉、どんぐり、地下茎……と分けていき、ふと山葡萄の実を集めた壺を覗いた。
「なんか変な匂いが、ここからする。いや、良い匂いかも?」
本葉がそう言って、止める間もなく潰れた実を一粒食べた。
「美味しい!」
そう言いながら数口食べて、ゲラゲラ笑い出したかと思うと、パタリと倒れた。
「え!ちょっと!本葉大丈夫?」
紬葉が大慌てで駆け寄ると、本葉は眠っていた。
中で潰れた果汁が独特の香りを放っていた。
「毒……じゃないよね」
双葉の言葉に、ちょうど物資を運びこんでいた一葉が、匂いを嗅ぎ、味見して頷いた。
「これお酒でしょ。この前、熊が飲ませてくれたわ。果実や蜜からも作れるって言ったけど……」
「お酒?どうやって作るの?」
初めて聞く知識を双葉は聞き逃さない。
「ブドウは簡単って言ってたよ。木の容器に潰したブドウを入れて、涼しい所にしばらく置いておけばできるって」
一葉の言葉に目を輝かせた。
「紬葉!」
「わかってます。作りたいなら、この地下の部屋が涼しいですよ」
「ついでに、もう一つ。蜂蜜に水と葡萄の皮入れといたら、蜂蜜酒になるって蜂が言ってたけど」
一葉が情報を追加する。
「葡萄の皮でいいの?それなら子蟻用にジュースを絞った後の皮でいけるかも……」
「ジュースを加熱する作業場も必要ね」
慌てて紬葉が部屋を割り当てる。
「入れ物の方が足りないんじゃない?」
一葉に指摘されて、双葉は悩んでいたが、ふとどんぐりに目を向けた。
「お酒はどんぐりの殻か帽子で試してみるね!」
早速、双葉が子蟻たちと共に、山葡萄とどんぐり、それから果汁の多い果物数種類を運んで行った。
「……まあ、冬なら酔って寝ちゃっても良いよね」
紬葉が言うと、一葉も同意した。
「お酒って飲むとポカポカするし、冬には良いんじゃないかな」
ちょっと作れば良いかな、と気軽に考えていた紬葉の予想は大きく外れることになる。
この後、試作品を味見した葉月がひんやりした部屋を拡張。
一葉が山葡萄を大量に採集。双葉と本葉が味を研究。
酒好きの蟻人が一丸となって、どんどんお酒の種類も量も増えていくことになる。
「まだまだありますね。傷みやすいものは保存方法を考えないと」
紬葉が悩んでいると、一葉が言った。
「クマが、蜂蜜漬けにしたら大抵のものは腐らないって言ってたけど……」
「大雑把な情報ね」
「クマだからね……」
「全部お酒にするのは困るわね。木ノ実や種の一部を蜂蜜に漬けてみましょうか。それ以外はそのまま置くものと、中身を出して粉にするもの、煎ってしまうもの。みんなで加工していきますか」
「クモの糸や綿、蔓を編むのは冬の手仕事ね」
「今年は去年の何倍も大変」
「人数も巣の大きさも、何倍、いや何十倍になったからね」
一葉と結葉は、去年のこじんまりとした王国に想いを馳せた。
女王さまと仁のすぐ側で、過ごしていた毎日を。
妹たちのために採集に走り回り、それでも冬越えの食料が足りるのか不安だった日々を。
「本当に大きくなりました」
結葉の言葉に反応したのは、本葉だった。
ムクっと起き上がると、辺りを見回した。
「私って、大きくなった?それになんでここで眠っていたのかな?」
今日も王国には、笑い声が響いていた。
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仁の日誌
冬備えが始まった。
当初混乱もあったが、それぞれの能力を活かして、順調に進みだした。
誰か一人の知識ではない。
世界樹の麓で集めた、みんなの知恵が王国を豊かにしていた。
特筆すべきは、酒造りであろう。
神様のもとで味わったことはあったが、王国で造る日が来るとは感慨深い。
蜜葉乃さまも、試飲を喜んでいらっしゃった。
完成が待ち遠しい。




