73 先に繋がった細道
その日は早朝から、みんな異変を感じていた。
なぜかはよくわからないが、そうしないといけないと本能が告げていた。
仁の指示で 巣は総出で第一出入り口を塞ぎ、壁を強化した。
第二出入り口は、枝で入り口が守られているが、念のため盛土を足した。
朝降り始めた雨は一日中止むことはなかった。
夜には風が吹き荒れ、雨は強くなり、空には時折稲妻が走った。
次の日になっても嵐は収まる気配がなかった。
ちっぽけな蟻人が外に出れば、あっという間に吹き飛ばされるであろう。
第二出入り口の大きな木の枝の影から少しだけ触覚を出して、風葉は外の様子を探っていたが、諦めて巣に戻った。
「今日は外に出るのは無理だな」
「外がダメならキノコの洞窟にでも行くか」
答えたのは一葉だ。
地上探索班長の一葉が地下探索に行ける機会は少ない。
まだ見たことがないキノコの洞窟に行く機会を狙っていたのだ。
二人で行く準備をしていると、聞きつけた本葉もやってきた。
「私も行ったことがないよ。ぜひ連れて行って」
こうして今日は三人でキノコ洞窟に向かうことになった。
「実は探索に行くのは初めて」
本葉はウキウキした様子を抑えきれないようだった。
「仁ならこう言うな。危ないことをしてはいけません。危ない物に近づいてもいけません」
一葉が仁の声真似をした。
「大事なのは、おやつまでには帰ること! だろ」
風葉も笑いながら言った。
「まあ、行き慣れた地下のキノコ洞窟だし、危険も少ないと思うけど」
初めての洞窟行きに、一葉のテンションも高かった。
二人に挟まれて歩く本葉もどんどん楽しくなっていった。
巣を西に進むと坑道が二股に分かれる。右に行くと「泉の広場」。今回は左の道を進む。まっすぐ緩い下り坂が続き、やがて道が崩落しているのだが、その途中の左の壁に、根っこのジャングルの小さな入り口が開いている。
三人は根っこのジャングルを抜け、キノコ洞窟に続く最後の下りの一本道まできた。
急に風葉に緊張が走った。
「なんかいつもと違う。ここからは慎重に」
石灰岩の滑りやすい道を三人は慎重に進んだ。
先程までの軽口は嘘のように風葉が先頭を進み、本葉を挟んで一葉が後ろからフォローした。
「これは……今日は入れないな」
キノコの洞窟に着いたが、床が浸水してしまっていた。
天井から滴る水で、あちこちに蟻人の身長よりも高く水が溜まっている。
「仕方ないな引き返そう」
一葉もそう言って元の道を進んだ。
念願のキノコ洞窟を前に本葉は心残りだったが、天候には勝てない。
未練を振り切って歩き出した。
「なんだか嫌な予感がする」
風葉が足早に進んだ。
根っこのジャングルを抜けて坑道に戻ろうと思ったその時だった。
風葉が叫んだ。
「ヤバい!根っこの上に上がれ!」
三人は慌てて引き返し、天井から垂れ下がるヒゲ根を掴むと、盛り上がった根っこによじ登った。それと同時に、濁流が床に流れ込んできた。
「危機一髪」
目を見開いて本葉が言った。
「本当に危なかった。何が起きたの?」
一葉が周りを見回した。
風葉は、ヒゲ根を手がかりに、高所を辿って出口の方に偵察に向かった。
「巣とは反対側の崩落した坑道から水が流れ込んだようだ。これ以上は増えないようだけど、坑道にも水が溜まってて出られないな」
「巣は大丈夫なのか?」
一葉が心配そうに尋ねた。
「この先、巣に向かって上り坂だから、今のところは大丈夫。水が引くまではここにいるしかないかな……」
風葉の言葉に一度は安心した二人だったが、キノコ洞窟も浸水していたことを思い出し、不安は募った。
「これじゃ帰れませんね」
本葉が心配そうに床を見つめていた。
「まあ、水が引くまでは、このジャングルから出れないし。せっかくだから高いところに登ってみないか?」
イタズラっぽい顔で風葉が誘った。
「そうだね。心配ばかりしててもしようがない。探検する?本葉」
「探検なんて初めて!」
「決まりだな!」
いつも通り、道を切り拓いて進むのは風葉だ。
ヒゲ根に掴まって隣の根っこに登り、時には飛び移り。
探索に慣れている一葉はもちろん、本葉も身が軽かった。
「不謹慎かもしれないけど楽しいな!」
風葉の言葉にみんなで笑った。
ずいぶん天井近くまで登ってきた。
不意に空気の流れが変わった。
風葉は風を感じ、本葉は匂いを感じ、一葉は経験で感じ取った。
「あれって、通路?」
最後の根っこを登っていった先に、細い小道が通っていた。
一人が通れる程度の細い道だったが、奥から風が流れてきていた。
三人はしばらく相談していたが、床の水が増えている様子を見て進むことを決めた。
「灯り粒持ってきて良かった」
一葉が取り出して配った。
ヒゲ根がモサモサと小道を塞いでいた。
切る事ができないヒゲ根だ。
両手でかき分けながら、ゆっくりとすすんだ。
「これ、気をつけないと体ごと絡まりそう」
「本葉、落ち着いたら大丈夫だから」
一葉が後ろから励ました。
風葉の持った灯り苔の光だけが頼りだった。
しばらく進むと、ヒゲ根がなくなり、歩きやすくなった。
「狭いから気をつけて。片側が崖だ」
恐る恐る覗き込んでみたが、暗くて底は見えなかった。
風葉が背負子から、何か取り出すと、二人に掴ませた。
「蜘蛛の糸と蔓を編み込んで作ったロープ。紬葉の新作」
そう言いながら、三人をロープで繋いだ。
細いロープ一本だが、とても心強かった。
片手を壁に沿わせながら、光の全くない小道を進んだ。
遠く向こうから、嵐の気配が流れてくるようになった。
「少なくとも外には繋がってるね」
一葉が自分を励ますように呟いた。
すると不意に前方から声が聞こえた。
『あれ?その声、一葉?』
『本当だ。一葉の巣ってこの辺なの?』
「……てんとう虫とタマムシ!?なんでここに?」
『そりゃあこんな嵐の日には避難するに決まってるだろ』
『外にいたら飛ばされるか流されるな』
よく見ると、辺りにはチラホラと虫がいた。
集まっておしゃべりしていたらしい。
「こんなとこに道があるなんて知らなかったよ」
一葉の言葉に、タマムシが言った。
『最初に出会った時に教えてやったじゃないか』
言葉の意味がわからず、キョトンとしていた一葉が
「最初に会った時教えた……?」
の言葉に、風葉が反応した。
「あっ!ここ登れなかった細道か!」
「あーー!!結葉が怪我した崖か」
二人は顔を見合わせた。
『なんだ教えてやったのに登らなかったのか』
タマムシの言葉に、
「私たちは飛べないから、登るの大変なんだよ」
『あー、そういえば蟻人は飛べなかったね』
てんとう虫も笑っていた。
話を聞くと、三人が抜けてきたのとは反対に進むと、地上に出る茂みがあるらしい。
昔から、非常時のシェルターだそうだ。
『緊急時しか来ないんだけどな』
その言葉に、引っ掛かりを覚えた一葉だったが、今は早く巣に戻りたかった。
一葉がお願いすると、タマムシが快く崖から降ろしてくれた。
風葉は、自力でスルスルと降りて行ったが。
三人はお礼に、コロコロ蜜飴を渡すと、足早に巣への道を進んだ。
「ここって、巣からかなり南だよね。今日は西に探索に行ったのに」
一葉の言葉に、
「新たなルートが開けたな。まあ、自力ではあの崖登れるヤツは限られるけど」
風葉が笑って答えた。
巣は、出かけた時と変わりなく平和だった。
水没しなかったことを、心から喜んだ三人は報告の為、仁の元へ急いだ。
外の嵐は少しずつ収まり始めていた。
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仁の日誌
一昼夜以上嵐が続いた。
洞窟の探検に出かけた三人が濁流に出くわしたが無事帰還。
偶然にも「根っこのジャングル」と巣の南にある「細道」を繋ぐ道を発見。
去年、結葉のケガで登るのを断念した崖の上だ。
他の虫たちの避難場所となっているとのこと。
念の為、警備計画を見直す。
「地下のたね広場」も含め、巣の南側は複数の出入り口が存在する模様。
要注意。




