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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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82/130

82 緑を紡ぎはじめた糸

 研究室念願の「菌糸マット」が完成した。

 いや、すでに完成はしていたが、大量栽培に成功した。

 泉の広場には、菌糸マットが一面に広がっていた。

 このままでは、広場の床全てを覆い尽くす勢いだ。


 双葉と本葉は喜んで、毎日せっせと世話をしていた。

 苦情を受けて、現地を見にきた仁が司令を出した。

「これ以上増える前に、地上に移植してきてください。大至急」


 二人は「せっかくここまで育てたのに」 と抵抗を見せたが、紬葉が冷静に言った。

「そもそも地上の緑化のための開発でしょう」


「そうだった。忘れてた」

「早速地上で育てましょう」

 二人は早速動こうとしたが、

「いいえ、まずは第二出入り口にある、大きな枝の影に移植するって決めてありましたよね」

 紬葉がため息をついた。



 菌糸マットを抱えて地上に上がると、いつものタマムシやカラスが遊びに来ていた。

 ここは最近、すっかり休憩場所となりつつある。

 いつものように、一葉も混じって、今日は怪我したトンボの羽を治療していた。


「青い池に水が戻ったと聞いて。嫁さんを探しがてらこっちに移ってきたんだ」

 トンボが自己紹介してくれた。


 みんなで挨拶を済ませると、突如タマムシのお悩み相談が始まった。

「一葉、青い池に水が戻ったのはいいけど、崩れかけて脆いところもあってさ。何とかならないか?」


 一葉は、双葉に尋ねた。

「固め苔って、岩を固められるよね?」

「一時的には固まると思うけど、水の力に負けないかなぁ?試してみないとわからない」

「見に行ってみる?」


 相談していると、本葉が言った。

「水の側なら、菌糸マットがいいんじゃないの?」

 双葉が目を輝かせた。

「石灰岩の池か。水と石灰岩があるって、もはや菌糸マット栽培所なのでは?」

「あの池、水は最高だけど緑が少ないのが難点なんだ。植物が増えるなら大歓迎」

 トンボも賛成のようだ。


「やってみないとわからない」

 双葉と本葉の主張に負けて、結局紬葉、一葉と共に青い池に向かうことになった。


 いつも通り、カラスが運んでくれた。


 青い池は、今日もたっぷりの水を湛えていたが、よくみると確かに石灰岩の小さな欠けから、水が細く漏れていた。

「修理してから水を貯めたつもりだったけど、あちこち漏れてるね」

 一葉が言った。


 双葉が今度はタマムシの背に乗せて貰い、あちらこちらと飛び回って調べていた。

「これは菌糸マットに理想的な環境だな。

 ここは日当たりが良すぎる。固め苔と石灰岩で影を作ってから植えればいい。

 だんだんと石灰岩の隙間に菌糸が入り込み、強固な岩になるね」


「飛び出してる裏の菌糸を岩の隙間に入れると、定着しやすいと思うよ」

 本葉がアドバイス通りに植え付けながら言った。


 大きな青い池のあちらこちらに、小さな小さな菌糸マットが植えられた。

 目を凝らしても、ちょこんと蟻のサイズのキノコが生えているだけだ。

 けれども皆の頑張りで、運んできたマットは全部植え終わった。


「増えすぎた菌糸マットの移植先が見つかってよかったわ」

 紬葉が胸を撫で下ろして言った。

「相変わらず、双葉と本葉の暴走には苦労させられるね」

 一葉が紬葉の肩をそっと叩いた。




 その日から二週間ほどが経過した。

 この数日、雨が降り続いたこともあり、第二出入り口に植えた菌糸マットは、順調に範囲を広げて地面にも定着し始めていた。

 キノコが増えて、その隙間を柔らかな苔の絨毯が覆いはじめていた。


「いい感じに広がってきた。下の荒地にも菌糸が根付いてしっとりしている」

 本葉は毎日水をやりながら、満足そうだ。


 そんな朝、双葉がふと呟いた。

「青い池に植えたキノコが呼んでる気がする」

 みんな意味がわからなかったが、植物に関する限り、双葉の言うことに間違いはない。

 早速カラスに頼み、青い池に向かう事にした。


 カラスは、洞窟から水の流れ出る、一番上の池の辺りに、そっと降りた。


 早速、双葉と本葉がこの前植え付けた菌糸マットの状態を見に走った。

「崩れそうだった岩は、しっかり固定されているよ」

 本葉があちこち叩いて確認した。


 辺りを見回した双葉は、その変化に言葉を失っていた。


 菌糸マットの周囲では、柔らかな苔が石灰岩を包み込むように広がり、その隙間から小さなシダが顔をのぞかせていた。岩肌には地衣類が張り付き、あちらこちらに色とりどりの茸が傘を広げている。


「小さな菌糸マットが、こんなに変化する?」

 遅れて気づいた本葉が、辺りを見回しながら呟いた。


「先週来た時は、ここまで増えてなかったけど……」

 一葉も周りを確認して回った。


 その時だった。

 辺りを渡る風がふわりと冷たくなり、空を流れていた雲がゆっくりと陽射しを隠した。


「雨かな?」


 誰かが空を見上げた直後、ぽつり、と石灰岩に雨粒が落ちた。


 ぽつ、ぽつ……。

 やがて雨粒は数を増し、青い池の水面に無数の波紋を描いていく。


 乾いていた石灰岩はゆっくりと色を濃くし、地面は雨を吸い込むようにしっとりと潤っていった。


 一同は慌てて岩陰に避難した。

「にわか雨かな」

 一葉の言葉通り、まもなく雨が上がり、太陽が再び姿を現した。


「綺麗」

 雨上がりの潤んだ空気の中、大きな虹が青い池に淡く映り込んでいた。

 一同はしばらく言葉もなく、その光景を眺めていた


 その変化は、突如始まった。


「見て!」

 双葉が地面を指差した。


 白い菌糸が石灰岩の隙間を縫うように伸び、その周囲では小さな茸がぽつり、またぽつりと傘を開いていく。

 苔は雨を含んで鮮やかな緑へと変わり、その隙間からは小さなシダが次々と葉を広げ始めた。


「さっきより増えてる……」

 本葉が目を丸くした。


 誰の目にも分かるほどの速さで、菌糸マットは青い池の周辺大地へと根を広げていた。

 みんな言葉もなく、その神秘的な成長の姿をただ見守っていた。


 やがて太陽の光に照らされて、雨の気配が消える頃、植物たちの成長も止まった。



「菌糸たちが頑張ってくれたんだ」

 双葉は、かがみ込んで周りの土の状態を確認した。

 まだ植物の生えていない場所も、以前よりもふっくらとしたように感じた。


 いつかこの土地全部が緑に覆われるかもしれない。

 そんな予感に胸を膨らませた朝のひと時だった。


 ーーーーーーーーーーーーー

 仁の日誌


 菌糸マットの実用化に成功。

 第二出入り口周辺の緑化が順調に進んでいる。

 土の表面に菌糸がしっかりと張り、脆かった地盤に力が戻った部分も見受けられる。


 今後は第一出入り口付近にも広げる予定。


 青い池周辺は、より定着率が良いとの報告あり。









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