62 おいしい水に乾杯
地下探索班が古い坑道を発掘した日の夕方近く。
護衛室では、仁が地下探索班の帰りが遅いと、またもドアの外を確認していた。
今日は控えめに言って、一日中そわそわ通しだった。
そんな気配を感じた、結葉が様子を見にやってきた。
「四人は、もう子蟻じゃないんですから」
「いいえ、今から迎えに行きます。『おやつまでに』帰らないとは、不測の事態が起きたに違いありません」
「落ち着いて、仁」
「なぜ止めるのですか」
「今日は夕方までに帰宅する約束です」
「遅すぎます。何かあったに違いありません」
そう主張する仁を宥めるのに、結葉がウンザリし始めた頃、
「どうしてここにいるの?」
「私たちを出迎えにきてくれた?」
現れたのは「地下のたね広場」に採集から戻った、眠り姫チームだった。
今日は予定より少し多めに採れたらしい。荷車いっぱいの種を嬉しそうに運んでいる。
「おかえりなさい。今日もお疲れ様でした」
「地下の採集にもすっかり慣れましたね」
慌てて取り繕い、仁と結葉が労った。
「そういえば、帰りの坑道の途中に、新しい道ができてました」
「行きはなかったのに、帰りに穴が開いてて、もうびっくり」
「もちろん、入ってませんよ。ちょっと覗いてみただけです」
眠り姫たちは口々に言った。
仁と結葉は顔を見合わせ、声を合わせて言った。
「迎えに行かないと!」
慌てて二人が救助準備をしていたところに、地下探索班が戻ってきた。
「ほら、やっぱり仁がいる!」
「絶対居るって言ったでしょ」
「あれ?結葉まで何してるの?」
「結葉は来なくても、だいたいの状況わかるでしょ」
などと呆れられたが、仁が「コホン」と咳払いをしてこう言った。
「状況報告会を兼ねて、食堂で緊急会議を行います」
その日の夕食後、小さな子蟻たちは育房室に帰り、ようやく報告会が始まった。
いまだ興奮覚めやらぬ様子で、葉月が口火を切った。
「発見も発見、大発見。結論から言うと、大きな泉と、裂け目への出入り口を発見した!」
皆から歓声と拍手が湧き上がる。
風葉も同意した。
「地上には出てないけど、あの裂け目で間違いない。同じ匂いだった」
「絵葉のお手柄だ。あの根っこに目を向けなければ、見つけられなかったな」
葉月の言葉に、絵葉は嬉しそうに俯いた。
それから葉月が発見の経緯を、風葉が発見した古い坑道について説明した。
泉の水の美味しさを語り、丘の上の崩れかけの通路を掘る説明に、みんな聞き入っていた。
その後ろでは、護葉は満足そうに頷いていた。
「せっかく発見したんだから、その空洞に名前つけないと」
葉月が提案し、考えはじめた。
「何がいいかなぁ。覚えやすくて、綺麗なのがいいな」
「綺麗なの……水が綺麗で美味しかったな」
風葉がつぶやき、それを聞いた絵葉がいった。
「水……泉……泉の広場」
「採用!」
葉月が叫んだ。
無事名前も決まり、小さなカップが配られた。
「泉の広場の水だよ。みんなで乾杯しよう」
「女王さまの健康と、巣の発展に、乾杯」
「乾杯!!」
葉月は大きくカップを掲げて、一息に飲んだ。
「美味しい!」
「こんな水、飲んだ事ない!」
「泉の底からどんどん湧いてたんだ」
「汲みたては、冷たくてもっと美味しいんだよ」
「飲みに行きたい!」
口々にみんなが褒めた。
「さて、大発見を成し遂げたわけですが、今後の方針と、当面の作業計画を。
結葉、どうしますか?」
仁の言葉に結葉は考えこんでいた。
「そんなの決まってるだろう!まずは地上と繋げないと。明日から掘るよ」
葉月が主張し、
「裂け目の先にはあの古い大きな木がある。あそこの花の蜜は特別甘い。地下を通れるなら採集に行きやすくなる」
「かなり安全に運べるな」
一葉と風葉も、乗り気だった。
「じゃあ荷車増産しないと」
紬葉は計画を立て始め、
「いっその事、泉の広場に中継基地と第二実験室を作ろうよ」
双葉まで言い出した。
その時不意に
「便利になるのは良いが、外敵も入ってこれるんだぞ」
護葉が冷静に言った。
みんなが一斉に静かになった。
静かに見守っていた蜜葉乃が、立ち上がってみんなの顔を見回した。
それからゆっくり話を始めた。
「護葉の言う通りです。今まで敵に出会わなかったのは、運が良かっただけです。巣を広げるのであれば、対策もしっかりしなければなりません。私は誰にも傷ついて欲しくないのです」
蜘蛛の襲撃によって、大怪我を負った女王の言葉は重たく響いた。
何ヶ月も苦しみ、やっと元気になったばかりだ。
しん、と静まり返った食堂で、結葉が質問を始めた。
「護葉、道中の安全はどうでしたか?」
「いつも通り。敵になりそうな、大きな生き物には出会わなかったし、気配もなかった」
「わかりました。次に一葉、もし割れ目を出入り口とした場合、不安な点は?」
「……地上側は、何もない土の平地ね。草もまばら。あのまま出入り口にしたら隠れる場所もない」
「近くによい出口にできそうな岩や木は?」
「今は思い浮かばない。調査に行かないと答えられないかな」
「要調査ですね。次は絵葉に聞きます。
新しい坑道は、整えれば子蟻の採集チームが荷車で行けますか?」
絵葉は記憶を辿りながら、じっくりと答えを出した。
「道は整えれば可能ですが、分岐点や崩落しかけのポイントが多すぎて。
一つ一つ調査して確認しないとわかりません」
「発見した坑道は、どれくらいの長さがあったのでしょう?」
「最初に掘っている時間も長かったから、正確には測っていません。でも一時間程歩いたと思います」
探索班のメンバーも頷いた。
「ありがとう。今の話からも、すぐに地上の出入り口を掘るのは現実的ではないですね。まずは、調査の計画を立てましょう。少し時間をくださいね」
結葉の言葉にみんな頷いた。
「もちろん将来的には、巣の拡大に一役買う大きな成果でしょう。
まずは地下探索班として、新坑道の入り口の穴を補強するのはどうですか?」
結葉の提案に、葉月も同意した。
「明日の朝食後、改め工事方法を話し合いましょう。葉月、絵葉、それから紬葉と双葉でどうでしょうか?
平行して、一葉と風葉は、もう一度地上からの調査を」
そして、仁に視線を向けた。
「結葉、素晴らしい進行でした。
今日の大発見は、巣の明るい未来です。
探索班の皆さんありがとう。よく頑張ってくれました」
頷いて答えた仁の言葉に、みんな拍手喝采だった。
探索に行った四人も、それぞれに喜びを噛み締めていた。
「これから調査や工事が始まります。無理はせず、安全第一ですよ」
蜜葉乃の言葉で会議は終了した。
大発見に、みんな気持ちは高鳴っていたが、無謀な挑戦はひとまず落ち着いたようだった。
女王室への帰り道に、蜜葉乃が仁に言った。
「前から感じていたのですが、この辺りの地下に虫や生物が少なすぎませんか?」
仁は少し考えて答えた。
「たしかに。他の蟻人も、虫もほとんど見ませんね。
最初の蜘蛛とタマムシくらいしか。
あれも、突発的に地下に来ただけで、住んでいるとは言えない」
「私が育った巣では、お隣にたくさん虫がいたように思います」
「こちらは地盤が緩いせいかもしれませんが……」
「アブラムシはいっぱいいますけどね」
「あれは……違うでしょうね」
仁は少し調査が必要だと、心に書き留めた。
その頃、実験室の双葉の元に、絵葉が訪れていた。
「珍しいね、絵葉。というか、初訪問?」
「はい。素材のことなら双葉だと思って」
そう言って絵葉は、今日掘った時に出た、大きな根っこの先の部分、細い髭根っこを出した。
「この根っこ、上手く言えないんですが、違和感があって」
「なんだか白っぽいね」
「そうなんです。たしか、壁の太い根っこも白っぽいですね」
そう言いながら、絵葉は壁に走る根っこのスケッチを描いた。
「絵ではわからないなぁ。現物見に行こうかなぁ」
「今度案内します」
「なんとなく元気がないような……」
そう言って双葉は髭根っこを、つぶさに調べていたが、やがて首を捻った。
「すぐにはわからないから、しばらく預かっても良い?」
「はい、もちろんです」
絵葉が帰った後も、双葉はしばらくその根っこを手放さなかった。
新しい素材を双葉が手に入れた事実を、絵葉以外は誰も気づいていなかった……
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仁の日誌
本日地下探索班が、古い坑道を発掘。
その先に 水の湧き出る泉を発見した。
一度の調査で発見に至るとは。
それぞれの個性が噛み合って、素晴らしい結果を生んだ。
地上と繋ぐのは時期尚早。
慎重な調査を進める予定。
この地下には生き物が少ないように思う。
合わせて調査予定。




