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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

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61 水の匂いを追って

 会議から二週間後の朝を迎えた巣では、葉月が朝から張り切っていた。


 あの日から新体制は動き出した。

 慣れないことばかりで、大変だったけれど、揉め事は少しずつ減ってきた。


 そんな中、結葉が各班の予定を調整し、ついに念願の地下探索の日を迎えたのだ。

 今日のメンバーは 葉月、風葉、護葉、絵葉。


 ロープ、掘削道具、そして紬葉が作った、新しい背負子。

 地下の護衛室に整然と並べられていた。

 準備万端。彼女が張り切らない理由がない。


「よし!」


 葉月は勢いよく背負子を背負う。


「待ちに待った地下探索だ!」

「……葉月、朝から元気だね」


 風葉が少し呆れたように笑ったが


「地下探索なんだから当たり前だろ!」

「いや、地下じゃなくても元気だけど」

「違う! 今日は特別!」


 葉月は嬉しそうに地図をのぞき込んだ。


「絵葉、今日は頼んだぞ!」

「はい」


 絵葉は大きく頷き、丁寧に描き込まれた地図を広げた。

「前に気になった根っこは、この辺です」

「よし、まずはそこだな」 


 ずっと後回しにされてきた地下探索。ようやく一歩すすめられる。


「今日の目標は、その根っこを確認してから、例の裂け目の方向への新規探索」


 後ろでは護葉が装備を確認しながら、小さく頷いた。


「みんな準備はいいな」

「はい!」


 ちょうどそこへ結葉がやってきた。


「探索予定は夕方まで。何かあれば伝令をお願いします」

「了解」

「じゃあ、行ってきます!」

「気を付けて」


 結葉に見送られ、四人は坑道の奥へ歩き始めた。




 地下通路へ入ると、葉月の足取りはますます軽くなった。


「やっぱりここはいいなぁ!」


 壁を軽く叩き、

「この土、締まってる」


 天井を見上げ、

「こっちは空気の流れがある」


 足元を見て、

「この辺は掘りやすそう」


「ここを掘る予定はないだろ」

 風葉がすかさず突っ込んだ。

「……そうだった」


「地下のたね広場」へ続く、いつもの道筋なのに、葉月の大はしゃぎは止まらない。


「ここです」


 絵葉が立ち止まった。

 目の前には、天井を縫うように伸びる太い根が顔をのぞかせていた。


「これか。思ったより太いな」

 葉月は根っこをじっと見つめ、

「今まで特に気にしてなかったな」

 風葉も興味深そうに眺めた。


「でもこの根っこはなんか変なんです。この先でもう一度現れますので進みましょう」

 絵葉の言葉に四人はうなずき、根の伸びる先へ歩き始めた。


 一旦地中に隠れた根はさらに奥へ、今度は、壁に沿って延びていた。


「こっちです」


 絵葉は迷うことなく歩いていく。


「本当に絵葉は全部覚えてるんだな」

 葉月は感心したようだ。


「はい。一度見た景色は、だいたい覚えてます」

「すごいなぁ」


 壁から出ていた太い根っこが、再び見えなくなった。

「ここから先には、もうこの根っこはでてきません」


 絵葉の言葉を聞いて、葉月が根っこを触った。

 じっくりと触って確かめ、今度は周りの壁と土を調べていた。

「……冷たい」


 葉月の言葉に、坑道の空気を読んでいた風葉も同意した。

 なんの変哲もない、古い坑道の壁にみえた。

 でもたしかに、そこだけは温度や湿度が違った。


 やがて、壁を叩いていた葉月が言った。

「この根っこの上部に沿って、掘ってみよう。根っこの向かう方向に違和感があるんだ」

「ここを無計画に掘って崩れないのですか?」

「絵葉の懸念は検討済みだ。根っこで補強されている。ここなら大丈夫だ」


 葉月の号令で、坑道の脇道を掘りはじめた。

 適度な湿り気があり、とても順調だった。


 しばらく掘り進むと、みんなは違和感を感じ始めていた。

「土がやわらくて掘りやすくなった。しかも壁のように固められた後もある」

「たしかに。ここは過去に坑道があったんじゃないか?」

「一旦作った坑道が埋まった?」


 絵葉がぽつりと呟いた。

「根っこが出てた部分で、入り口が隠されてた?」

「それだ!」


 そう言われて葉月は理解した。

 長い年月の間に脇へ抜ける坑道が崩れたこと。

 その柔らかい土に根っこが侵食したのだろうと。


 正解!とばかりに、風葉が奥を指差した。

 土の奥には、崩れていない古い坑道が姿を見せはじめていた。

 彼女は触覚を揺らし「こっちだな」と先頭を進んだ。


 古い道が続いていた。真っ直ぐではなく、時々分岐していた。

 根っこに侵食されている分岐もあったが、風葉は迷うことなく道を選んだ。

 その坑道の規模に圧倒され、皆無言だった。


 長い時間歩き続けて、やっと風葉が口を開いた。

「水の匂い」


 耳を澄ませると、かすかに水の流れる音が聞こえてくる。


「この先ですね」

 絵葉が指さした先へ、四人はいっそう足を速めた。


 最後に細い通路を抜けると、急に視界が開けた。


「……おお」


 みんな思わず声を漏らした。


 大きな地下の空洞だった。


 足元では、白い岩の間から澄んだ水が湧き出し、小さな泉を作っている。


 静かな水面は仄かな光で煌めいていた。


「きれい……」


 葉月がしゃがみ込み、そっと水をすくった。


「冷たい」


 一口、もう一口。


「……おいしい」


 絵葉と風葉も待ちきれずに続いた。


「本当だ!」


「こんな場所があったなんて」


 護葉は周囲を見回し、安全を確認してから頷いた。


「水もきれいだ。持って帰ろう」


「はい!」


 四人は嬉しそうに背負子から水筒を取り出した。

 紬葉の作った背負子は思ったより使いやすい。


「この背負子いいな」

 風葉の言葉に、

「だろう?あたしが一番に試着したんだ」

 誇らしそうに葉月が笑う。


「試着って、誇るとこそこなの?」

 風葉がつっこんだ。


「紬葉、喜ぶよ」

 護葉までもが誇らしげだった。


「両手が空くので、地図板を持って歩けます」

「絵葉はメモしなくても、全部記憶してるだろ」


 軽口を交わしながら四人で水を汲み終えた頃。


「そろそろ戻るか」

 護葉が言いかけた、その時だった。


 風葉がふと顔を上げ、泉の対岸に目を凝らした。


「……風?」


 葉月も立ち止まる。


「ほんとだ。」


 微かな風が頬を撫でた。


「そういえば、ここは他より少し明るいな」

 護葉も気づいた。


 絵葉はじっと地図を見つめている。

「この辺……」


 風葉もじっと考えこんだ。嗅いだ覚えがある匂い。

 対岸の丘の上に細い細い隙間が斜めに上へ続いていた。

 視線をそこに向けて、やがて小さく息をのんだ。


「葉月、これ……あそこだろう」

「え?」

「前に見つけた裂け目。」


 葉月は目を丸くする。


「大きな木に行く途中の?」

「たぶん」


 四人は丘を駆け上がった。

 逸る気持ちを抑え、慎重に細い隙間を進み、崩れかけの土に手を添えた。


「少しだけ、崩してみる」


「無理はするなよ」

 護葉が短く言う。


 葉月は頷き、小さな石を一つずつ外していく。


 土を崩すというより、確かめるように。


 やがて。


 ふわり、と春の風が流れ込んできた。


「……!」


 四人は同時に息をのんだ。

 隙間の向こうに、ほんの小さな光が見えた。


「やっぱり」

 風葉が微笑む。


「あの裂け目だ」

 葉月は思わず笑った。


「繋がってた!」

 絵葉も嬉しそうに地図へ視線を落とした。

「だから、ここだったんですね」


 護葉は周囲を見回しながら頷いた。

「ここなら、広げれば出入り口にできそうだ」


 葉月は天井を見上げたまま考えた後に言った。

「でも今日はここまでだな。侵入されないよう軽く塞ぐぞ」


「うん」


「地盤も調べたいし、安全も確認しないと」

 風葉も賛成した。


「帰ったら早速、地図を拡張します」

 絵葉は描きたくてうずうずしているようだ。


「急ぐ必要はない」

 葉月は少し名残惜しそうに裂け目を見つめていた。


「よし」


「次の仕事が決まった」


 四人は笑い合い、水を背負って帰路についた。


 その後ろでは

 誰にも気づかれないまま

 太い根の奥深くを、水が静かに流れていた。

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