68 はじめてのお客さん
みんなでキャンプを楽しんだ翌日から、巣はいつも通りの日常に戻っていた。
今朝も、子蟻たちが「地下のたね広場」へ採集に出かけたのだが……
一人の子蟻が息をきらしながら護衛室へ飛び込んできた。
「護葉! なんか、キラキラの虫が、たね広場で騒いでいます!」
初めての事態に、護葉は身構え、
「ちょうど良い!一葉も来て欲しい」
言い終わらないうちに走り出していた。
駆けつけた先で待っていたのはタマムシだった。
一葉はすぐに気付いた。
「あれ?その羽の傷、いつかのタマムシさん?」
「ああ、あの時はありがとう。おかげで元気に飛べるようになりました」
タマムシは深々と頭を下げて続けた。
「今度は妻が怪我をして動けないんだ。厚かましいお願いだが、助けては貰えないだろうか」
二人は顔を見合わせた。
「どこを怪我したのかな?」
「羽が折れそうなんだ。二人で飛んでたんだけど、大きな木に引っかかってしまって」
「大きな木って、向こうの方の?」
「そう。この辺で一番大きな古い木」
「そこならわかるわ。準備して向かうから、戻って待ってて」
一葉が告げると、タマムシは感謝の言葉と共に飛び去った。
急いで護衛室に戻った一葉は、「固め苔」と「巻き葉帯」を準備した。
「一人で行くのは危ないだろう」と護葉が心配していると、異変に気づいた結葉がやってきた。事情を聞いた結葉の決断は早かった。
「一緒に行くわ。あの時治療したのは私だし」
仁への報告を護葉に任せて、二人は地上の道を急いだ。
「怪我がひどくないと良いんだけど」
結葉の言葉に、一葉が息を切らせながら言った。
「あの時の傷はちゃんと治ってたよ。普通に飛んでた」
「固め苔は効くのね」
「古い大きな木」が見えてくると……さっきのタマムシが飛んできた。
「やっときた!早く早く!」
「そんな事言っても、体の大きさが違うんだから」
一葉の言葉に少し考えて、タマムシが言った言葉に、二人は慄いた。
「じゃあ、背中に乗って!」
「「ええええっっっっ!?」」
完全に腰が引けている結葉が 「無理無理」 と拒否したが、
「蟻人だって飛ぶでしょ。婚姻飛行とか」
「確かに」
タマムシの言葉に、一葉は興味を持ってしまったらしい。
「よし決まりだな。一葉は俺の背中に掴まって。できるだけ頭の方を」
「羽を広げられるようにだよね。大丈夫そう」
「えーと結葉は……しようがないな。君は抱えて飛ぶか」
結葉が固まっている間に話が進み、ガッチリ抱えられてしまった。
「行くぞ!」
「きゃあーーーー!」
予想に反して、タマムシの飛行は力強く安定していた。
飛び立つ衝撃はほとんどない。
空中では、頭を上にお尻を下にして、体を立てて静かに進んだ。
大きな羽は、風を捉えてぐんぐん進む。
「最高の眺めだな」
無言で固まる結葉と、はしゃぐ一葉。
対照的な二人だった。
「あそこです」
タマムシがスピードを落とした。
あっという間に木に到着し、辺りを旋回すると、ホバリングでゆっくりと、妻のいる枝へ二人を運び、そっと下ろした。
「初めまして。お怪我を見せてください」
固まっていた結葉だったが、奥さんの怪我を見て動き出した。
想像よりも、ひどかった。
右の前翅が折れ曲がったようで、端が破れかけている。
美しい虹色にも全体的に擦り傷がついていた。
「二人でふざけていたら、風に煽られて枝にぶつかってしまって」
奥さんのしょんぼりとした姿を見て、結葉が励ました。
「ご主人の時も治ったようですし、治療してみますね」
まずは一葉が、羽を正しい位置になるように押さえて固定。
結葉が固め苔を取り出して、そっと薄く表面を塗り固めていった。
しばらく固まるまでは、動かないでくださいね」
気がつくと、周りの枝には他の虫や小鳥、リスまでもが集まっていた。
結葉の悲鳴と、タマムシと蟻人の組み合わせに興味を持ったようだ。
「あれ?一葉じゃないか」
治療が終わる頃、顔馴染みのてんとう虫に声をかけられたのを皮切りに、
「本当だ、一葉だ」
「こんな所まで来るんだ」
「久しぶりだな。冬の間も元気にやってたか?」
次々に色々な虫たちに挨拶された。
一葉が事情を説明していると
「それなら俺の羽もちょっと治してくれない」
「この脚も傷むんだけど、その苔効くかな?」
「カブトムシのツノのかけた所には?」
次々に相談されて、結葉と共に治療して回ることになってしまった。
鳥の羽は断ったが、嘴のヒビには効果があった。
「ありがとう助かったよ」
みんなが口々にお礼を言った。
木に巣を作っているミツバチが、ハチミツを振る舞ってくれた。
リスも木ノ実を持ってきてくれたし、
小鳥が美味しい赤い実を取ってきてくれた。
たくさんもらったが持ちきれないので、みんなで食べることにした。
「この木がこんなに賑やかなのは久しぶりね」
「そうそう。葉っぱばっかり茂って、訪問者が少なかったよね」
「地下に住む虫が減ったからね」
「昔は白い綿が怖かったけど」
「白い綿が取れたの?」
一葉が聞き返すと、
「体から綿が出てくるから、近づいてはダメって言われて育つんだよ」
「最近は聞かないね」
「住んでる虫も見ないけど」
と笑い声が起こった。
「草も減ったしね」
「この木は、葉っぱを落とさないし、実もならないしね」
「食べ物取りに遠くに行くのが大変なんだよね」
「でも、この木は丈夫で良い木だからね」
「嵐でも安心だし」
「悪い奴らは寄り付けない」
たくさんの悩み事と、楽しいおしゃべりは続いた。
気がつくとお日様が、地平線にずいぶん近づいて、空が赤くなってきた。
「しまった!もう帰らないと」
「仁が出動してしまう!」
慌てる二人を、もちろんタマムシが巣の入り口まで送ってくれた。
「本当に助かった。命の恩人だよ。いつでも背中に乗せてやるから!」
「ありがとう。また頼むね」
一葉は嬉しそうだったが、結葉は笑っているだけだった。
「奥さんの怪我が治るまで、あの木にいる予定だから、また会おう」
そう言って、タマムシは帰って行った。
巣に戻りながら、結葉が言った。
「一葉の意外な一面を見た一日だったわ」
「そうかな?飛ぶのは楽しかったけど」
「一葉って、知り合いが多すぎてびっくりしたし」
「毎日採集に行ってたら、知り合いは増えるからね」
「いやぁ、一葉だけでしょ。みんな色々悩み事があるのね」
「昔より暮らしにくいって、聞いたことあるよ」
話しながら巣に戻ったら、仁が心配して迎えにきていたのは言うまでもない。
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仁の日誌
昨年助けたタマムシが一葉を訪ねて来た。
巣への訪問者は、今まで蜘蛛と、このタマムシのみである。
前回の怪我は完治したとの事。
固め苔の有用性が改めて証明された。
一葉の交友関係の広さも、報告を受けた。
他の生物と会話ができる能力は素晴らしい。
結葉は言葉を覚えるべきか真剣に検討を始めた。
一葉と結葉が、タマムシの背に乗って空を飛んだらしい。
帰宅も遅すぎるため厳重注意を行なった。
危険すぎる……




