57 道はあとからついてくる
元気な朝が今日も訪れた。
採集班は次々と出発し、牧場班もアブラムシのお世話に追われている。
一方、坑道係の詰所では、葉月と仁が一枚の葉っぱの地図を広げていた。
「……そろそろ地下へ行きたい」
葉月が仁に、ぽつりと呟く。
「気持ちは分かります。でも春は忙しい時期です。地上採集も牧場も人手が足りません。護葉も警備を空けられませんし、紬葉も研究班から離れられません」
「たしかに、研究室の新人と双葉を、野放しにはできないな」
先日の異臭騒ぎを思い出して、葉月も苦笑しながら、それでも小さく息をつく。
「分かってる。でも、春の坑道も確認しておきたいんだ。一人で行ってくるから」
「それは許可できませんね。坑道は未知の場所が多い。巣の近郊でも一人は危険だ」
「無理はしないから」
食い下がる葉月の様子を見て、仁は少し考え込んでいた。
巣の運営を優先して、葉月の希望は後に回しがちだ。巣内の工事だって、葉月が一手に引き受けてくれている。冬の間に、この巣が見違えるほど立派になったのは葉月の手柄だ。
そろそろ探索の準備だけでも進めさせてあげたい。
「そういえば葉月。先日、千葉夜から聞いたのですが、育房室に絵を描くのが好きな子がいるんです」
「絵?」
「はい、見た景色を描くのが、とても上手いようです」
絵か、探索の役に立つのだろうか?葉月は少し考えたが、ちいねえちゃんの勧めだし、探索に人が足りないのも事実だ。荷物持ちでも良いかもしれない。
「……一度、会ってみよう」
その日の午後、仁に連れられ坑道係の詰所へ、その子蟻がやって来た。
護葉は、子蟻の顔を見るなり目を丸くした。
「あれ?お前、秋に一緒に地下採集へ行った子か」
子蟻は、ぱっと笑った。
「護葉!覚えててくれた!」
「もちろん。帰る途中で寝ちゃった子だろ。あれは忘れられないよ」
「えへへ……わたし、もう大きくなったから、次は最後まで歩けるよ」
詰所に笑いが広がる。
「タネのひろばまで、道順もちゃんと覚えてるから!」
ふと気まぐれに、葉月は枝を一本差し出した。
「覚えているなら、その時の地図を描いてみるか?」
「うん!」
子蟻は地面へ枝を走らせる。
「ここをまっすぐ行ってね。
ここで少し右。
ここ、天井が低かったの。
それで……」
さらさらと迷いなく描いていく。ひたすらに説明しながら。
「あ、ここね、護葉が『頭ぶつけるぞ』って言ったところ!子蟻の身長じゃ、ぶつかるはずなかったけどね」
護葉も、のぞき込んだ。
「よく覚えているな。その後、ここで休憩したな」
子蟻は首を振る。
「違うよ。休んだのはこっち。ここの壁に大きめの石があって、みんなで座ってころころ蜜飴食べたよね」
一本手前を指差す。
「いや、確か……」
葉月は地図を見つめ、感心したように言った。
「……この子が正しい。目印の石も描いてある。たしかに、あそこの石は子蟻たちが座るのにちょうど良いサイズだな」
護葉も思い出したように笑う。
「ああ、そうだった。私の勘違いか」
葉月に認めてもらい、子蟻は嬉しそうに続きを描いた。
「それでね、ここに大きな根っこがあったの」
葉月が顔を上げる。
「根っこ?」
「うん」
「普通のより、ずっと太かった。
こんな感じ」
枝を動かし、大きな根を描き足す。
「こっちまで、ずーっと続いてたよ」
護葉も地図をのぞき込む。
「そういえば、あったな。天井部分だし、あまり気にしてなかった。」
「なんか変なんだよね。他の根っこと違った。詳しく言うと、こっちからはじまって、途中隠れて、その後こっちの道の壁にもでてくるんだ。多分まだどこかに続くよね。でもあっちのタネのひろばの周りには、見当たらなかったよ。ひろばにいっぱいあるのは、細くてわしゃわしゃした根っこ」
そんな風に子蟻の地図作りを進めていった。気がつくと詰所の床は、坑道の一大マップになっていた。
「ただいま戻りました!」
一葉が詰所へ顔を出す。
「今日は古い大きな木の近くまで行ってきました。あの木、本当に大きいですよね」
あの木。あの古くて大きな木。なんとも不思議な佇まいの木だ。
「噂のあの木、か……」
地上の大きな木、地下の変わった根っこ。
葉月は、床に広がる地図を見直した。
「あの大きな木って、この地下道で見るとどっちに生えてる?」
一葉は少し考えながら指差した。
「まず途中にある、地上の小さな裂け目が、このあたりかなぁ?その裂け目の下に多分大きな空洞があるって、風葉が言ってたやつ」
「大きな空洞?このあたりに?」
「風葉は自信あるみたいだったけど。まだ見つけてないよね。そこから真っ直ぐだから、木はこっちの方角?」
仁も同意した。
「偶然にしては……」
葉月が静かに考え込む。
「……この辺りまで、あの木の根が続いているのかも?」
みんなで地図をのぞきこんだ
「可能性はありますね。」
「次に探索する時は」
葉月は満面の笑みを浮かべて、枝で小さく印を付けた。
「この辺りに空洞がないかを調べよう。根っこもよく観察してみる」
護葉も頷く。
「次の探索の目標が見えてきたな」
詰所の地面に子蟻の大地図が完成した。それは皆が驚くほどの出来栄えだった。
坑道の長さや幅、高さや方角が、まるで写真のように詳細に描かれている。
それだけではない。石や穴などの目印、ひび割れた壁の詳細までが書き記されていた。
脚の踏み場もないほど大きい、立派な地図だ。
葉月は地面を見回して、息をのんだ。
「これは真似のできない才能だな。地図作りはこの子に任せよう!」
仁もじっと地図を眺めたあとに同意した。
「見事としか言いようがありません。歩いた景色が、そのまま記されています」
葉月も静かに頷いた。
「歩く者だけじゃ足りない。道を作る者だけでも足りない。見た景色を残す者も必要だ。
地下の探索班にぜひ迎え入れたい」
仁は小さく頷いた後、子蟻の方へ向いて、微笑みかけた。
「では今日から君の名前は――絵葉」
子蟻は目を丸くした。
「えば……絵葉!」
嬉しそうに何度も繰り返す。
「ありがとう!」
完成した地図を大事そうに眺めていた。
その姿を見ながら、葉月は小さく笑う。
「……私一人では、この先へは行けなかった。」
護葉も静かに頷いた。
「おめでとう絵葉、葉月」
こうして地下探索班に、新しい仲間が加わった。たった一人増えただけだが、きっとこの子は、大きな戦力になっていく。まだまだ足りないものは多いが、この巣だって、最初は蜜葉乃一人だったんだ。
最後に仁が言った。
「とりあえず、床いっぱいに書いた絵を、葉っぱ紙にうつす作業をしなくては」
絵葉の初任務が決まった。
もちろん絵葉が大喜びだったことは 言うまでもなかった。
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仁の日誌
地下を歩く者には、道を見つける力がいる。
そして、その道を未来へ伝える者も必要だ。
今日、坑道係には新しい仲間が加わった。
一枚の地図が、王国の未来を少しだけ広げてくれる気がしている。




