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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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69 ありがとうのお返しに

 季節は進み、暑い夏が始まろうとしていた。


 キャンプの日から双葉は例の根っこの研究調査に明け暮れていた。

 あれから何度もキノコの洞窟にも、根っこのジャングルにも脚を運んだ。

 けれども、なかなか進展はなく、行き詰まっていた。


「双葉?」

 振り向くと風葉が研究室に来ていた。


「紬葉に背負子の改良頼みに来たんだよ。今日は採集に行くんだ」

 風葉の言葉に、双葉が顔を上げて言った。

「大きな古い木を見に行きたい」


「ああ、地下の根っこの本体の木か」

「根っこだけじゃ進展がなくて」


 風葉は少し考えてから頷いた。

「よし、結葉にメンバー相談に行こう。行くなら暑くなる前がいいだろう」


「いいの?」


「双葉が勝手に出かけるよりはマシだ」




 執務室には、仁と結葉がいた。

 風葉が事情を話すと、仁は渋い顔をしたが、結葉が賛成してくれた。

 ただし、大賛成とは言い難い。

「そうね。反対したら双葉が勝手に行くもの。大惨事を起こすより、計画を立てる方がいいわ」


「みんな揃って失礼な。一人がダメなら本葉を連れて行くよ」

 双葉の言葉に、全員が全力で計画を立て始めた。


「今日手の空いてるメンバーは……場所に詳しい一葉と風葉は決まりとして、地下でも一緒だった絵葉を連れて行くのは?」

 結葉の提案にみんな頷いた。


「うん、いいメンバーだね」

 双葉も同意したので、早速子蟻たちが一葉と絵葉に伝言を持って向かった。


 その間に、仁がゆっくりと言い聞かせ始めた。

「双葉は地上に出るのは初めてですね。地下と違い、地上は危険も多い場所です。一葉と風葉の言うことをよく聞いて。勝手にどこかに行ってはいけません。得体の知れないものに触ってもいけません。それから……」


「出た。仁の過保護」

 風葉が笑って話を遮った。


「そうは言っても、地下でも大変だったと聞いています。蜜葉乃様といい勝負でしょう。子蟻のデビューの方が何倍も安心かと」

 仁の評価に、双葉が膨れっ面になった頃、まずは一葉、続いて絵葉が葉月と共に部屋に入ってきた。


「あたしも一度、泉の広場を地上から確認しておきたい。一緒について行く」

 葉月の言葉に、みんな同意した。


「じゃあ出発しよう」

 早速出口に向かう双葉の手を、一葉が引っ張って止めた。

「まずは準備を取りに行かないと。また手ぶらで行く気?」

「ちょっとうっかりしただけだよ」


 仁が天を見上げていた。

「研究者としては素晴らしいのですが……」



 一同は準備を整えて、地上に出た。

 一葉、風葉以外の三人には、初めての地上だ。

 初夏の太陽の眩しさに一瞬怯んだが、空と大地の広さに気分が高揚していた。


 一葉が先頭で言った。

「じゃあ私に着いてきて。双葉が二番、絵葉はその横。しんがりは葉月。くれぐれも頼むね。風葉は、いつも通り偵察ね」


 一行は古い大きな木に向かって出発した。

 と言っても一葉が進む先々で虫たちから声がかかる。

『あ、一葉!』


「こんにちは!」


『この前はありがとう!』


 双葉が感心して言った。

「さすが一葉、人気者だね」


 一葉は照れ笑いで答えた。

「最近みんな、よく話しかけてくれるんだ」



 しばらく進むと緑が減り、虫にも出会わなくなってきた。


「もう少し進むと、泉の広場の上辺りだよ」

 一葉の案内に絵葉が地図を広げた。


「この辺りの地上部分ですかね」

 絵葉が地図を指差すと、葉月も覗き込んで言った。

「ちょうどこの坑道の上を歩いている感じか?」


「では、あちらがキノコの洞窟かなぁ?」

 双葉もその方向を眺めた。


「とりあえず、『地面の裂け目』目指すね」

 一葉の言葉にみんな歩き始めた。


 しばらく歩いて、裂け目についた。

 そこはかなりの荒地だった。

 木はもちろん草が少なく、固い土が続いていた。


「地面が硬いから、掘るのは大丈夫だけど、大規模に崩落しないように気をつけないと」

 葉月は、地下の泉の広場の地図も並べて、出入り口をどこに作るのが良いか見極めているようだ。


 絵葉は熱心に裂け目のスケッチをしている。


 そんな様子を見て、一葉が言った。

「出入り口を作るのは良いけど、隠せないよ。大きな石でも運んでくるの?」


 双葉は土の状態を見て呟いた。

「このままの土じゃ、タネは芽吹かないな。植物の根っこが張ればしっかりする土なんだけど」

 そうして、どうすれば土地が生き返るのか考え込んでいたのだった。


「さあ、大きな木に向かおうか。ここは帰りも通るから、観察ならその時にしよう」

 一葉の声をきっかけに、再び先を目指した。


 大きな木は、ずっと見えているのだが、いつまで歩いても着く気配がなかった。


「ずっと同じ景色なんだけど……」

 葉月の言葉に一同が笑った。


「ここは特別何もないよね。木のところまで行ったら甘い蜜の取れる花も多いんだけど」

 そう言って一葉は説明を始めた。

「幹はすごく太い。根元には、太い根っこが何本も張っていて、その隙間に美味しい花の蜜や、草も生えてるよ。たまに友だちがはちみつも分けてくれるし。でも、土の下がスカスカって感じがするから気をつけて。泉の広場に出入り口ができたら、もっと便利なんだけど、なかなか計画が進まないよね」


 その言葉に葉月が目を輝かせた。

「この前のキャンプで、泉の広場はかなり部屋も掘ったし、いくつかは倉庫にしても良いよな。泉もあるし理想的ななんだけど。でもこのままじゃ、敵が入り放題だから出入り口を掘れないんだよな」


「あそこはキノコ洞窟にも近いし住みたいなぁ」

 双葉までもが言い出した。


 絵葉は相変わらず地図と現地を眺めては考え込んでいるようだった。




「大きくて古い木」 まであと少しとなり、双葉は自然と足を速めた。風葉が慌てて後を追った。


「あった」

 双葉は誰よりも先に幹へ近付いた。

 そしてそっと両手を当てて、世界樹を感じていた。


 地下で触れた根と同じ感触。

 あの根の本体に違いなかった。

 幹から伸びた根が、何百、何千と枝分かれし、大地の中へぐんぐんと広がっている。

 一方では大地の力を取り込み、一方では大地へ力を与えて、水を循環させる。

 太陽の光を力に変えて、たくさんの葉っぱから空気を浄化している。

 でも、根っこが少しだけ疲れているようだ。

 大地から力がうまく巡っていない気がする。

 根っこは、その足りない力を探しに遠くまで伸びたのか。

 それとも、この木が自分の力を分け与えすぎてしまったのだろうか。

 双葉は、一生懸命原因を探ったが、情報が多すぎてそれ以上のことは理解できなかった。


 みんなは黙ってその様子を見守っていた。

「植物の専門家」の顔をしている双葉に、口を出せることは何もないからだ。


 しばらくして双葉が目を開いた。

「やっぱり」


 絵葉が尋ねる。

「何かわかった?」


「やっぱり地下の根っこと同じ。全部、この木だね」

 双葉は幹を優しく撫でた。

「よく頑張ったんだね。少しだけ。元気になってね」


 そう言って再び目を閉じた。

 ほんの少しだけ、自分の力を分け与えた。


 しばらく静寂が続いた。

 その時だった。


 ザワ……


 風もないのに枝葉が揺れ始めたのだ。

 風葉が空を見上げた。

「風?」


 葉月が首を振った。

「吹いてない」


 ギシ……


 一際大きな音がしたかと思うと、一本の枝がゆっくりと傾き、誰もいない場所へ、ドサリと落ちた。


 最初に動き出したのは双葉だった。

 ゆっくり近付くとその枝にそっと手を触れた。

「あ……。ありがとう」


 絵葉が首を傾げた。

「偶然ですか?」


 その言葉に双葉は静かに笑った。

「違うと思う。この子がお礼をくれたんだ」


 葉月も枝を見回し「立派だな」 と褒めた。


「でも……大きすぎるよな」 風葉が笑った。


 みんなで見比べたが、どう考えても巣に入らない。

 そもそも運べないどころか、持ち上がらなかった。


 双葉は少し困った顔で言った。

「せっかくのこの木の好意なのに、置いて帰るのは嫌だな」


 そこへ羽音を響かせ、タマムシの夫婦が仲良く飛んできた。

『騒がしいと思ったら、一葉か。この前はありがとう』

「こんにちは。奥さんの怪我治ったんだね」

『一葉さん、あの時はありがとうございました。スッカリ治ってこの通りです』

 タマムシの奥さんも、傷跡を見せてくれた。傷跡は残ってはいたが、綺麗な模様となり虹色にキラキラ輝いていた。


『一葉、なんか困りごとか?』

「この木が枝をくれたんだけど、運べそうになくて……」


 タマムシも『立派な枝だなぁ』 と感心していたが 『オレじゃ、運べないな』と奥さんと共に飛び去った。

 すぐに、戻ってきたタマムシは、小鳥を連れてきていたが『大きすぎて運べない』とすぐに飛び去った。


『誰か運べるやつを連れてきてくれるって。どこに運べばいいんだ?』

 タマムシの言葉に、一葉が考え始めた。

「どこに運べばいいんだろう?」


 四人はしばらく話し合っていたが、

「泉の広場の上はどうでしょうか?」

 絵葉の提案に、みんな賛成した。


 その時、バタバタと大きな風が吹き、五人が飛ばされそうになった。

 慌てて枝にしがみついたが、体の小さな絵葉は、ちょっと吹き飛ばされた。

 見上げると、枝にはカラスと小鳥が止まっていた。


『この前の治療のお礼に、カラスを呼んできたよ。枝を運んでくれるって』

『小鳥が世話になったな。これをどこまで運べばいい?』


 一葉が場所を説明し、葉月と共にタマムシの背に乗って、一足先に裂け目に向かった。

 葉月は一瞬躊躇していたが、無言で背にしがみついていた。


 入れ替わりに、さらに三羽のカラスがやってきて、枝の上で相談を始めた。

 一葉がいないと言葉はわからなかったが、力自慢の三羽が運んでくれるようだ。

 器用に蔓を結ぶと、それを掴んで一斉に空に飛び立った。


 残った一羽が一生懸命に話しかけてきた。

 身振り手振りで、どうやら背中に乗れと言っているようだった。


「一葉と結葉が空飛んだって言ってたよな」

 風葉が遠い目をして言った。

 交渉する術を持たない三人は促されるまま、カラスの背に乗るしかなかった。

 最後に双葉が木の幹に手を当てて呟いた。

「素敵な贈り物をありがとう。この後生き残れたらまたくるね」


 世界樹の葉が一枚、風もないのに揺れた気がした。



 空の旅は快適だったかどうかはよくわからない。

 カラスの背から降りた三人は放心状態だったが。


 先に着いていた一葉が、

「ありがとう。私のできることがあれば、いつでもお手伝いします」

 とカラスに御礼を言い、カラスたちは帰って行った。


「おーい、無事運んでもらったよ」

 葉月の呼びかけに、ようやく三人は反応した。


 葉月は枝に釘付けだった。

「これ、最高の位置だろ!今すぐ入口掘れる!」


 絵葉も色々な角度から観察した後、枝と地面の接点を指差し言った。

「ここから枝の下に一旦横穴掘ったら、前回地下から掘って埋めた仮坑道につながるのでは?」


「そう!さすが絵葉、俺の弟子!」

「いえ、弟子入りした覚えはないんですが……」

 そう言いつつも、二人は早速掘り始めてしまった。


 一葉は諦めた顔で言った。

「あの二人も、こうなったら止められないよね……」


「仁が怒るだろうけどな。まあ一緒に謝るか。地下の方が帰宅は楽だしな」

 風葉も諦めたようだ。


「あの二人、周りが見えなくなってるね…」

 双葉の言葉に、一葉と風葉は目を逸らしたが。


 そんな様子をタマムシ夫婦は笑って見ていたが、やがて『またな』と飛び去った。

 仲の良い二匹のキラキラした姿を見送って、見えなくなるまで手を振った。


「さあ、帰るか」

 仮の出入り口を掘り終わって満足げな葉月が穴から出てきて言った。


 掘られた入口は、上手く枝の下に隠されていた。

 枝はズッシリと重く、安定していた。

「完璧な入口ですね」

 絵葉がスケッチを書き足していた。


 一行は、そっと枝をくぐり、入口を降りて泉の広場に入った。

 入り口は念のため、内側から石で塞いでおいた。


 先日植えた夜灯り苔がほんのり光を放ち、泉が煌めいていた。

 みんなで泉の水を飲み小休止の後、慣れた坑道を足早に帰って行った。


 双葉は途中の壁に伝う根っこに手を当てて呟いた。

「素敵な贈り物をありがとう。無事に帰宅できそうだよ」



 帰宅後の仁の反応は想像にお任せする。


 横にいた蜜葉乃は、目を輝かせて喜んでくれたが……


 ーーーーーーーーーー

 仁の日誌


 双葉があの大きな木を訪問。

 枝を分けて貰ったらしい。

 みんなの説明を聞いたが、木が枝をくれるなど聞いたことがない。

 全員で空を飛んだらしいので、混乱しているのかもしれない。


 泉の広場に第二の入り口も掘ったと言う。

 何を言っているのか本当に不明








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