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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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70/130

70 世界が広がっても

 今日も仁は、執務室で書類に埋もれていた。

 最近、次から次へと不測の事態が起こる。


 結葉からの報告を聞き、巣を見回り、牧場を見回り、一日が終わる。

 特に、昨日の報告はひどかった。

 大きな木を訪ねた五人全員の言ってることが、仁には理解出来なかったのだ。


 ため息をついて書類を読んでいると、不意に後ろから手が伸びてきた。


「蜜葉乃さま、何かありましたか?」

「仁、お疲れね」

 そう言いながら、蜜葉乃様は優しく肩を揉み始めた。

「大丈夫ですよ。ちょっと考えごとをしていただけです」


 そう答えた仁の顔色を見て、蜜葉乃は仁の腕を引っ張った。

「ちょっと休憩しましょう。こっちに座って」

 そう言いながら隣の女王室に入った。


 女王室の中央には、一脚の木の椅子が静かに置かれていた。

 春に拾った枝から作った、女王さまの椅子。

 背もたれも肘掛けも、枝の形をそのまま活かした柔らかな曲線を描いている。

 座面には、柔らかい苔の座布団。

 そして木肌は、仁が毎日磨き続けたおかげで、ますます白銀色の艶を帯びていた。

 初めて見た頃より、どこか落ち着いた風格さえ感じられる。


 蜜葉乃は、自慢げだった。

「この椅子に座ったら、とっても疲れが取れるんだから」


 仁は言われるがままに椅子に座った。

 確かに気持ちが解れ、疲れが吸い取られていく気がした。


「昨日は大変だったんです……」

 話し始めた言葉は途中で途切れた。

 うとうと眠り始めたのだ。


 蜜葉乃は柔らかく微笑み、仁にひざ掛けをそっと掛けると静かにソファに座り、報告書を読み始めた。



 今朝の仁は早起きだった。

「大きな木に枝を貰った」 も

「カラスが枝を運んでくれた」 も

「泉の広場に第二の入口を掘った」も、

「あの木、ちょっとお疲れみたい」 も、

 全く理解ができず、眠りが浅かったのだ。


 気になりすぎて、結局は自分で泉の広場に脚を運んだところ……


 泉の広場に坑道班が勢揃いしていたのだ。

 階段を整えたり、出入り口を補強したり、門をつけたり。護衛室も完備。

 さらに、キャンプの時に掘った部屋を整えて、倉庫も作って、道を整えて。


 さらにさらに……仁が目を丸くした。

「……昨日の今日ですよね?」

 そこで見たものは……


 カンカンカンカン……

「絵葉、後どれくらい?」

「あと少し右上を削れば真っ直ぐになります」

「双葉ー、これくらいの大きさでいいのかなー?」

「実験室はそれでいいけど、こっち側に大きな栽培場が欲しい」

「泉の水はどこに引くんだー?」

「葉月の後ろの通路辺りがいいかなぁ」


 なぜか実験室と栽培場まで作っているらしい。

 もちろん許可を出した覚えなどない。


 仁は大きくため息をついた。

「これくらいは想定内」と自分に言い聞かせて。


 新しい出入り口から地上に出てみると、そこには本当に大きな太い枝があった。

 しかもその上には、カラスやタマムシが止まっている。

 その脇では、一葉が小さな黄金虫の傷を手当てをしていた。


「あ、仁。おはよう」

「おはようではありません。状況報告を」

「いやー、泉の広場を見にきていたら、タマムシが怪我人みてくれって連れてきたから」


 そう言われて目をむけると、タマムシがぺこりと仁に挨拶したようだ。

「タマムシがお礼言ってるよ」

 一葉の通訳に、仁も「どういたしまして」 と返して、カラスや黄金虫とも挨拶したが、頭の中は混乱の極みだった。


 仁は空を見上げた。

 枝。鳥。虫。そして子どもたち。

 みんな楽しそうだった。


 ……邪魔をするのも野暮ですね。

 仁はそっと地下に戻り、執務室に戻って来たのだった。



 いつの間に眠ってしまったのだろう。

 そっと目を開けると、ソファに座る蜜葉乃と目があった。

「すみません」

「大丈夫よ。その椅子、とっても疲れが取れるでしょう」

 蜜葉乃がいたずらっ子のように笑って言った。


「お茶でも淹れましょう」

 と立ち上がりかけた仁の肩を抑えて、蜜葉乃が言った。

「たまには私が淹れるわね」


 蜜葉乃とお茶を飲みながら、仁は今日の光景を報告した。


「みんなどんどん大きくなるわね」


「双葉だけでなく、葉月まで暴走を始めて……」


「でも、みんな王国のことを考えてくれている」


「そうですね」


「みんな、自分の道を歩き出したんだわ」


「ええ、少し寂しいですが」


「まだまだ小さい子蟻たちもいるわ。一緒に見守りましょう」


「まだまだ目は離せませんが、任せてみます」


「そうね。なんだか、これは上手くいく予感がするの」


 そうやって二人でゆったりとした時間を過ごしていたところ、葉月がやってきた。

「仁、探したよ。ここにいたんだ」


 後ろから結葉も入ってきた。

「仁がその椅子に座ってるのは珍しいですね。いつも磨いてはいますけど」


「今日は、蜜葉乃様に勧めていただいたので。何か御用でしたか?」

「葉月が、泉の広場の工事計画を持ってきたんですけど」

 そう言いながら、結葉が工事計画書を広げた。


 計画書には、第二出入り口、護衛室、倉庫、通路などが書き込まれていた。


「よくできた計画だと思うんですが、どうでしょう?」

 結葉の言葉に、仁は葉月に視線を向けた。


 葉月がそっと目を逸らす。

「葉月。計画も何も、今朝の視察ですでに、作り始めていたように思うのですが……出入り口なんて昨日ほぼ完成済みですよね?」


「えっ?どういうこと、葉月。私は聞いていないんだけど?」

「いや、ちょっと勢いで……でも出入り口以外完成はしていないから大丈夫!」

「大丈夫!じゃないでしょう。勝手に作ったの?どおりで朝から、坑道係の子蟻たちを見ないと思ってたのよ。計画書出してから工事するって約束でしょ!」

 結葉の怒りに葉月がタジタジだった。


「私たちが叱らなくても、結葉に任せておけば安心ね」

 蜜葉乃が笑いながらお茶飲んでいた。


 仁もカップを傾けながら言った。

「この計画書には書かれていないようですが、双葉に頼まれて実験室とキノコ栽培場も。それに水路も引いていましたよね?」


「あ、いや、あれは双葉に頼まれたから……そう、計画書は双葉が書くはず!」 

 葉月の目が明らかに泳いでいた。


「その工事を進めたのは誰ですか!」

 結葉のお説教は続いた。


「蜜葉乃さま、助けて!そうだ。女王室も泉の広場にどう?

 広いし、泉もあって気持ちいいよ!」


 蜜葉乃は笑いながら言った。

「そうね。たまには気分転換に行こうかしら。

 でも、女王室は、ここね。

 ここがみんなの家だから」


 その言葉に、みんな頷いた。


 巣は発展していく。

 子どもたちも大きく成長していく。

 でも、ここがみんなの家なのは変わらない。


 そう確認できた一日だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 仁の日誌


 泉の広場はすでに第二出入り口として稼働し始めた。

 外部との交流も増えてきた。

 ある程度、子どもたちの裁量に任せてもいい時期なのかもしれない。

 まだまだ不安もあるが、見守っていこうと思う

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