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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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63/130

63  眠れる根っこの道

 泉の広場を発見してからの巣は沸き立っていた。

 蜜葉乃までもが、泉の広場を見たがったのだが、当然仁に止められた。

 本人は「冗談ですよ」とは言っていたが……


 そんな中、地下探索班は再び護衛室に集まった。

 今回は、葉月、風葉、護葉、絵葉に加えて、採集担当に紬葉も参加する。

 双葉と本葉も参加したいと主張したが、誰もが首を横に振った。

 未知の探索に連れて行ける二人ではない。


 待ちに待った探索だ。

 葉月は逸る気持ちを隠せない。

 絵葉と一緒に地図を広げながら、まだ見ぬ新たな坑道に目を輝かせた。


 もちろん他のメンバーも同じだ。

「今日は前回見つけた、古い坑道の脇道を調べるよ」

「ついに探検だね!」

「泉は見つかったけど、まだ全部が安全とは言えない」

「慎重に採集します」


 後ろから、護葉もうなずいて同意した。

「安全第一だ」


「崩れそうな場所があるなら塞ぐ」

「そうだな。状態の良い坑道を見極めよう」


 紬葉は背負子の具合を確かめながら考えていた。

「研究室のみんなが喜びそうな物があったら良いんですが」


 そうして葉月が号令をかけた。

「じゃあ出発しよう」



 足早に、いつもの坑道を進み、前回掘った壁についた。

 穴は前回、壁を這う太い木の根っこの上部に空けた。

 早速、葉月が穴の状態を丁寧に確認していく。


「ここは少し削れてるね」

「穴の位置が高いから、掘り下げたいけど、木の根っこが邪魔だなぁ」

「入りやすくなったら、子蟻たちが勝手に入るだろう」

 皆の意見が出揃ったところで、葉月が言った。


「この穴は、今日はこのまま補強だけしよう」


 みんなで木材を組み、手早く補強を進めていく。

「植物樹脂で隙間を埋めますね」

「頼む、紬葉」


「護葉、危険札もう一枚貼っておくか」

「イタズラ子蟻が入ったら困るからな」


 手早く補強を済ませて、穴をくぐり、古い坑道の方に入った。


「よくみると昔の掘削跡が残っているな」


 先行する風葉が、気配を読みながら言った。

 掘削跡を手でなぞり、葉月と絵葉が目を輝かせた。


「今の道と掘り方が違う」

「少し幅も違います」

「掘るための道具跡かな?」

「土の固め方がすごいな」


「ちょっとだけ記録させてください」

 絵葉の希望で、少し脚をとめた。


 護葉が感慨深そうに坑道を見回した。

「昔の蟻人が掘った道か」


 葉月は嬉しそうに

「昔の人もここ歩いたんだね」


 その言葉に紬葉が考えこんだ。

「この道は、なんのために掘ったんでしょうね」


 風葉も先を見つめて呟いた。

「たしかに。どこに続いていたんだ?」


 絵葉は筆を止めて、地図と坑道を見比べていた。



 先を進むと坑道が二股に分かれた。

 右側は、泉の広場への道だ。

 今日は反対側を進むことにした。


 道は緩やかに下っていた。

 順調に進むに見えたが、程なく大きな崩落箇所に行き当たった。

 坑道の半分が崩れている。


 葉月が「向こうへ行けそう」と、少し土をのけて言った。

 それから、慎重に慎重に穴をひろげた。


 向こうの景色が見えるようになったころ、風葉が真っ先に気づいた。

「向こうから風が来る」


 もう少し広げれば、通れそうではあったが、葉月は何度も強度を確かめては首を傾げていた。


「ここは、これまでにしよう」

 護葉の言葉にみんな頷いた。


 無理はしない。探索のルールだ。


 絵葉はそっと、新しい道を地図へ書き込んだ。

 この坑道は、入り口に危険札を貼った。



 一行は少し道を戻った。

 今度は先程見つけていた、細目の脇道を調査することにした。

 この脇道は、他より丈夫そうだったから。


 ではなぜ先程は見送ったのか。

 それは、入りにくさだった。


 高い天井からは何本ものヒゲ根のカーテンが垂れ下がり、

 壁にも根がはしる。

 足元には、根が網の目に盛り上がる。


 まるで地下の森。

 鬱蒼とした根っこのジャングル。


 葉月と風葉が先頭で、根っこを掻き分けながら進んだ。

「この根っこは、細くても切れない」

「丈夫すぎるな」


 それを聞いた紬葉は、当然採集を試みたが、びくともしない。

「ダメですね。持って帰りたいのに」

 仕方なく、落ちている細かなヒゲ根を採集した。


「デコボコで歩きにくい」

「つまずくなよ」

 根っこを一つ一つ乗り越えるように進んだ。


 背丈よりも二倍は高い根っこをよじ登る。

「登ったのは良いけど降りられません!」

 ついに絵葉が弱音をはいた。


 身の軽い風葉や葉月、護葉のペースに、絵葉と紬葉はついていくのがやっとだった。


「ここで休憩しよう」

 二人の様子を見て護葉が言った。


「こんな高い根っこの上で?」

「落ちない?」

 と紬葉と絵葉は口々に言ったが、根っこに跨って飲む水は格別だった。


「『ころころ蜜飴』が体にしみる!」

 葉月の言葉に皆が笑った。


 絵葉が高所からの風景のスケッチをしていると、ふと思いついたように風葉が言った。

「このヒゲ根も切れないんだよな」

「私たちの力じゃ切れないね」

「じゃあ、ぶら下がっても大丈夫だよな?」

「多分……」


 紬葉の自信なさそうな答えを聞くや否や、風葉が一本のヒゲ根にぶら下がり、スルスルと下に降りていった。ヒゲ根は、全く切れそうな様子もない。

 軽々と着地した風葉は 「ちょっとここにいて」 と言うと、先に進んでしまった。

 慌てて、護葉が追いかけて行った。


 しばらく心配していたところ、風葉が一際長いヒゲ根を掴んだまま、一人で戻ってきた。

 それは、この先の天井から垂れ下がっているようだ。


 風葉は目を輝かせて言った。

「良いこと考えついたんだ。見てて」

 言うや否や、ヒゲ根にぶら下がり、前方に消えて行った。

「えーーーーー?」


 驚きのあまり根っこから落ちそうになって、三人で騒いでいると、興奮した顔で風葉が戻ってきた。

「最高!次、誰がやる?」


 絶対無理!と紬葉と絵葉は首をブンブン横に振った。

 けれども葉月は興味を持ったようだ。


「どうやってやるんだ?」

「手に根っこを巻いて、飛び出すだけだよ。着地点で護葉が受け止めてくれる」


 少し考えていたが 「おりゃー!」と叫んで飛び出し、絶叫が響いた。

 しばらくすると「到着ーー!」と声が聞こえ、根っこだけが空中を戻ってきた。


「さあ、次はどっちがいく?」

 パシッとそれを片手で受け止めた風葉の問いかけに、二人は再び全力で首を横に振った。


「私たちは歩くわ」

「休憩もしたし、もう大丈夫です」

「これの方があっという間に着くのに!やってみて!」

 風葉は食い下がったが、二人はそっと真上から垂れているヒゲ根を掴み、その場で下に降りた。


 残念ながら、皆で合流した後も、乗り越えて、掻き分けてと、しばらく根っこの道は続いた。


「スリル満点だったな」

「だろ?絶対速いのに」

 まだ葉月と風葉がみんなを誘っていたが、紬葉がキッパリと言い渡した。


「安全第一です」


 皆が疲れて再び休憩を考え始めた頃、ようやく土の坑道に戻った。

「まだ先があるようだ」

 再び休憩を取った後、風葉を先頭に歩き始めた。


 ここから坑道は、一気に深く潜っていった。

 進むにつれて、どんどん空気が重くなる気がした。

 みんな無言で脚を進めて行った。


 ひんやり、じめっとした空気がたちのぼってくる。

 葉月は何度か壁の状態を確認していたが、塗り固めたようにしっかりと整備された壁が続いていた。


 さらに進むと、いつしか土の壁が途切れ、石灰岩の洞窟に変わっていった。

「滑りやすい注意しろ」

 後方から護葉が言った。


 だんだんと坑道は狭くなっていった。

 やがて風葉の「光?」の言葉に、目を凝らして奥を見た一行は、言葉を失った。

 何から説明すれば良いのかわからない。


 そこは鍾乳洞だった。

 高い天井からは無数の氷柱石が垂れ下がり、上からの雫を石筍が受け止めていた。

 無数の石柱は、まるで古代の神殿跡のように白く輝いている。


 そして壁や床には

 白い小さなキノコ

 青白く光るキノコ

 透明なゼリーのようなキノコ


 群生するキノコの発光で、ほんのり照らされた空間が幻想的に浮き上がっていた。


「こんなの見たことない」

 最初に口を開いたのは絵葉だった。

 スケッチも忘れてキノコを見上げていた。


 近寄って目を凝らした葉月が気づいた。

「このキノコは、木の根っこに群生してるようだ」


 その言葉に、紬葉と風葉も近づいた。

「どれも見たことのない種類ですね」

「地上では生えない種類じゃないか?」

「あまり一つの木に複数の種類が生えることもないんですが」

「うちのキノコ栽培場も一種類だな」


 そして紬葉が言った。

「これは全種類、研究室に持って帰ります」


 後ろで見守っていた護葉がいった。

「触るなら慎重にな」


 紬葉の指示で、丁寧に採集は行われた。

 一つ一つ梱包し、密閉した。

 彼女は木の根っこごと欲しがったが、やはり切断は難しく、キノコのみになった。

 キノコ好きの双葉の事を不意に思い出し、キノコの周りの石灰石も採集した。

 最後に、水筒に集めておいた天井からの雫を背負子にしまった。


 それから紬葉は名残り惜しそうに、壁を見つめていた。


 葉月が壁を叩きながら、慎重にキノコの部屋を調べると、根っこの隙間に、さらに奥へ進む小道を見つけた。

 一人分の幅しかなかったが、進んでみることにした。


 しばらく狭い石灰岩の道を歩くと、土の坑道に戻り、ついには再び開けた空間にでた。

 立ち止まって風葉が言った。


「……なんか変」


 みんな足を止めた。

 こちらは、土に囲まれた空間だった。

 護葉が前に出て、注意深く辺りを見回した。

 訝しげな表情で、風葉は周囲の気配を探り続けていた。


 その後、葉月は崩れそうな場所がないか、絵葉と共に構造を確認して回った。


 結局、特別に危険な箇所は見つけられなかった。


「キノコはありませんね」 紬葉が言い、

「根だけです」 絵葉が手を動かしてスケッチを始めた。


 ただそこには、壁に天井に一本だけ太い根っこが張っていた。


 今日一日で飽きるほどの根っこを見た。

 けれどもこれは様子が違う。


 先程までの白っぽい根っことは違った。

 明らかにマダラに黒ずんでいる。


 紬葉が観察しようと近づきかけた。

「病気でしょうか」


 しかし、護葉が慌てて引き留めた。

「分からない物には近付くな」


「今日はここまでにしよう」

 葉月が静かに告げた。


 引き返しかけた時、絵葉が呟いた。

「やっぱり気になります」

 黒ずんだ根っこから、目を離せずにいた。


「あそこに落ちているヒゲ根っこ持って帰る?」

 と葉月が言ったが、紬葉は静かに首を振った。

「カビか病気かもしれません。巣に持ち込むのは危険です」


 その言葉に一同は頷き、足早にその場を後にした。

 キノコ部屋から奥へ繋がる細い坑道には危険札を貼り、入口を軽く塞いだ。


 帰り道、歩きながらも、絵葉が地図を何度も見直していた。


 古い坑道

 崩落

 根っこジャングル

 不思議なキノコ

 そして奥には、小さく「?」を書き込んだ。


 葉月が「どうした?」と声をかけたが、絵葉は考え込んだまま答えなかった。

 皆の足音だけが坑道に響いた。


 地下には静かな根だけが残る


 その周囲には


 今日も、一匹の虫もいなかった


 ーーーーーーーーーーーー

 仁の日誌


 地下の探索隊は、無事に全員帰還した。


 持ち帰ったキノコは、念のため巣外の非常用に作った地下倉庫に保管。

 巣に入る前に、全員の入浴を徹底した。

 地下の護衛室を出入り口に配置しておいたことが活かされた。

 今後は、設備を拡大して、帰還時の入浴を徹底しても良いかもしれない。


 巣の安全を守ることは何より重要だ。


 その意味でも、地下探索隊が用心深く行動したことは評価に値する。


 探索の詳細報告は、明日の会議にて聞く予定。


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