66 神様からのおみやげは大丈夫なのか
初めてのキャンプだ。
キャンプどころか巣から出るのも初めてと言う者も多かった。
みんな大はしゃぎで全力で遊んだ。
道中の疲れも出たのだろう。
夕食を食べ終えると子蟻たちは目を擦り始め、部屋に引き上げて早々に眠ってしまった。
焚き火の周りには大人たちが腰掛けて、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「準備をお疲れ様でした、葉月。立派な拠点になりましたね」
仁が改めて周りを見回した。
「子蟻たちのパワーが凄かったよ。仕事も遊びも全力だわ」
「葉月だって、一緒に泳いでたでしょ。誰も泉から上がらないし」
一葉が焚き火に木を追加しながら言った。
「絵葉が設計したスライダーも大人気だったね」
「ちいねえちゃんが勝手に拡張工事して、元の設計図の五倍くらい大きいんですけど……」
「千葉夜は大型の工作が、本当に好きね」
公園化した部屋の遊具を思い出した蜜葉乃が言った。
「紬葉の水用おもちゃも大人気」
「あのボートも、現地の材料で作り出すって天才ね」
「あれは本葉のアイデアだから」
と褒められた本葉は、まんざらでもない顔をしていた。
「本葉は危険な遊びの天才だわ」
「丘を荷車で駆け降りるとか?」
千葉夜にこっぴどく叱られて、小さくなっていた本葉を思い出して、小さな笑いがおきた。
「みんなが怪我なく楽しめたことが一番だわ」
蜜葉乃も仁と椅子に座り、満足そうに微笑んでいた。
泉の広場は静かな夜が更けていった。
それぞれがおしゃべりを楽しんでいた。
その時、ふと空気が変わり、一瞬焚き火が燃え上がった。
「風?」 風葉が警戒し、護葉が立ち上がった。
みんなが辺りを見回して、気づいた。
いつの間にか、輪の中に人が増えている。
「……神さま、急に現れないでください」
嫌そうな顔で仁が口を開いた。
神様がやってくる度に起こる厄介事を警戒していた。
「あれ?僕も参加するって言わなかったっけ?」
「聞いてません」
「じゃあ今言うよ。お土産に美味しいジュースとお酒持ってきたから!」
にこやかに言うと、まずは蜜葉乃に渡した。
「今回はおかしな効能はついてないでしょうね!」
「失礼だなぁ。今朝収穫した桃のジュースだよ。美味しいよ」
警戒する仁に、そう答えながら、もうみんなに配っている。
「蜜葉乃ちゃんと、みんなの健康に乾杯!」
いつも通りの軽さである。
「美味しい!」
「甘くていくらでも飲める!」
「飲み過ぎはダメだなぁ。適量守らないと」
「神さまもジュース作る仕事があるの?」
「流石に作りはしないかなぁ。眷属が搾ったんだよ」
「いつも飲んでるの?」
「元気の素だからね。毎朝一杯飲むよ」
あっという間に、その場に馴染む神様を見て、仁が天を仰いでいた。
「いやー、虫が少ないって聞いたから、ちょっと様子を見に来たんだよ」
神様の真面目な言葉に、一葉が答えた。
「地上にはたくさんいるんですけどね。でもちょうど、この上一帯は、草が少なくて虫も少なめかな」
「地下にはいませんね。タマムシに一回会っただけ。まあアブラムシ級の小さい虫までは知らないけど」
葉月の言葉に、地下探索メンバーたちが頷いている。
「ここに住み出してから、地下の虫がいない事は、私も気になっていたんです。育った巣では、お隣さんも沢山いらっしゃいましたから」
蜜葉乃も昔を思い出していた。
それを聞いて神様は少し真面目な表情で考え込んだ後、ポツリと言った。
「昔はこの辺りには、色んな種族がいたんだけどね。地上も地下も大賑わいだったんだよ」
みんなが神様の話に耳を傾けた。
「地上には木に住む子が沢山いたよ。虫も鳥も、木のウロに巣作りするリスの夫婦もいたなぁ」
それを聞いた一葉が答えた。
「木には、今も結構住んでるよ。仲良しの虫も多いし、色々教えてくれる」
「もっともっと沢山だったんだ。周りも緑がいっぱいだったしね。もちろん地下にも沢山住んでいた。色んな種族が仲良く助け合って暮らしていたんだ」
「今は全然いませんね」
「……そうなんだよね」
葉月も興味を持ったようだ。
「だから坑道が残っているんですね」
「僕も地下まで来たのは始めてなんだけどね」
「この坑道も、誰かのものなんですか?」
「いやいや、ずいぶん昔の話だよ。今は好きに使ったらいい。僕のあげた、夜灯り苔も上手く使ってるじゃないか! ここは環境がいいから増えるだろうね。あまり増やし過ぎないようにするんだよ」
「増えすぎたら、何か起こるんですか?」
本葉が恐る恐る尋ねると
「地下なのに明るすぎるとおかしいでしょ!」
と意味のわからない返答が返ってきたが。
みんながキョトンとしていると、「生態バランスは大事だよ」と笑っていた。
そして同じ植物ばかりが一箇所に増えすぎるのは、良くないと教えられた。
話し合った結果、増えたら坑道に少しずつ移植すると決めた。
そうして夜も更けていき、神様が帰るとみんなも寝床に向かった。
みんなと別れた神様は、世界樹の様子を見に来ていた。
「なんだろうねぇ。やっぱりちょっと元気がないね」
そう言いながら、ふと先ほどの泉を思い出していた。
「水、水……流れが悪いのかなぁ」
しばらく世界樹の幹に手を当ててみる。
根のあちこちから微かに「どくん、どくん」と鼓動のような感覚が返ってくる。
その音にほんの少し滞りがある気がした。
「やっぱり頑張ってるんだね」
とつぶやく。
「ちょっとだけ手伝うよ。少し流れを良くしてみよう」
と、軽い感じで手をかざした。
世界樹の根の奥で、詰まっていた地下水が少しだけ流れ始めるような気配がした。
「お、うまくいった?ちょっと元気出た?」
そのまましばらく幹を撫でていたが
「これで少しは元気が出ると良いね」
そう言って神様は満足気に帰っていった。
そのほんの少し後
ゴゴ……泉の広場では、小さく不穏な音がした。
異変を感じた仁たちは、部屋から泉をみて首を傾げた。
「……え?」
泉の水位が少し上がっているような気がした。
しばらく警戒していたが、特にそれ以上変化はなかったので、そのまま眠りについた。
世界樹は眠っていなかったのだが……
翌朝早く、子蟻たちの歓声で、みんな目覚めた。
言葉通り、一瞬で目が覚めた
そこには昨日までの静けさとは、様相が一変した泉があった。
泉の底から、ごぼりこぽりと大きな泡がいくつも浮かび上がった。
湧水の勢いが増しており、水面がゆっくりと盛り上がる
あふれた水は小さな流れとなり、ゆるやかな流れるプールのようだ。
「みずー!」
「泳ぐー!」
と言うよりも先に、飛び込んで遊び始めた。
止める暇もなかった。
「まあ浅いので危険はないでしょう」
護葉も一通り周囲を確認して言った。
泳いだりボートに乗ったりみんな大喜びだった。
泉に目をやり、ふと、風葉が言った。
「神様、今度は何したんだ?」
みんな少し考えていたが、やがて一葉が思い出すように答えた。
「でも泉に近づいてもいなかったよ」
「あの桃のジュース?」
「さすがにジュース飲んだだけで泉の水は溢れないでしょう」
紬葉の言葉に千葉夜も笑った。
「まあ良いんじゃない?あたしも今日は、なんか元気全開だし泳いでくる!」
と葉月が絵葉と走って行った。
「たしかに体が軽い。私達も帰宅時間まで泳ごう!」
「女王さまも泳ごう!」
「こわくないから」
ちびっこたちのリクエストで、蜜葉乃と千葉夜もスライダーの方へ行った。
バシャンという水音に混じって、蜜葉乃のはしゃいだ声も響き渡った。
今日もキャンプは大賑わい。
「桃…ジュース…眷属?…元気の素……?」
どこかで聞いたことがある。それも、ずっと昔、ここに来る前に。
しばらく考え込んで、気づいた仁だけが苦笑いをした。
「なんて物を持ってくるんだ」
しばらく悪態をついていたが、蜜葉乃を見て目を細めて言った。
「まあ結果オーライ……ですかね。泉の方は、よくわからないですが……」
要経過観測、と書き留めていた。




